最後の境界
いい加減、この状況から脱出する方法を考えないとな。
通りを散歩しながら、ボクは考える。
肌寒さを感じる秋のアメリカ。庭の芝生を刈っている全自動芝刈り機がエラー音を発して、タトゥーをいれたおっさんが、悪態をつきながら出てくる。軒先に安楽椅子を出して、ホワイトブロンドのおばあさんが眠っていた。
それらの光景は、あたかも、現実のように視える。
でも、ココは、ゲームの世界だ。それは、間違いない。
自慢じゃないが、ボクは、英語なんて喋れない。知ってる英単語は『F○ck』と『Bi○ch』くらいのもんである。残念ながら、アメリカ合衆国では、『F○ck』と『Bi○ch』で英会話を行えない。
だが、当然のように、ボクは英語を喋っているように認識されている。相手の英語は、日本語のように聞こえる。
VRMMOでは、然程、珍しくもない翻訳システムだ。
ファイナル・エンド内では、英語だろうがイタリア語だろうがアラビア語だろうがネットスラングだろうが、お相手に適切な言語に翻訳されて耳に届く。世界規模のサーバーにおいて、世界の壁なんてものは存在しない。
では、本当に、ココが虚構ではないと言い切れるか――たぶん、NOだ。
ボクが、英語を喋れないと思い込んでいるのかもしれない。今まで、ファイナル・エンドというゲームをプレイしていた自分の記憶は本物か。誰かが埋め込んだもので、本当の自分は、最初からアメリカ合衆国に在ったんじゃないか。
急に、恐ろしくなる。
今までは、わかりやすいファンタジー世界を目の当たりにしていたから疑わなかった。でも、現実に存在する『アメリカ合衆国』と言う国を詳細をもって再現されると、途端に、現実味が増してわからなくなる。
本当に、コレは虚構か?
「まぁ、アレコレ考えてもしょうがないか」
ため息を吐いて、ボクは、クロフォード家に戻る。
「あ~、ミナトくん、おかえり~!!」
「……なにしてんの?」
網膜投影型のVRスマートグラスを付けたシャルが、タンクトップにハーフパンツ姿で、汗だくになってこちらを見つめていた。
「視てわかんない?
ゲーム!」
「今の時代に網膜投影型って……なんで、そんな古いゲームやってんのよ……」
「レトロゲー好きだから!」
「正確に言えば」
ソファーで、本を読んでいたレアが微笑む。
「クソゲーが好きなんだ」
「は? クソゲー?」
「うん、あい・あむ・くそげー・まにあ、ね!」
よくよく視てみれば、リビングの天井、その四隅にはベースステーションが取り付けられていた。プレイヤーの握っているコントローラーやヘッドセットを感知して、正確にその空間位置を読み取り、ゲーム内に反映させているのだ。
「それ、なんてクソゲー?」
「『切腹中毒侍VSガンギマリガンマン』」
「お嬢さん、それ、クソゲーだよ」
まだ、はぁはぁ言っているシャルにスマートグラスを渡される。
付けた瞬間、恐ろしく解像度の低い光景が目の前に現れた。8Kくらいしかないんじゃなかろうか。半ばぼやけているその画面には、しょぼくれた背景の荒野が映っている。
キザなテンガロンハット、ポンチョにウエスタンブーツ、口元には紙巻き煙草(マリ○ァナではないと注意書きが書いてある)……ボクの前には、両目をあらぬ方向に向けているガンマンがいた。
「で、このゲーム、なにすればいいの?」
「ミナトくんは、今、侍の格好をしてるでしょ?」
特にヘッドセットを付けていないので、外からの音が筒抜け状態だった。シャルの指示を聞きながら、ボクは、和装を纏って刀を持っている己を見つめる。
「忠臣の侍ことミナトくんは、無事に切腹出来れば勝ち。その前に、ガンマンに額を撃ち抜かれたら負け。
簡単でしょ?」
「このゲームを作った意図が、ひとつもわからないので難解ですね♡
意味のわからない勝負方法と言い、侍とガンマンが対峙する世界観と言い、中毒者とガンギマリの自殺VS殺人の構図と言い……たまらんね♡ どこからどう視ても、めくるめくクソゲーの世界♡ Welcome to the KUSO♡」
「ミナトくんって、切腹したことある?」
「おいおい、クソゲーはプレイした人間までクソにするのか♡ クソゲーを全米にバラまいただけで、同時多発テロ扱いされちゃう♡」
「違う違う! 勘違いしないで! 日本人は、全員、切腹経験者だから、念の為に聞いただけ! ごめんごめん、切腹してて当然だよね!」
「勘違いしてるのはテメーだと、ミナトくん、ココで優しくTeach You♡」
思ったよりも、シャルは近くにいるのか、彼女の息遣いを感じる。
「いや、このゲーム、切腹の作法に厳しくて……1km先の白装束を取りに行くところから、始めないといけないんだよね……その間、ガンギマリガンマンも撃ってくるから……」
「切腹と言う褒美を求めて、1kmも全力ダッシュするプレイヤーがいると考えた製作者の気持ちを300文字以内で答えよ♡」
「ちなみに、腹を一文字に切った後に、縦にみぞおちからへそ下まで切り下げる『十文字腹』は得点高いから狙った方が良いよ。
あとコレは裏技なんだけど、白装束を入手した後は、縦ローリングすると0.3秒の無敵時間が発生する」
「そうなると、正攻法は『1km全力ダッシュしながら、十文字に己の腹を捌き、縦ローリングし続ける』ことになるが……よろしいか?」
「あはは! お姉ちゃん、ミナトくんが、頭おかしいこと言ってる~!」
「あはは!
おねえちゃん、コイツ、○していいか?(真顔)」
ボクは、アメリカのリビングで、1km全力ダッシュしながら、十文字に己の腹を捌き、縦ローリングして死んだ。
「どうだ、コラ♡
ボクの勇姿をその目に焼き付――」
VRスマートグラスを外すと、引きつった顔で、こちらを見下ろすオリビアママとルーカスパパがいた。
「…………」
「…………」
ふたりは、にこぉと笑って、何事もなかったかのように消える。
笑顔のシャルは、親指を立てて、ボクに問いかけてくる。
「ミナトくん、どうだった?」
「クソだった♡」
VRゴーグルを押し付けて、ボクは、息荒く問い詰める。
「このクソゲーを作ったのは誰だぁ!!」
「は~い! わたしとぉ!」
無言で、レアが手を挙げる。
「お姉ちゃんでぇ~す!」
「すげぇよ、お前、才能あるよ……人をイラつかせる才能がな……」
「でも、こんなの序の口だよ。
わたしとお姉ちゃん、もーっと、すんごいの作ってるんだから」
嬉しそうに目を輝かせて、彼女は言った。
「面白おかしい世界を丸ごと作り上げようと思ってるの! 誰も彼もが、そこでは、楽しく過ごせるような夢みたいな空間! どんどん技術は発展してて、ゲームと現実の境目はわからなくなってきてる! その境界は、次々に消えていっていて、最後の一枚まで来てると思ってるんだ! だから、わたしとお姉ちゃんが、現実と虚構の境界を! その最後の一枚を、このゲームで、壊しちゃうつもりなの!
だから、その名は――」
シャルロット・クロフォードは、笑った。
「最後の境界」
ボクの心臓が――鳴った。