初心者戦争《ビギナーズ・ウォー》
――初心者を泣かせてやろう。
その一心で、『ほのぼの丘』に集った同士たちは騒然としていた。
「おい! なんだアレッ!?」
単眼鏡で遠方を見通していたプレイヤーの叫び声が、始まりの狼煙となった。
「みんな、視えてる!? 今ね!! ヤバイヤバイ!! すごいこと起きてるから!! 召喚獣の切り替えだいじょぶ!? すごいすごい!! こんなの前代未聞じゃないの!?」
初心者狩り……略して、『ビギ狩り』の愛称で親しまれているイベントを配信しに来たVtuber、御心・ファッキン・妖華は興奮で息を弾ませる。
30万人以上が視ている彼女の配信に、召喚獣が捉えた異形が映り込む。
そこには、凄まじいスピードで、こちらに向かってくるプレイヤーが映っていた。ただの人ではない。ひとりがもうひとりを肩車して、戦士のスキルである『突進』を用いて、肩に担いでいるプレイヤーを運んでいるのだ。
パンツ一丁の男性プレイヤーの上で、腕を組んでいる美少女が目に映る。
「誰!? アレ、誰なの!? 召喚獣、映ってる!?」
応えるかのように、プレイヤーネームが映る――『ミナト』。
「死ねやウラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
彼女の大口から、殺意が迸る。
怨嗟に包み込まれた美少女は、猛烈なスピードで走るプレイヤーに乗って、口角泡を飛ばしながら迫ってくる。両目は血走っていて、両腕の筋肉はぴくぴくと震え、口元は殺戮を期待するかのように歪んでいる。
プレイヤーネーム、『ミナト』。
彼女は、木製の短剣を振り回しながら、どんちゃん騒ぎをしている大勢のプレイヤーへと突進してくる。
「は、速く、撃てよ!! なにしてんだ、あんな初心者ごときに!?」
「バカ言うな!! さっきから、撃ってんだよ!! 何発も!! エフェクト、視えてねぇのか!?」
「なら、なん――嘘だろ」
ミナトへと、魔弾が迫り――
「死ねぇえええええええええええええええええええええええええええ!!」
碧色の閃光が迸る
ジャストガード――正確無比なタイミングで弾かれて、ミナトに接触した魔弾が彼方へと弾き飛ばされる。
パパパパパパパパパキィン、連続成功。
無限とも思える魔弾や光矢の雨あられ、その集中砲火を、ミナトは信じ難い精度でかき消した。
異常を前にして、ほのぼの丘に集ったプレイヤーたちは言葉を失う。
「嘘、だろ……ジャストタイミングでのガードなんて……ま、まともに成功した試しねぇのに……なんで、あんなに成功して……」
「あ、足だ!! 足を狙え!! 『ミナト』じゃなくて、馬の方の『ドルフィン』を狙い撃て!!」
方針変更。気取ったミナトは叫ぶ。
「変形!!」
肩車の姿勢から反転、ミナトはひらりと身を反転し、肩に両足をかけた状態で頭を地面へと向けた。両足をドルフィンに掴まれて、逆立ちをしているような状態、この体勢であればドルフィンの前面をすべてカバー出来る。
パパパパパパパパパキィン!!
視界が反転している状態でも、当然のように、ミナトはジャストガードを成功させる。
「おいおいおいおいおい!! 本当に、アイツ、ココまで辿り着くぞ!? どうするんだよ!? 殺意の塊が、デリバリーされちまうぞ!!」
「お、落ち着け!! あのレベルのプレイヤーが、おれたちを殺せるわけがない!!」
狩る側から狩られる側へ。
一部のプレイヤーは、気圧されて、脱出装置を使用する。精神的に動揺したプレイヤーの命中率が、目に見えて下がっていった。そもそも、とんでもない速さで、こちらに向かってくる対象に当てられるプレイヤーの方が少ない。
そんなこともあって、ミナトは――ついに、ほのぼの丘へと到着した。
ドルフィンの肩を蹴飛ばし、ミナトは、宴会場の中心に着地する。
会場は、静まり返っていた。
音楽はスピーカーごと消え去り、踊っていたプレイヤーは硬直している。弁当や飲み物は踏み荒らされ、恐怖で引き攣った顔が並んでいる。誰も彼もが、眼前に現れたバケモノを恐れていた。
ミナトは、落ちていたマイクを拾い上げて――笑った。
「全員、殺す」
瞬間、始まる。
「撃てぇえええええええええええええええええええええ!! 早く撃てぇえええええええええええ!! コイツを殺せぇえええええええ!!」
なりふり構わなくなったプレイヤーは、宴会場の中心に着地したミナトを射撃する。ドルフィンは、一瞬で蒸発したが、ミナトは素早く身を屈めた。
「ぐぁあああああ!! おい、今、撃ったのは誰だ!?」
「いてぇ!! テメェ、なにしやがる!!」
「お、落ち着け!! みんな、一旦、落ち着――」
結果、互いに互いの弾を喰らう。
なにせ、このほのぼの丘は、PVPエリアである。お互いの攻撃は当たり得るのだ。その上、今回のビギ狩りに集まっていた各々は、普段は笑いながら殺し合いを繰り広げるくらいの仲良しである。
今まで、いつもの殺し合いが始まらなかったのは、初心者と呼ばれる共通鴨が居たからだ。
つまるところ、膨らみきった殺意を破裂させるには、たったひとつのキッカケが必要だった。
「「「「「死ねやウラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」」」
ミナトの殺意に感化されたかのように、プレイヤーたちは同士討ちを始めた。誰も彼もが、ビギ狩りのために遠距離武器しか装備出来ない『長弓の射手』に転職してきたこともあって、同士撃ちの花火大会が開催される。
赤、青、緑……多種多様な光が飛び交って、屍が積み重ねられていく。
祭りと聞いて駆けつけてきた害悪プレイヤーが、周囲を焚き付けるために現れて、援軍として走ってきた初心者たちも参戦する。
みんな、笑っていた。目の前の人間を消し去ることに、全力をもって、笑いながら取り組んでいた。
暴力の真髄――世はまさに、大殺戮時代!!
たったひとりの初心者による“キッカケ”で始まったその戦争は、ファイナル・エンド史に残る最大級の犠牲者数、1万3032人という数字をもって幕を下ろした。
唯一の生き残りは、配信中は無敵のかかる公式Vtuberである御心・ファッキン・妖華、ただひとりだった。
彼女は、後に、当戦争についてこう言い残している。
『人生ではじめて、走ってくる地獄を視た』
『初心者戦争』……その発端ともされる初心者の名前が、ほのぼの丘に立てられた慰霊碑の一行目に書かれている。
ミナト――この戦争を契機に、その名は、クソゲー界に轟いていくことになる。
この話にて、第一章は終了となります。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
次話より第二章となりますが、引き続きお読み頂ければ幸いです。