賑やかな朝食
「オレンジジュースとってくれ」
「あぁ、はいはい」
「お姉ちゃ~ん、こっちの服の方が良いと思う~?」
「シャル! いいから、ご飯、食べちゃいなさい!!」
「え~、だって~!!」
「…………」
「どうした」
呼びかけられて、ボクは我を取り戻す。食卓に並ぶパン、スクランブルエッグ、ソーセージ、申し訳程度のポテトを見つめる。
アラン・スミシーは、微笑みながら、ボクのコップにミルクを注いだ。
「朝は、ちゃんと食べないと力が出ないぞ」
御影石で作られたシンクの前で、女性婦人が「シャル!! 良いから、ご飯、食べなさい!!」と叫びながらハムを焼いていた。彼女の髪色は金で、蒼色の瞳をフライパンに向けている。
「なぁ、オレンジジュースとってくれ」
「おねえちゃん! パパにオレンジジュース、とってあげて!」
「ミナト」
虹色の瞳をしたアラン・スミシーが、ダイニングテーブルの隅にあるオレンジジュースを見つめる。日本でよく見る紙パックのものではなくて、取っ手のついた2Lポリ容器に満杯になったものである。
「…………」
ボクは、オレンジジュースを持って、メガネをかけた男性の元に届ける。
「ありがとう、ミナト」
スクランブルエッグをかき混ぜていた彼は、青い瞳でこちらを視ながら、ニコリと笑ってメガネをかけ直した。
「…………」
改めて、ボクは、周囲を見回す。
広い。
白色の煉瓦が積まれた暖炉と暖炉棚、木製のダイニングテーブル、当然のようにグランドピアノが置いてある。ピカピカに磨き込まれたキッチンは、カウンター式になっていて、簡易的なパーティーを開けそうだった。
ダイニングルームの奥には、シックな色合いのソファが置いてある。
デカい。恐らく、ケツのデカい人間が腰掛けるために作られている。犬を数匹解き放っても、余裕があるんじゃないかと思うくらいに広い室内。敷かれているペルシャ絨毯は、高級感を放っていた。
「ミナト、どうした、食べないのか? ん?」
愛情の籠もった声で呼びかけられ、前髪をそっと撫でられる。
思わず、ボクが仰け反ると、アラン・スミシーはぽかんと口を開く。
「おいおい、どうした。変な奴だな。なんだ、まだ、目が覚めてないのか。昨晩から、ずっと、シャルとゲームなんてしてるから」
「……ココはどこだ?」
ぱちぱちとまばたきをして、彼女は、メガネをかけた男へと向き直る。彼は、肩を竦めてから、ジュースの入ったコップを掲げた。
「イッツ・ア・アメリカ。バーモント州。メープルシロップが名物。ちなみに、僕は、あんまり好きじゃないね」
「父さん、そんなこと言うとシャルに怒られるぞ」
「そりゃ怖い」
微笑して、彼は、ペーパーバックに目を戻す。
「…………」
ボクは、テーブルの下を覗き込む。
全員が靴を履いていて、当然のように土足で家内にいた。
「なにが」
ゆっくりと、顔を上げたボクは、アラン・スミシーに問いかける。
「なにが目的だ、アラン・スミシー……なにがしたい……今、ボクは、どの領域にいる……あの子はどこだ……?」
「母さん、ミナトが寝ぼけてるぞ。珍しい」
「あら、ベッドに慣れたと思ったのに。日本にいた時は、ずっと、布団だって言ってたから寝づらかったのかしら」
「僕としては、夜ふかしさせたシャルが悪いに一票」
「えぇ~!? なんのはなし~!?」
「いや、ミナトが寝ぼけ――」
思い切り、両手を机に叩きつける。
凄まじい破裂音が迸り、皿に載っていたフォークが飛んだ。スクランブルエッグが飛び散り、ミルク入りのコップが倒れる。全員が全員、びくりと反応して、驚愕の面持ちでこちらを視ている。
怒りを押し殺しながら、ボクは、アランを睨みつける。
「舐めた真似してんじゃねぇぞ、クソ野郎が……ボクの質問に答えろ……ココは、どこの領域だ……あの子はどこにいる……いい加減、決着をつけようって言ってんだ……テメーの悪ふざけに付き合ってる暇はねーんだよ……」
しんと、静まり返る。
シンクで手を動かしていた女性は、微動だにせずにこちらを見つめている。男性は、ペーパーバックから顔を上げて、訝しむように顔を歪めた。アランは、あんぐりと口を開けたまま、瞬きを繰り返していた。
「父さん、医者を呼んでくれ……この様子だと、病院には連れて行けない……たぶん、鎮静剤が必要になる……」
「町医者に電話しよう」
「ねぇ~!? なに、さっきの音~!? お姉ちゃ~ん!!」
「なんでもない!! そのまま部屋にいろ!!」
「え~!?」
「ミナトちゃん」
女性は、微笑をボクに向ける。
「どうしたの? 慣れない場所で疲れちゃったかしら? ごめんね、私たち、知らずしらずに無理をさせてしまったのかも。
パパ、医者なんて要らないわ」
「でも、母さん!」
「レアは黙ってなさい。ミナトは、もう家の子よ。家の子の面倒は、私が見るわ。この子には、医者なんて必要ない」
レアと呼ばれたアラン・スミシーは、苦笑してからテーブルの片付けを始める。ボクは、彼女の襟首を掴んで、無理矢理引き寄せた。
「戻せ」
「なにを言っ――」
「元の領域に戻せッ!! あの子はどこにいる!? テメーのくだらねぇ自己満足に、あの子を巻き込むんじゃねぇクソがッ!! 相手なら、ボクがしてやるっつってんだ!! とっとと、元の領域に戻せッ!!」
「手を離しなさい」
メガネをかけた男性が、立ち上がって、ボクの腕に手をかける。
ぐっと、掴まれる。
痛い。掴まれた箇所が、ぐっと圧迫されて、血液の流れが滞る感じがした。じんじんと、テーブルを叩いた反動で、両手が痺れていた。
瞬間、疑問が湧き上がる。
コレは、本当に――虚構か?
「手を、離しなさい」
「パパ、やめて! ミナトちゃんは混乱してるだけよ!!」
「だ、大丈夫だ、父さん……少し、首が絞まってるが……問題ないよ、ミナトの好きなようにさせてやってくれ……」
「子供同士の喧嘩を止めるのは、父親の役目のひとつだ。
ミナト、手を、離しなさい。今直ぐに」
なんだ、この空気は。
肌で感じ取る居心地の悪さ。臓腑から込み上げてくる嫌な感じ。あたかも、ボクが、悪いことをしてるみたいに。
「ねぇ~?
さっきから、なにし――」
部屋から現れた少女を視て、ボクは息を呑む。
「なんで」
彼女は、ボクとソーニャちゃんを救った彼女は、ボクのアバターと同じ顔で、こちらを見つめていて――
「なんで、君がココにいるの……?」
「え……わたしの家だから?」
当然のような顔で、そう答えた。