見覚えのあるやーつー
シャルの部屋は、こじんまりとした、小さな部屋だった。
幼い頃から、部屋の模様替えはしていないのか、ピンク色の可愛らしい家具たちが並べられていた。勉強机と椅子、本棚、くまのぬいぐるみにベッドがある。
ベッドの脇には、コルクボードがあって、幾つかの写真が貼られていた。
その写真には、笑顔があふれていた。そこに映る少女たちは、笑ってピースサインを示している。
「…………」
レアとシャルは、仲の良い姉妹だ。
どの写真でも、ふたりは並んで映っている。楽しそうで、笑顔が映えていた。肩を寄せ合うようにして、こちらに幸せを向けている。その先にある未来を疑わないかのように、現実を謳歌していた。
「ミナトくん、そんな写真視てないで、こっちこっち~!!」
我に返って、ボクは、シャルたちに向き直る。
宙空に投影された大画面……そこには見慣れない部屋が映っていた。どうやら、ビデオ通話中らしいが、お相手は離席中らしい。物言わぬゲーミングチェアが中央に居座り、我が物顔で主張してくる。
「で、誰よ、紹介したい人って?」
「こんにちは」
レアは、真顔で、ボクに手を差し出してくる。
「レア・クロフォードです」
「あ、どうも、ミナトです」
ボクは、その手を握って、互いにお辞儀する。
「…………」
「…………」
「いや、ふたりして、こっち視ないで……なにを求めてるの……?」
『もしもし』
悪ふざけをしているうちに、画面の向こうから声が聞こえてくる。
画面に映るシャルの『紹介したい人』を目の当たりにし――ボクは、驚きで息を呑む。
「いや、お前」
犬用の首輪。
銀色のメッシュを入れた髪、耳には大量のピアス。首に十字架のネックレスをかけて、真っ黒な衣服で身を包んでいる。シルバーアクセサリで飾り付けられた服は、彼女が動く度にジャラジャラと音を立てる。
その姿には、見覚えがあった。
「クラウド……!」
『ん?』
「え? 知り合い?」
少し若い。
王子様気取りの彼女は、苦笑して首を振る。
『None, None.
残念ながら、知らないね。そんなにカワイイ女の子なら、喜んで、脳みそが憶えてる筈だから』
「いや、ボクは男だ……」
言いながら、ボクは、驚愕から立ち直る。
この世界で、クラウドがボクを知らないのは当然だ。ココは虚構の世界だし、クロフォード家に引き取られたボクはVtuberデビューしないのだから、ミナトのファンである彼女との接点はひとつもない。
『おいおい、世界は広いな。
デートに誘おうと思ってたが、やめておいた方が良いらしい』
綺麗にウィンクをして、画面越しに彼女は手を差し出してくる。
『名前を知ってるということは、もしかして、私のファンかな?
クラウドだ。日本人、無職で引きこもり。子供部屋おばさんの二つ名をもち、ご近所さんからは『頼むからああはなってくれるな』の愛称で親しまれている』
「そのセリフは、テメーに向けられたものではねーよ♡ 全世界の子どもたちに向けられた反面教師と言う名の愛情だ♡」
『なかなか、口の回る子猫ちゃんだ……で、君は?』
「ミナト。ミナトだけで良い」
『ほう、ということは』
視線を向けられて、シャルは笑顔で頷く。
「そ! 前に話してた、夢で逢ってた子!」
『確かに、どことなく似てるね……雰囲気が……近いというか……ウィッグをかぶったら、瓜二つなんじゃない……?』
「たぶん、わたしのお母さんが、日本で不倫して出来た子じゃないかなって思ってるの!」
「急にどえらい問題発言ブチかますのやめろ♡ 母親を信じてやれ♡ トラスト・マザー、ね♡」
「母さんの性格では、不倫は難しいだろうな。
父さんは、可能性すらない」
見覚えのあるエナジードリンク『灼熱・スプリンクラー』を美味そうに飲みながら、クラウドは両手を広げた。
『で、シャル、彼を私に紹介したということは……そういうことだね?』
「うむ、そういうことじゃよ」
「はい、そういうことです」
ボクは、シャルの肩を掴んで引き寄せる。
「ボクたち、付き合ってます」
「はーい、そーなんでーす!
付き合ってま――じょ、冗談だよ、お姉ちゃん……」
無言で机を持ち上げて、ボクの頭を狙っていたレアは、胸を撫で下ろし破顔した。
「なんだ、冗談か。ははは、面白くないな、○すぞ。姉であるわたしに断りもなく、シャルと付き合うなんて死罪で済むと思うなよ。四肢をもいでフロリダのクロコダイルの餌にしてやるからな、憶えておけよ」
「つい数分前に、ボクとシャルに酷いことをした連中は、例外なく、地獄に叩き落とすとか言ってなかった……?」
「あぁ、三人で、一緒に地獄に行こうな」
「姉の愛が重すぎる……って、冗談はさておき」
冗談には思えない無表情で、ボクたちを見つめるレアの意識を逸らすように、シャルは両手を打ち鳴らした。
「ミナトくん、クラウドはね、わたしたちと一緒にゲームを作ってくれてるの。共に最後の境界を目指すメンバーのひとりなんだ。
あともうひとりいるけど……それは、後で紹介するとして」
シャルは、笑いながら、ボクを見つめる。
「わたしたち四人のクリエイターチームに、新しく加わるメンバーを紹介するね」
そして、彼女は言った。
「そう! それこそが、ココにいるミナトくんなんです!!」
ボクは、一瞬、遅れてから――
「は?」
声を漏らした。