タオちゃんと迫る刻限
レモネードを飲みながら、煙草を吸う。
人差し指と中指の間に煙草を挟んだタオは、じろじろとボクを見つめながら、面白そうにニヤけていた。
「なんだあ、てめー?♡」
「いや、コレがシャル・チャンの惚れてる男かと思っ――」
シャルの右足が、タオの顔面に食い込む。
「わたしは惚れてませんー! ミナトくんが、わたしに惚れてるんですー! 舐めた口、利かないでくださいー!」
「…………」
「やめて♡ 君のお姉さんのお顔が、また歪み始めてるから♡ 命の危険を感じて、ヘルプミー信号発しちゃう♡」
片膝を立てたタオは、ゲラゲラ笑いながら、ボクらの騒ぎをレモネードの肴にしていた。ファイナル・エンド内で会った時よりも、少々、大人しいものの面倒くさい性格のような気がする。
「で、アラン、また金が必要って聞きましたけど?」
「アラン?」
心臓が高鳴って、ボクは目を見開く。
「あぁ、わたしのことだよ」
ボクの疑問に、平然とレアが応えた。
「『アラン・スミシー』。昔、アメリカ映画で使われていた架空の映画監督の名義だ。映画製作中に降板したとか、何らかの理由で自らの監督作品とか認めたくないとか、そういった際にクレジットされる偽名のことだよ。
道は、わたしのことをそう呼んでいる」
――本日のゲストは、ファイナル・エンド開発者のひとり、ディレクターの『アラン・スミシー』さんです!
そうか。
ボクは、得心がいって、心中で頷いた。
コレが、『アラン・スミシー』の起点か。
「……なんで、アラン・スミシーなんて?」
「簡の単」
気怠げに煙を吐きながら、タオは目を細める。
「アランは、ディレクターでありながら、制作に携わったゲーム全てに己の名前をクレジットしないから」
「そーなんだよー! いっつも、わたしの名前で入れるんだから! ふつーにゲームやる時だって、お姉ちゃん、主人公に『シャルロット』って名前つけるんだよ! びょーきでしょびょーき!」
「わたしは、シャルと一緒にゲームを作れればそれで良いからな」
苦笑して、レアはささやく。
「それ以外は、なにも望んでないよ。
で、道、金の話だが」
おもむろに、タオは、懐から分厚いドル束を出して床に放り投げた。ボクが拾って、懐に仕舞うと、シャルにぺしりと頭を叩かれる。
「いつも悪いな」
ボクからドル束を強奪して、丁寧に数えたレアは微笑を浮かべる。面倒そうに、タオは片手を振った。
「コレは、ただの出資ですからね。タオちゃんは、アラン、貴女の作るゲームをプレイしたいだけです。そのためなら、そんな薄汚い金くらいは、洗浄してから受け渡してあげますよ」
『ミナトちゃん、タオちゃんは金持ちなんだ』
「いや、視ればわかるが……」
『この間、画面越しに足を舐めたら、10ドルくれた』
「それは、タオの金持ちエピソードと言うより、君が下劣なクソニートってだけの話じゃないかな……」
画面を通じて、真顔で10ドルを見せびらかしてくるクラウドに哀愁を感じる。金と言う概念は、人間をココまで低劣な生物へと変じさせてしまうのか。
「しかし、この時期に新メンバー……」
ボクに視線を投げかけながら、タオはつぶやいた。
「シャルちゃんの提案ですか」
「うん」
当然のように、シャルはタオの膝に頭を載せて、携帯ゲームをプレイし始める。タオは、タオで、シャルの髪の毛を撫で付けて、美味そうに煙草を吸っていた。見ようによっては、姉妹のようにも視える。
「なんか、仲、良いのね……」
「道ちゃんは、幼馴染だからね。昔からずっと一緒。二人目のお姉ちゃん兼ATMって感じかなぁ。
お姉ちゃん、金、ちょうだい」
レアとタオが、同時に動いて、シャルの顔に札束を載せる。ボクは、それを懐に仕舞って、両側から頭を叩かれた。
全員への自己紹介が済んで、正式に、ボクは新メンバーとして迎え入れられる。
タオは、なにをしているかと言えばなにもせず、ただ、たまにクロフォード家にやって来てはレモネードを飲んで煙草を吸って金を投げていく。シャルの言う通り、彼女は、ATMと言う役割を甘んじて受け入れていた。
『1994年に制定されたミーガン法、2005年に制定されたジェシカ法、これらの法は性犯罪対策の礎となっております。
残念ながら、未成年者に対する性犯罪は、近年、上昇傾向にあり、他国と比べても我がアメリカ合衆国の性犯罪率は非常に高く――』
「ミナト・チャン」
1階で、ルーカスパパ、オリビアママと一緒に、タオと並んでテレビを眺めていたボクは彼女に向き直る。プロデューサーのボクと同じように、タオもまた、ゲーム制作には直接関わらないので暇を持て余していた。
「いつ、シャル・チャンと結婚するんですか?」
ルーカスパパが、勢いよく、ビールを吹き出す。
「あらまぁ、ミナトちゃん、シャルと結婚するの? ママ、そんなの初耳だけど、式は何時を予定してるのかしら?」
「HAHAHA、オリビア、冗談に決まってるだろ。シャルロットとミナトは、兄妹なんだ。それに、シャルは、まだ未成年だぞ。犯罪だ。州法でも結婚できる歳になってない。け、けけけけ結婚なんてするわけないだろ」
「パパ、もう、グラスにビール入ってないわよ」
震える手で、空のグラスを口に運んでいたルーカスパパは顔を歪める。
「せ、せめて、式を挙げるのは来年、いや、来年と1日後、いやいや、来年と2日後にしてくれないか……?」
「細かく刻むな♡ 誰がシャルと結婚するか♡ そういう対象として、視たことなんて一度もねーよ♡」
「そうは言っても、シャルちゃんはどうですかねぇ」
ふーっと、煙を吐いて、彼女は笑う。
「たぶん、あの子、ミナト・チャンにホの字ですよ」
「あのね」
ボクは、ため息を吐く。
「そんな風に煽って、なにがしたいの? ボクの経験則からして、煽られて成立するような恋愛はろくでもないよ」
「うるせーな、この童貞」
「殺すぞ♡」
ソファーの上で、片膝を立てているタオは微笑む。
「まぁ、なるようになりますよ。タオちゃん、こう視えても、未来予知に精通してるところありますから。ミナト・チャンとシャル・チャンは、凹凸感があって、上手いこと嵌りそうな気がします。テトリスみたいな感じで」
「はいはい」
ボクは、レモネードのおかわりに向かって――廊下で、音がした。
覗き込むと、顔を真っ赤にしたシャルが、空のコップを片手に立ち尽くしていた。彼女は、顔を上げて、潤んだ瞳でボクを見つめる。
「…………っ」
そのまま、彼女は、廊下の奥へと逃げていった。
「ね」
いつの間にか、得意気な顔をしたタオが、ボクの後ろでニヤついていて――
「脈、ありそうでしょ?」
「……あっても困るんですが」
何時、別れを切り出すのか、ボクはそのタイミングを測り損ねていた。