上海国紅鯨盗賊団 ~義賊を騙る悪党ども~
ここは、ナーロッパと並び称される昔のなんちゃって中国。本物の中国と違って各都市が小国として自治していた。それ以外は、だいたい本物の中国と同じイメージである。
さて、主役となるのは上海国紅鯨盗賊団。自称、義賊だが、胡散臭い連中である。
物語の序盤で登場するのは、カンジ、盗賊団のまだまだ下っ端。リリーシア、カンジに目をかけてやっている姉御肌の美女。ギンガ、動物と心を通わせ、使役することができる。そして、盗賊団の頭。そしてそして、町娘風の少女が一人。
盗賊団一行は、幻術を使う男に襲われる。それは、どうもカンジが使いに行った都で町娘から盗んだ首飾りが原因らしい。この件に金と血の匂いを感じた頭は、嬉々として都に向かうことにする。都で件の町娘を見つけたカンジ、リリーシア、ギンガ、頭は計略をめぐらし、町娘を取り込むことに成功するのだが……。
王宮をも相手にした大冒険活劇が始まる。
まず、説明させていただくが、ここは、昔の中国に似ているが、中国ではない。ナーロッパがあるんだから、なんちゃって中国があってもよかろう? この中国では、各都市が「小国」となって自治しているそんな世界。その他は、なんとなく昔の中国のイメージ通り。そんな世界観です。
ффффф
上海国紅鯨盗賊団の一行は森の中の真っ直ぐな一本道の途中で休憩をとっていた。
真っ直ぐな一本道の途中なら、少なくとも突然前後から敵が現れることはない。
せっかく前の一仕事で儲けたばかりである。狙われてはたまらない。
青空に黒い鳥が、大きな円を描いて飛んでいた。
それを見上げていたカンジは、ふと、腰に下げた刀を重く感じて、憂鬱そうに溜息を吐き出した。
「どうしたカンジ? いつものいい加減で調子のいい、おちゃらけてばかりで女の尻を追いかけちゃあ振られてばかり、だけど明るくて皆んなを楽しませてくれる。まぁ、ちょいと手癖が悪いのは困ったもんだが助けられてるところもあるから皆んな目をつぶってる。そんなお前らしくねぇな」
「俺の評価って、そんなん?」
カンジはリリーシアに文句を言った。
八つ裂きのリリーシア。蛇皮で腰回りと胸元をピッチリと覆っただけの艶っぽい美女だが、殺しの手口はなかなかにえげつない。
「冗談はさておき本当にどうしたんだい?」
「いやね、なんだかいやな感じがするんすよ」
「そいつは馬鹿にできないね。アンタのそっち方面の勘は当たるからね」
そのときであった。盗賊団一行に緊張が走る。
「何かおかしい!」
「敵襲に備えろ!」
道の行く先を見る者。
来た道を見る者。
森の中に目を凝らす者。
崖の上を警戒する者。
殺気は確かにある。
いや、強まる一方だ!
しかし、誰も異変を捉えられない。
カンジだけが、ふと、地は? と思うが、すぐにあり得ないことに気づく。
ここは森の中。木々の根が張り巡っている。
誰が穴など……。
だが、そう思った瞬間、森の地面に大穴が開いたかと思うと、中から大男が出てきて巨石を投じてきた。
カンジは思わず、両腕で身を守り、身体を縮こませたが、何も起きない。
不審に思って見てみると、森の地面には穴もなければ、大男もいない。
そのとき、カンジの視界がいきなり真っ暗になった。
「目が見えねぇ!」
カンジが叫ぶと、
「あたり前だよ! アタシが目隠ししてるんだから」
「リリーシア?」
「いつからかわかんないけど、アタシら幻術にかけられてる。目を閉じて気配を頼りに闘うよ!」
「そんな無茶な!」
「とにかく背中は任せた!」
カンジはリリーシアを背中に感じた。
信じられるのはこれだけか。
「カンジ、アンタは逃げ足の速い臆病者だ」
「こんなときに悪口ですかい?」
「でも、それは誰よりもヤバい奴や事件を嗅ぎ分ける本能があるからだ。その本能に従って闘ってみな!」
なんだか褒められた気がしない。
しかし、ほどなくして、カンジは右前方に恐怖を感じた。思い切ってそれを斬りつけてみる。確かな手ごたえがあった。快感が走った。
「ぐはっ!」
断末魔の声が聞こえ、人の倒れる音がした。
カンジが目隠しを取ってみると、見たことのない白装束に首飾りをした男が倒れていた。
「こりゃ、崇鬼教征道院の奴じゃねぇか!」
リリーシアは驚いた。
「しかし、なんだって、そんな連中が俺達を?」
カンジが疑問を口にすると、
「カ〜ン〜ジ〜君」
おっとり刀で出てきた頭が、なんだか嬉しそうにカンジに声をかけた。
「な、なんです? 頭?」
「さっきの街で君におつかい頼んだけど、ま〜さ〜か、やらかしてないよね?」
カンジの顔色がサァっと変わる。
「い、いやぁ、えらく可愛い娘が走ってて、声をかけられる感じでもなかったから、この首飾りを」
カンジが懐から出して見せたものは特に宝石が眩いわけでもない地味な印象の物だった。
しかし、頭は目を光らせると首飾りを手に取り、
「磨いてねぇからわかりずれぇが、こりゃ翡翠だな。見事な彫刻だ。娘の服は?」
