プワィリングと5つの試練 〜猫だけが暮らす異世界で、僕らは『猫』の意味を知る〜
猫が人間のように暮らす異世界『トゥナ』と、大都会東京が、巨大な扉で繋がった──
トゥナの国王より、10代の子どもたち5名を抽選、招待するという。そこに猫が大大大好きな平凡な高校生・真田 徹も選ばる。
迎えの燕尾服姿の猫が、どんな動物とも会話ができるリングを掲げる。
「友好の印として、このプワィリングを差し上げます。……ただ、5つの試練を越えられたお1人のみ、ですが」
徹の他に招待された子どもたちは、そうそうたる面々──
動物愛護活動をする女優中学生、柏木ナミ
猫ブリーダー界の帝王の娘である高校生、下川花純
中学生でありながら犬の躾技術は世界レベル、坂力翔平
そして東京大学1年であり総理大臣の息子、綾部和希
5人それぞれにリングを求める理由がある。
もちろん徹も絶対に指輪が欲しい。
なぜなら、守りたい『猫』がいるから……!
〜ペットと暮らす人に贈りたい、『猫』の意味を知る物語〜
高2の俺のかわりに、中2の妹が怒ってくれている。
有難いけど、矛先がそろそろ俺に向きそう……はい、向いたー!
「もっとお兄からも言ってよ! 母さんにあんなん言われて平気⁉︎」
「沙月、抑えて抑えて」
ついさっき、母に言われたのだ。
『あの保護猫3匹、飼いたいならさ、それの声を聞かせてみてよ。母さんの気持ち、変わるかもよぉ?』
こう言ったのには意味がある。
今日、異世界トゥナの国王と日本の首相が、会談を行った。その中継を見てのひと言だ。
──そう、2週間ほど前になる。東京に、巨大な白い扉が現れた。
スカイツリーよりひと回り小さいそれは、人間のように二本足で歩く『猫』の世界【トゥナ】への扉だったのだ。
ついに会談が行われたわけだが、終始穏やかで、笑いもあり、ここの人間とあまり変わらない生活を送っているそうだ。
この会談を可能にしたのが、彼らが持っているリング、【プワィリング】。どんな動物とも会話ができるという。
「沙月、国王、可愛かったよなぁ」
「ちょっと、話そらさないでよ!……でも可愛かった。イケボだったしっ」
俺のあぐらのなかで保護猫3匹が丸まりだす。5ヶ月前に来た頃は、あぐらにすっぽりはまっていたのに、今では誰かが少しあぶれてしまう。
そう、3匹が保護施設に来たとき、あまりに小さく病気がちだった。そのため5ヶ月という期限を設けて俺が面倒をみることに。
が、その期限があと5日と迫っている。さらに──
「飼い主、決まったってホント?」
3匹を飼いたいという人が今日、保護施設に来たのだ。
「そ。綾部さんっていって、東大生でイケメン。みんなメロメロ。俺が飼うから待ってって言ってんのに、渡せって感じ」
「お兄的には?」
「あの人はダメ。なんかヤバい」
「お兄は勘だけはいいからなー。つか、なんでそんな悠長なの? バカ?」
「バカって……どうやったらお袋を説得できるか考えてんだろ?」
「判断が遅い!」
両手で顔をバチンと挟まれた。
「いだい!」
「これを見ろ! あたしが登録しておいた!」
それは会談のあとにトゥナが提示した、異世界への招待登録の画面だ。
10代の子どもを5人招待する、という話で、交流の記念に、あのプワィリングをくれると言う。
「凡人の俺が選ばれるわけないし!」
「わかんないでしょ、抽選なんだし!」
沙月は猫を1匹ずつ抱きしめ頬ずりすると、自室へと戻って行った。それを機に、俺は部屋に布団を敷いていく。
面倒を見始めてからずっとだ。いつ容態がおかしくなるかわからなかった頃の名残でもある。
「お袋はマジで頑固だしなー……婆ちゃんいたなら飼えたかな……」
祖母は2年前に亡くなった。祖母が飼っていた白猫のミミも同じころになる。
猫の匂いが残る祖母の部屋は、新入り猫たちにとって安心できる部屋だった。だが、この部屋から出さないことを約束しての保護活動。これも限界にきている。
「アン、デュオ、トロワ、寝るよー」
声をかけると、灰色の毛並みの3匹は、ぐるぐると喉を鳴らして俺の顔に擦り寄ってくる。
『猫には嘘はついちゃいけない。猫の神様に告げ口するんだから』
ふと、祖母の声がよみがえる。
「絶対、お前たちを守るからな……」
そう、俺も母の子だ。
こうと決めたら、曲げたくない。
大大大好きな猫たちだからこそ、曲げたくない!
……だって、猫には恩がある。
朝、ご飯をくれと騒ぐ猫たちに起こされてから部屋を出ると、リビングも騒がしい。
「おはよ、沙月」
返事がないところから、母とやり合ったあとだと気づく。
「徹、大学、母さんが言ってた大学ね」
進路のことか。
行きたい高校を、また拒否されたのか……
「俺は……うん、お袋が言うそこでいいよ。でも、沙月はやりたいことあるんだから、高校選ばせてやってよ」
「何言ってんの。あんたたちは知らないの。成績がいいのに、ランク落とした高校に行くって意味わかんない、母さん」
「だから言ったじゃん! その高校には」
「はいはい、母さん仕事だから、その話おしまい! ゴミ捨て頼むねー」
父親がいない我が家では、母は大黒柱でもある。
すべて自分で決めてこなして結果を出してきた人だ。今では課長になり、だからこそ、母の意見は『絶対』だ。
バタンと閉じたドアに向かって、沙月が背中のクッションを投げつけた。
「あの、くそババアー!!」
「沙月の高校は、俺も手伝うよ。いざとなれば、充おじさん召喚して説得しよ」
「つか、お兄だって、大学さ!」
「いいんだ、俺は。俺は大丈夫だから。ほら、早く飯食って。片付けあるし」
そんな朝をこなし、学校に着いた俺だけど、朝礼が始まる前に校長室に呼び出された。
そこには、にこやかに笑う校長と、スーツを着込んだ小綺麗な中年男性がいる。
「俺、何かしましたか……?」
「真田君、存分に異世界を楽しんできて欲しい! ただ、レポートは頼むよ!」
「……へ?」
「おめでと、異世界旅行っ!」
ただの猫大大大好きな俺が、異世界行きをゲットしたなんて……!
