クソゲーに戻ってくるなり、精神が安定するクソの鑑
「……コレでよし」
爆音が鳴り響く、城街領域。
仮装用の眼帯をボクの右目に装着し、エレノアは満足そうに頷いた。
ぽっかり空いた眼窩に、大量の薬草(5ルクス)をブチ込むという暴力教会式治療法で、血(よく視たら蒼ビットだった)や痛みは止まっていた。
さすがは、クソゲーのNPC。医療従事者、真っ青、ショック死の治療法である。
「しかし、我ながら、目玉を抉り出されてよく死なんかったもんだね。なんか、頭の中で神経千切れる音してたけど……HP1のクソ雑魚ナメクジのボクにしては、案外、生き残っちゃってラッキー感あるね」
「アレ、まだ、サプライズ炸裂してないの?」
「……サプライズ?」
――ミナトお姉ちゃんには、サプライズを仕込んでおいたから!
そういや、んなこと言ってたなと、ボクはズレた眼帯を直す。
「いや、でも、どちらにせよ、ミナトお姉ちゃんのHPはカスみたいなもんだし……なんで、生きてんの?」
「口の聞き方に気をつけろ♡」
――君の答えを、終着点で待つ
まぁ、悪役らしく、お前はまだ生かしてやろうってとこだろうな。シャルの脳の代替、ボクが死んだら困るのはレアだ。ただ、妹と同じ顔で見分けがつかないから、衝動的に抉っちゃったみたいな感じだろうし。
「しかし」
改めて、ボクは、狭い視界で周囲を観察する。
常に地響きが鳴り響き、天井から砂埃が舞い落ちる広間。逆さ十字を着けたエレノアちゃん教会員たちは、微かな蝋燭の明かりを頼りに、寄せ集まってひそひそ話をしていた。
設置された大鍋を掻き回す魔女みたいなのがいて、どうやらそれは炊き出しらしく、白煙に惹かれたプレイヤーたちが並んでいる。以前の活気はどこへやら、どいつもこいつも、顔は薄暗くて陰気を醸し出していた。
「エレノア様のファン、思ったより多いのね。
DV彼氏から離れられないメンヘラ女子の集いかな?」
「うーん、エレノアのファンが多いって言うか、ココにいれば安全だからじゃないかなぁ。全然、顔、視ないような人もいるし。教会員じゃない人たちが、教会員のフリして、安全地帯に逃げ込んでる気がする」
「ふーん……」
ボクは、エレノアの膝の上に、ゴロンと寝転んで――半数の人間が、瞬時に振り返った。
「大体、半分くらいか。
割と人気あ――」
ボクの顔に、エレノアの拳が落ちて、鼻から勢いよく蒼ビットが吹き出す。
「おいコラ♡ マジで死ぬわ♡ もう、ココ、都市領域じゃねーんだぞ♡ 殺すつもりか♡」
「うん」
「やめてください……(恐怖)」
「じょーだんだよじょーだん。まだ、遺城の中は、都市領域に指定されてるから。だから、皆、逃げてきてるの」
ボクが恐れの面持ちで見守っていると、エレノアはフッと笑った。
「でも、良かった。ミナトお姉ちゃん、いつもどおりで……ちょっと、雰囲気、変わったけど」
「そらあ、ボクはボクだからね」
少し、揺らいでたけどね。シャルのお陰で安定した。
「さっき、拾った時は、まるで別人みたいだったから……ミナトお姉ちゃんはミナトお姉ちゃんのままで、くぎゅーも喜ぶと思うよ」
「そうだね、きっと、先輩も喜――って、おいゴラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「うわ、なに、びっくりした」
ボクの叫び声に、ビビったのはエレノアのみならず、教会員たちも驚いていた。半裸でエレノア体操を踊っていたお兄さんたちも、ビンタの素振りをやめて、迷惑そうにこちらを見つめてくる。
「お前、なんでこんなとこにいんだゴラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! ボクの先輩、放ったらかしてェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!! 先輩は先輩で、最速0.02秒で死ぬゴミ虫なんだぞテメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
「なに、その、憂慮に見せかけて小馬鹿にしてる歪んだ愛は」
「いいから、答えろ、オラァ!! 小指の先端を触れるか触れないかの間隔で、四六時中、鼻の穴に突っ込み続けんぞ!?」
「人の鼻の穴で、イライラ棒するのやめて……もー、あんまり、さわがないでよー! もちょっと、落ち着いたら、テンポ良く話そうと思ってたのー! なんで、ミナトお姉ちゃんは、いちいち、うっさいの!! 勉強しようと思った時に『勉強しなさい!』って言ってくるお母さんみたい!!」
「そんなこと言って、あんた! 全然、勉強しようとしないじゃな――だからァ!! 煙に巻くなオラァ!! ボクの先輩だぞ!! ドラゴンズ○アとかスペ○ンカーとか、アップデート前のウィッ○ャーみたいな身体の弱さなんだぞ、先輩はァ!!」
あまりにも、心配し過ぎて、ボクは外に出てから嘔吐してくる。顔を真っ青にして、戻ってくると、エレノアがドン引きしていた。
「な、なに、くぎゅーと付き合ってんの……?」
「勘違いするな。先輩を殺して良いのはボクだけだ」
「そんな、ツンデレ系のライバルキャラみたいな……」
「ボケとツッコミがエンドレスなので、いいからとっとと、話してください」
なんで煙に巻いてくるんだと思ったら、どうやら、言いよどむだけの理由があるらしい。
意を決したエレノアは、言いづらそうにささやいた。
「いなくなっちゃった」
「飼ってたカナヘビが?」
「くぎゅーが」
ボクは、ニコリと笑って、エレノアの肩を掴み――高速で揺さぶる。
「テメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!! ボクの先輩をカナヘビと同列に扱うんじゃねェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ――」
パシン。
手の甲で、顎を弾かれて、白目を剥いたボクは昏倒する。2時間後、目を覚まして、ボクは暴力神の前で正座する。
「ミナトお姉ちゃんが落ち着くまで、2時間もかかりました」
「落ち着いたのは0.5秒で、目覚めるまで1時間59分59.5秒かかってるんですけどね、初見さん」
「落ち着きましたか?」
「すごく落ち着いた^^」
腰に手を当てて、仁王立ちしたエレノアはため息を吐いた。
「いーい、ミナトお姉ちゃん! くぎゅーにだって、色々と考えがあるの! エレノアだって、四六時中、視てるわけにもいかなかったし! きっと、あの子も、考えがあって姿を消したんだよ!」
「お前、なあに、言い訳してんだ。ボクなんて、小学生時代に飼ってたカナヘビ、逃したことなんて一度もなかったぞ。
お前、何年、NPCやってんだ? カナヘビどころか先輩も飼えないなら、もうやめちまえよNPC」
「人の友人をカナヘビの格下として視るのやめて……?」
なにはともあれ、先輩は姿を消してしまったらしい。
エレノアの言う通り、先輩にはなにか考えがあって姿を消したのか、それともやむなき事情があったのか。どちらにせよ、ボクにとっての先輩は重要文化財なので、保護に動かざるを得ないが。
――君の答えを、終着点で待つ
アイツを待たせるわけにもいかない。
「……どうしたも――」
爆音!!
強烈な揺さぶり、視界が弾けて、ボクとエレノアは吹っ飛んだ。甲高い悲鳴が上がって、どこからか炎が上がり、近くから戦闘音が聞こえてくる。
「まぁ、まずは」
エレノアの腹をクッションにして、ボクは、天井を見上げる。
――ゲームって、楽しむためにするものだよ
「クソゲーを楽しむか」