ショッピング・センターの怖気
州道を通って、自動運転車は走り続ける。
秋を迎えつつあるグラフトンは、色鮮やかな赤黄色の街路樹に覆われている。窓を開けると、涼風が入り込んでくる。爽やかな風の通り道に、手を差し出せば、舞い落ちる木の葉に触れることが出来た。
日本の町中で拡張現実鏡を付ければ、そこら中に広告が広がって鬱陶しいが、グラフトンにおいてはそうでもない。州法で景観保護が義務付けられているらしく、広告ブロッカーもなしに綺麗な景色を目の当たりに出来る。
近場のショッピング・センターまでは、VT-35、VT-103を経由して31マイル程走れば着くらしい(VTはバーモントの略。VT-35で、Vermont Route 35。バーモント州道35号線の意)。
アメリカは、なんでもかんでも規模が大きい。田舎のショッピング・センターでも、どこのイベント会場だよと思う。
幾つかの服屋が入っているらしいショッピング・センターに到着し、腕を組まれたボクは、シャルに引きずられるようにして飛び込む。
ルーカスパパも喜び勇んで付いてきたが、数分後にはその顔は悲しく引き攣り、数十分後にはがっくりと肩を落として消えていった。
なぜなら――
「やだぁ、カワイイ~!!」
「…………」
ボクは、女物の服を着せられていたからである。
蒼色のウィッグを買い与えられたボクは、いつものミナトちゃんと化していた。
「おいコラ♡ コラコラ♡ な~に、当たり前のように、ボクを可愛く飾り付けちゃってくれてんですかね♡ 等身大着せかえ人形で遊べてご満悦か♡ 幼気な幼子がするみたいに、次は、ボクの腕をもいで放り捨てる気♡ やめて、こわい♡」
拡張現実鏡を使えば、店舗のサーバーから衣服データを引っ張ってきて、服の上からでも画像層を重ねることが出来る。わざわざ、試着室に引っ込まなくても、着用時の感じを見て取れる。
この時代、外にまで、服を買いに出る必要性はあまりない。
店にいようが家にいようが、ブランドのホームページに飛んで、衣服データを引っ張ってくれば幾らでも試着出来る。皮膚感覚フィードバックが導入されているVR技術を用いれば、衣服の着用感すらも感じ取れる。
でも、現実で服を視て着用したいと言う考えの方はそれなりにいらっしゃるみたいで……そして、目の前のシャルのように、健全な男の子を女装させて衆目に晒し、羞恥に赤らむ顔を観察してやろうと目論むヤツもいるわけだ(少数派)。
「…………」
まぁ、女装に慣れたボクは、真顔だったが。
「しかし、こうして視てみると」
腕を組んだレアは、したり顔で頷く。
「ミナトは、シャルと似てるな。瓜二つだ」
「そう?」
ボクの腕を抱き込んだシャルは、うざったいくらいにほっぺたをくっつけてくる。レアの前で、雁首並べて、総評してもらうつもりらしい。
「うん、似てる……スイカとメロンくらい似てる……」
「スイカは、英語でウォーターメロンって言うからね♡ メロンも、英語でファイアースイカって言うもんね♡」
「それっぽい嘘つくのやめて……」
きゃいきゃい言いながら、姉妹はボクに様々な服を着せる。
中には、かなり際どい服もあって、様子を見に来たオリビアママが、口を半開きにしたまま横にスライドし、何事もなかったかのように男性下着コーナーへと消えていった。
「あの、ボクに人権はないんですか?」
最終的に、フリル付きの黒ゴスロリ服を着せられて、蒼色のツインテールウィッグをかぶったボクは、かなり痛々しい女装男子と化していた。
「…………」
「…………」
「おい♡ 思ったよりガチ感が出て、絶句するのはやめろ♡ こちとら、土日に女装して出歩いて、ナンパされた回数三桁超えだぞ♡」
「…………」
「…………」
「無言で精算を済ませるな♡ ブチ殺すぞ♡」
こうして、ボクは、日常服も女性モノを買ってもらうことになった。こちらの方が、慣れてるのが悲しいところである。
買い物を終えて、ボクとレアは、外に出る。
シャルは、自分の服を買い忘れたとのことで、ひとりショッピング・センターの中へと戻っていった。
「ミナトが来てから、あの子はよく笑うようになったよ」
ふたり並んで、8.5$のアイスクリームを食べる。
アメリカは、なんでもデカイが、アイスクリームもデカイ。日本の5倍はある。カラフルなチョコレートやらカラメルやらナッツやらフルーツやら、そんなにトッピングする必要あるかってくらい盛り付ける。
胃もたれしそうなカップアイスをつつきながら、ボクは微笑んでいるレアを見つめる。
「ココに来る前から、ミナトはシャルと会っていたらしいな」
「そーね、夢の中で」
スプーンを止めて、レアはささやく。
「所謂、共有夢と言うヤツか……どうして、ミナトとシャルの夢が繋がっていたかは知らないが……あの子は、ミナトが来て『ミナトのお母さんとの約束が守れるかもしれない』って嬉しがってたよ」
「…………」
ボクは、溶けかけているアイスクリームを見つめる。
トッピングでまみれたチョコレートミントは、黒と鮮やかな緑が入り混じり、相容れないモノ同士が奇妙な偶然で混ざってしまったように視えた。
「これからも、妹と仲良くしてやってくれ。ミナトが一緒なら、あの子も、楽しく過ごせると思うんだ」
バニラアイスを片手に、彼女は綺麗に笑った。
「きっと、これから、もっと楽しくなるよ」
それは、ボクの視てきたアラン・スミシーとは、まるで違う表情で……思わず、ボクは、彼女の手にアイスを押し付ける。
「シャル、遅いな。視てくるよ」
「ん? あぁ」
マズい。
――私は、最初から……あなたたちを笑わせるつもりも、楽しませるつもりもなかった
ボクは、レアとアラン・スミシーを混同しようとしている。
逃げ出したボクは、ショッピング・センターに戻って、服を選んでいるシャルを見つける。
「シャル、そろそろ帰――」
そして、彼女の背後に男を見つけた。
じっと、彼女の晒した足を見つめて、微動だにしない若い男。ナメクジが這い回るみたいな、気色悪さすら思える視線を彼女に浴びせて、ニヤニヤと口元に薄い笑みを浮かべていた。
怖気が奔って――ボクは、シャルの肩を掴んで引き寄せる。
「えっ!? な、なに、誰!? ミナトくん!?」
「……行くよ」
「え、う、うん……」
珍しく殊勝な彼女は、頬を染めたまま、なすがままに身体を預けてくる。ボクの身体で彼女を隠した瞬間、舌打ちをした男は足早に消えた。
ボクは彼女の肩を抱いたまま、臓腑から這い上がる寒気を覚えていた。
新作短編『今年で成人しましたが、エルフの里では赤ちゃんとして可愛がられるの怖い』を投稿しました。
作者ページの方にありますので、お暇があれば、ご一読頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。