ガッツポーズをとるべく拳を振り上げたとき、するりと前に出てきたのは、あの中年男性。間違いなく学校関係ではない。
「真田徹君だね。異世界交流を担当する柏木です。国がこれからは管理します。難しいことはありません。こちらの冊子に目を通しておいてください。ぜひ、日本人らしい、人間らしい振る舞いを、お願いします。あと、この用紙をしっかり読んで、保護者の名前と、あなたの名前の記入をお願いしますね」
ぺらりとめくると、修学旅行のしおりみたいに異世界の概要が記されている。
署名を求められた用紙は、バンジーを飛ぶ前の注意事項みたいな文言が、ガンガン並んでいる。
……ようは、何が起こっても自己責任、ってヤツ。
「あの、なんで俺が選ばれたんですか?」
「トゥナが選考しておりますので、基準などは存じておりません。では、よろしくお願いしますね」
教室へ戻ると、すでにネットで抽選者が公表されていたようだ。
初めて火星に行く宇宙飛行士の気分になる。後輩から先輩からと、教室に流れてくる人が全く絶えない。
だけど、宇宙飛行士みたいにユーモアたっぷりのコメントなんてできないから、ただただ苦笑いでごまかした。
「おかえり」
今日1日落ち着かなかった学校から家に帰るなり、母がいる。
残業ばかりの母が、定時より早く家にいる。
「ちょっと、相談なしに何してんの」
すでにブチ切れている……!!
「猫と人間がしゃべれるリング、それ、貰えるんだって」
「あんなの冗談に決まってんでしょ! 学校はどうすんの!」
「校長が、欠席にはしないって」
「勉強遅れるじゃない! だいたい何日かもわからないのにっ」
「一週間程度じゃないかって、資料に書いてある」
「そんな期間休んだら、あんた、勉強ついていけないでしょ! 早く断って! いいから! はい、電話してっ!」
「お袋、言ったよね。猫の声、聞かせてみろって。俺は行くよ」
「何言ってんの! 子どもなんだから言うこと聞きなさいっ! なら、母さんが電話するっ」
「国が関わってるから、学校に電話しても無駄だよ」
「うるさいっ!」
はい。と、俺が言うまで怒鳴るつもりだ。母の常套手段。
だけど、世間体を気にする母はどこにも電話ができない。
俺が折れるしか、方法は、ない。
なら、俺がリビングを出ればいい。
ドアを閉める寸前、声がすり抜けてくる。
「期限来たら、猫は返すからね!」
夕飯は部屋のお菓子でこなし、朝を迎えたが……
朝ごはんなし、母もなし、だった。
俺が焼いた目玉焼きをテーブルに運びながら、沙月がため息をつく。
「母さん、よっぽどだね」
「まあね。沙月、猫頼むね。金は引き出しにある。必要なものはそれで買って」
「わかった。お兄のバイト代、帰ってきたら、全部なくなってたりしてー」
トーストを頬張りながら沙月はにやにやと笑ってみせるが、すぐに顔が引き締まる。
「もうおじさんにも言ってあるんだ。大丈夫、絶対、守るから」
「行動早いな、沙月は」
「任せてっ」
「でも、お袋の名前、貰えなかったらヤバくない?」
誓約書の用紙をひらりとすると、むしり取られた。
「そんなのあたしが書けばいい!」
沙月が書いた母の名前は、少し子どもっぽい。文字に年齢って出るもんだな。
そう思いながら柏木さんに手渡すと、名前が書いてあるかを確認して、すぐに鞄にしまい込んだ。
目の前には、中継で見たあの大きなゲートがある。白い扉に見えたけれど、これは光の塊だ。
燕尾服を着たサバ柄猫が俺に振り返る。
俺の膝ぐらいの背丈で、二本足で立つ姿は可愛らしいが、声はイメージと違ってバリトンボイス。
「もう、すでに4名の方は向こうにいます」
かざした腕にはまるのは、あのリングだ。
「約束どおり、友好の印として、このリングを差し上げます。……ただ5つの試練を越えられたお1人のみ、ですが」
……試練!?
疑問を口にできないまま、柏木さんに手を振られ、お見送りの校長は親指を立ててくる。
俺は眩しさに目を細めながら、大きな光の壁をくぐっていく……
「着きましたよ」
目が慣れてようやく見えた世界は、それはたくさんの猫が闊歩する牧歌的な世界……!
他の4人にも案内人の猫がついているようだ。
挨拶にと、足を踏み出したとき、
「1つ目の試練です」
唐突に子猫の群れが現れた。
「15分後に、ここにいる30匹の猫の名前と、特技を聞きます」
異世界交流とは名ばかりの『人』を試す試練。
『猫』の本当の意味を、俺は知ることになる──