「紫の入った町娘の服といった感じで」
「ほぅ、あの都ではな、王族以外、紫を身に付けられん」
「アイツが襲って来たのは、その首飾りが目当てなんですか? 俺たちのお宝目当てってことはないんですか?」
「ヤツらにとっちゃあ、俺たちのお宝なんざぁはした金よ。ヤツらが狙うのはもっとドデカいもんだ」
「頭、ひょっとして?」
「決まってんだろ! 案内しろ! 行くぜ!」
「確実に、面倒ごとですよ!」
「あぁ! 金と血の匂いがぷんぷんするじゃねぇか!」
頭は嬉々として言った。
ффффф
城門が近づくと頭は呟いた。
「ギンガ、いつも悪いが頼むぜ」
一行が城門に着くと門番に止められた。
頭は商人手形を見せた。
「上海国紅鯨商会?」
門番は疑わしそうに頭をじろじろと見まわす。
「はい、内陸では手に入らない珍しい品々を多数お持ちしました」
頭はにこやかに答える。
そのとき、わらわらと大量のネズミたちが、門番たちの身体にまとわりついた。
「うわっ! なんなんだ? こいつら?」
「それでは、ありがとうございました」
頭が、その隙に商人手形を奪い返すと、一行は待ってましたとばかりに素早く門を通過してしまう。
「あっ、おい、きさまら、まだ、通っていいとは言ってない」
しかし、そんなことを言ってももう遅い。
一行は街に入ると、手分けして宿を探した。
荷車が置けて、大人数が泊まれ、信用できそうな宿を、手際よく見つける必要がある。
ほどなくして、ある団員が話をつけてきた宿が、頭のお眼鏡にかない、そこに逗留することにする。
荷車を置き、見張りの者を配置して、他の団員たちはしばしの休息となる。
そこで、頭、リリーシア、ギンガの3人をカンジが件の娘から首飾りを盗んだ現場に案内することになった。
「しかし、ギンガ、おめぇ、どうやって動物たちを操ってるんだ?」
「操っているのではありません。心を通わせて、お願いするのです」
ギンガが答えた。
「この辺りです」
カンジが歩みを止めて、三人を振り返って言った。
定食屋や雑貨屋、仏具屋、金物屋、靴屋などが並ぶ商店街だった。
「しかし、ここにまた、あの娘が現れるってわけでもないでしょう?」
カンジが頭に尋ねると、
「下手人は必ず現場に戻ってくる」
と頭は言った。
「頭、下手人はカンジです」
蒸かし饅頭を食い終わったリリーシアが久しぶりに口をはさんだ。
「こまけぇこたぁ、いいんだよ」
頭はうるせぇなという感じで言った。
「あ、居ました」
カンジが呆けたように言った。
「ナニィ?」
頭が聞くと、
「いや、例の娘。探し物をしているようです」
一行がカンジの視線の先を見ると、確かに一人の娘がきょろきょろと地面を凝視しながらゆっくりと歩いている。
「よし、カンジ、さっそくかどわかして来い!」
頭が命令すると、
「人聞きの悪いこと言わないでください。ただ、仲良くなるだけです」
カンジは娘に近付いて行った。
「お嬢さん、お探し物ですか?」
カンジは恐る恐る声をかけた。まさか、とは思うが、俺の顔を覚えてないよな?
「あ、どうも、ご親切に。大切なものを失くしてしまって」
娘は丁寧に答えた。やっぱりいい娘だ。
「お手伝いしましょうか?」
「あ、いえ、でも……」
「何を失くしたのかおっしゃりにくいのでしたら、価値のありそうなものを見つけたら逐一あなたにお見せします。それなら、いいでしょう?」
「あ、はい、では、お願いします」
それからカンジと娘は探し物を始めた。カンジは価値のありそうなものを見つけると娘に確認してもらうことを怠らなかった。そして、半刻ほどたったとき、カンジの頭に小石がぶつけられた。カンジが不審に思い顔を上げると、覆面をしたリリーシアが娘に刃物を向けていた。
「お嬢さん、アンタに危害を加えたくはない。おとなしくアンタが持っている首飾りを渡しな!」
娘は顔面蒼白になって、ガタガタと震えながら言った。
「これだけは渡せません」
リリーシアは、当然、「持っていない」と答えると思っていたので戸惑ったが、続けた。
「渡さぬというなら、殺して奪うまで!」
そのとき、無人の馬が駆けてくるのが、カンジに見えた。
ギンガの差し金に違いない。と思ったカンジは、娘の身体を抱えると、その馬に飛び乗った。
馬で宿の近くまで来ると、カンジと娘は馬を降りた。
カンジは馬に礼を言うと、もう帰っていいと言った。たぶん、これで飼い主のもとへ帰るのだろう。
娘と宿に入ると、もう何年も前からそこにいたかのように頭が居た。
カンジは一部始終を頭に話した。もちろん、「娘が見聞きした」一部始終ではあるが。
「娘さん、俺は、上海国紅鯨商会って一介の商人の頭だがそれなりに力も持っている。できれば、ぜひ力になりたいと思っているんだが、事情を話しちゃくれまいか?」
娘は、かなり逡巡したが、やがてぽつりぽつりと語りだした。
その時の彼らは、そのことによって、国をも相手に戦うことになるとは思ってもいなかったのだ。