視えてる!! 視えてるよ、必勝法!!
城壁が崩れて、曇天が覗いている。
長廊に飛び出したボクは、複数人のプレイヤーが固まって、白色の“敵”と対峙している姿を捉える。
細く、鋭く、煌めいて。
1メートル半の球体から、伸び縮みしている白色の腕と脚。液体のように全身が波打っていて、たまに、それは人面の相を描いた。なにかが、腐り落ちるような音、背中から生えている翼から羽先が散乱していた。
「天使Aだ!! 下がれ!! 侵食されるぞ!!」
槍を携えたプレイヤーたちが、距離をとりながら、牽制のためか矛先を突き出す。そんなことをしているうちに、どんどんどんどん、天使Aは集まってきて数百体にも及んでいく。
ボクは、エレノアと一緒に、そんな様子を後方から眺めていた。
「なにアレ、きしょいね」
「天使A。なんか、群れるヤツ。領域を書き換える能力があって、アレのせいで城街領域は、都市領域じゃなくなっちゃったんだよね」
数十にも分かれた腕の触手。
仲良しこよしの天使Aたちは、互いの触手同士を絡み合わせて、蜘蛛の巣状になった。その状態から、更に周囲空間へと触手を伸ばしていく。徐々に、空間の背景が剥がれ落ち、警告の表示が点滅する。
「なんか、見守ってる場合じゃなさそーね。
どれ、そろそろ、ミナトちゃんが出陣してやろうかな♡」
「え? ほっといたら? どうせ、人は、いずれ死ぬんだし」
「まぁ、前のボクだったら、ほっといただろうけどね」
――ミナトくんにはね、誰かを笑顔にする才能があると思う
「生憎、天才なもんで」
ただ、槍を構えて、ポーズを取っているプレイヤーたちを押しのける。ボクは配信開始して、横ピース、舌をちろりと出した。
「は~い♡ 大人気Vtuberのミナトでぇ~す♡ みんな、おひさしぶり~♡ 今日は、城街領域から配信開始しちゃいまぁ~す♡」
数分、なんの反応もなくて――急に凄まじい数のコメントが流れ始める。
『生きてたのか(絶望)』
『生死の狭間で、嬉々として配信出来るのはミナトちゃんだけ!』
『さっき、城街領域で見かけたの本物だったのか……』
『なんか、右目、とれてね?』
『眼帯してるのカワイイ』
『むしろ、顔全体、眼帯で覆ってもらった方がカワイイまである』
『ミナトの配信は、いつ終わるんです?』
『無論、死ぬまで』
蒼色のコメントを踊らせながら、ボクは、エレノアに手招きする。見るからに嫌そうな顔で、ちっこいシスターは、トコトコと近づいてきた。
「なんなの、ミナトお姉ちゃん、彼女面しないでくれる?」
「いいから、ボクの傍にいなさいって。いざという時に、守れなくなっちゃうでしょ」
可哀想に、人を信じられないのか、歪んだ表情でエレノアはこちらを見上げる。
ボクは、盾と手を繋いで、プレイヤーからパクった槍を構える。ニコニコ笑いながら、天使Aの集合体へと近づいていく。
「お、おい、待てッ!!」
後ろから、鋭い制止の声が響いた。
「ココはまだ都市領域だが、“侵食”されたら普通に死ぬぞ!! あの触手は、領域を無視した攻撃を通してくる!! ダメージ自体は大したことないが、あの数に一斉に襲いかかられたら、一気にHPを持ってかれるぞ!!
あんた、騎士か!? HPは幾つある!?」
「1だ♡」
振り向いたボクの目に、絶望に彩られたプレイヤーたちの顔が視えた。
「ボクのHPは」
尊大に、ボクは、笑いながら伝える。
「1だ♡」
「しょ、正気じゃない……小学校からやり直せ……自分の命を鑑みて、算数も出来ないのか……」
「ボクはね、君たちみたいな雑魚雑魚弱虫とは程度が異なる。ボクには、運営の加護があるんだよ。
ボクに死なれたら困る以上、あの敵がボクに攻撃することはな――」
ヒュンッと、風切り音がして、突き飛ばされる。
唖然。
ボクを突き飛ばしたエレノアと目を見合わせて、さっきまでボクがいた場所に深々と残る攻撃痕を見つめる。
「……気のせいか」
「絶対に、気のせいじゃないよ!? ミナトお姉ちゃん、コレ、大丈夫!? 当て、外れてない!? もしかして、普通に殺されちゃわない!?」
ボクは、にへらと笑ってから、真顔に戻って叫ぶ。
「すみませーん!! 誰か、運営の電話番号知らない!? ちょっと、このゲーム、バグってるっぽいから通報して欲し――あらよっとぉ!!」
咄嗟に、横に転がって、二撃目を避ける。
攻撃速度は、なかなかのものだが、避けられないわけでもない。所詮、クソゲーに慣れたボクの敵ではなかった。
この程度、どうにでもな――すうっと、音を立てて、触手は透明化していき、ヒュンヒュンヒュンヒュンと、風切り音だけが聞こえてくる。
「誰だァ!! このクソゲーを作ったのはァ!!」
「み、ミナトお姉ちゃん、コレ、一回、撤退した方が良――ミナトお姉ちゃん!?」
ボクは、力強く、エレノアの手を握り締めて逃亡を妨害する。
「大丈夫だ……ボクの傍にいろ……きっと、守ってみせるから……!」
「ふざけんな!! ちょっと、殴るよ思い切り!? どうせ、エレノアのこと、いざという時に盾にしようとしてんでしょ!?」
「……殴る?」
ボクは、天使Aの集合体を見つめる。
触手自体は視えないが、その付け根の部分は捉えられた。
触手の付け根は、前面部にのみ集中しており、後方部からは触手は生えていなかった。触手の長さ自体も2メートルから3メートル程だったし、そんなに伸びるわけでもないらしい。
瞬間、ボクの脳髄に電撃奔る。
「視えたぜ」
ニヤリと、ボクは笑った。
「必勝法が」