夜間の雑談
「ゲームなんて作ってたの?」
「まぁな」
夜。
グラフトンの空には、星星が輝いていた。
クロフォード家の庭には、ハンモックとベンチ、テーブルまである。何時の時代のものなのか、赤色のボールも転がっていた。片隅にある全自動芝刈り機は猫の姿をとっていて、牙に当たる部分に刃が入っている。
冷たい夜気を浴びながら、ボクはハンモックに腰掛ける。
月明かりに照らされたボクとレアは、レモネードが入ったコップを片手に語り合う。いつの間にやら、この時間帯、顔を合わせてママお手製のレモネードを飲むのが定例のこととなっていた。
「最後の境界、ね……」
「あぁ、わたしとシャルの最終目標だよ。VRMMOを作ろうと思ってる。現実と虚構の境目を取り払うんだ。
わたしにとって、画面に映るニュースは虚構だった。遠くの誰かの幸福や不幸なんて、誰かの作り話かもしれない。そう思った時に、現実と虚構の境界は、想像以上に薄いんじゃないかと思った」
「…………」
あまりにも。
――アレはね、虚構なんだ
あまりにも、レアは、アラン・スミシーに似すぎている。
「なんで、クソゲーなんか作ってるんだ、と思っただろ?」
「読心術でも習得してんの?」
「心よりも顔の方が雄弁だ」
氷を揺らしながら、壁にもたれかかったレアは微笑を浮かべる。
「シャルがクソゲー好きなのもあるが……ゲーム制作において、クソゲーを作るというのは重要なんだ。どんなゲームクリエイターだって、最初はクソゲーを作る。第一作で神ゲーなんて、作れないさ。作れたとしても、ただのまぐれで実力じゃない。
どんな分野でも同じことだ。積み重ねることが肝要。作り続けてるうちに、積み重ねた山の高さ分、視えてくるようになる」
楽しそうに、レアの笑みが深くなる。
「プレイヤーがどこで躓くか、面白いと思うシステムはなにか、演出の重要性と脚本の精密さ、画で語ることと文で語ること、インタラクティブ性の捉え方、キャラクターをどう描けば良いか。
そして、なによりも、どうすれば」
音を立てて、氷が割れる。
「プレイヤーの心に残るか」
創作者としての矜持……その面構えに、アラン・スミシーとの共通性を見つけ出し、ボクは顔を伏せた。
「最後の境界は神ゲーにしてみせる。
日本的に言えば、神がかったゲームだ。神に憑かれたゲーム。唯一神が、そこに備わっているかのような完璧なゲームにする」
「そうは」
思わず、ボクは、つぶやいた。
「そうは……ならないんだよ……」
「なんだって?」
白色のレモネードを見つめていたボクは、首を振って笑みを浮かべる。
「いや、なんでもない」
「そうか……あぁ、そうだ、ミナト」
レアは、懐から『デジタルゲームフェスタ』と書かれたチケットを取り出し、ボクの手に握らせる。
「来月、このゲーム展に出展するつもりなんだ。規模は小さいが、著名なゲームクリエイターが、完成品を視てくれる。このフェスタに出展した作品が、後にインディーゲームとして発売されて大ヒットしたものもある。
良かったら、来てくれ」
「あぁ、喜ん――」
ボクは、口を噤む。
「……行けるかわからないな」
「なんだ? 用事でもあったか?」
「いや」
微笑を浮かべて、ボクは、彼女を見つめる。
「いずれ、君らとは会えなくなる」
「……どういう意味だ?」
この世界は、虚構だ。
いつまでも、この安穏とした生活に腰を下ろしておくわけにはいかない。いずれは、立ち上がって、歩き出さなければならない。レア・クロフォード、彼女と酷似しているアラン・スミシーと決着を着ける必要がある。
「日本に帰ろうと思ってるんだ」
でも、そのまま、ボクは真実を口にすることはなかった。
――元の領域に戻せッ!!
我ながら、おかしいとは思っている。アレだけ、食って掛かった癖に。この世界が虚構だと信じていたからこそ、彼女に嫌われようが変人扱いされようが、どうでも良いと思っていた癖に。
もう、ボクは、彼女らを虚構だとは思えない。
「……父さんと母さんには?」
「いや、まだ、話してない。明日にでも、話して了解をもらおうと思ってるよ。なるべく早く、この家から出るつもり」
「意志は」
悲しそうに顔を曇らせて、レアはささやいた。
「硬いんだな……?」
「うん」
「大丈夫、なのか? ひとりで? 行くあては? お前は、まだ、ただの子供だろ? わたしたちは、その、家族だ。気を使う必要なんてない」
「姉か妹みたいに思ってる幼馴染がいる。たぶん、そこに行けば、どうとでもなるよ。おばさんおじさんが、喜んで保護してくれるさ」
そして、それが、ボクにとっての正史だ。
本当のボクは、アメリカ合衆国で、クロフォード家と暮らすことなんてない。幼馴染の葵と一緒に、彼女の家族と過ごすことになる。
「……シャルが寂しがるな」
「ボクも寂しいよ……とか、月並みなセリフ、吐いといた方が良い?♡」
ふっと、笑って、レアはボクとハグする。
「いつでも帰ってこい。わたしたちは家族だ。お前とシャルに酷いことをした連中は、例外なく、地獄に叩き落としてやるから」
「ソイツは頼もしい」
ボクらは離れて、レアは微笑を浮かべる。
「せめて、来月までは居てくれないか。わたしとシャルのゲームをミナトにも視てもらいたい。お別れの挨拶にしたいんだ」
「わかった。
ただし――」
ボクは、笑顔で、チケットを振る。
「クソゲーだったらぶち殺す♡」
「ソイツは頼もしい」
「ねぇ~? お姉ちゃんとミナトは~? ね~!? 早く、上に来て~!! 早く早く~!! 紹介したい人がいるから~!!」
なにやら、家内が騒がしくなって、ボクらは苦笑した。
「我が家のお姫様がお呼びだ」
「たまらんね、この耳障りなプリンセスボイス♡」
ボクは、レアと連れ立って、我が家の中へと戻っていった。