空気の読めない再会
「公式Vtuberのミナトだな?」
城から出た瞬間、声をかけられる。
5人組の男女……用件は、瞬時に理解した。
彼らの手に握られているのは、まごうことなき武器であり、纏っているのは殺意である。こんなにも剣呑な気配を漂わせて、道を訪ねてくるような輩はいない。
「だったら、なんだよ♡ 悪いけど、視てのとーり、両手が塞がってるから握手はしてやれねーのよね♡」
「付いてきてもらおうか」
――この数日で、運営への憎悪は上がり続けてる
何時から、つけられていたのか。
――当然、その矛先は、運営の手先と称される公式Vtuberにも向いてる
クラウドの言っていたことは、あながち、嘘でもないらしい。
「断ったら?」
無言で、彼らは、刃先を向けてくる。答えは明確だった。
「おいおい、ココは、都市領域だぜ? 君らが幾ら頑張ろうとも、ボクのことは殺せないってのは理解してる? あーゆー、あんだすたん?」
「だが、痛みは感じる」
リーダー格らしい男は、片頬を上げる。
「愉しいことはたくさん出来るさ」
「たまらんね、その気色悪さ♡ 鏡の前で、一生懸命、片頬上げる特訓でもしたのか♡ 脅し文句の練習したいなら、ママに付き合ってもらいな♡」
じりじりと、包囲網が縮まる。
ボクは、抱えているソーニャちゃんの重みで、下がりつつある両腕がバレないように笑みを浮かべる。内心、冷や汗がドバドバのドバだったが、こういう時にこそポーカーフェイスが必要だ。
「やめとけ」
背後に回った人数を数えながら、ボクはささやく。
「守る者がいるボクは強いぞぉ♡」
距離が詰まって――一気に、正面のひとりが斬りかかってくる。
「ほいっ♡」
だから、ボクは、豚盾を展開する。
「なっ!?」
大事そうに抱えていた彼女を、盾にするとは思わなかったのか、直前で剣筋が変化する。頬を掠めた剣閃を横目で捉えながら、ボクは、前蹴りを鳩尾にプレゼント。
「おごっ!」
よろけた男の顔面に、膝をブチ込む。
炸裂するNO DAMEGEの文字列、青色の粒子が飛び散って――ボクは、思い切り、長剣を真上に放り投げた。
「な、仲間を盾に!? な、なんだコイツ!? なんで、武器を投げた!?」
「教えてやるよ、初心」
ボクは、笑顔で、言い放つ。
「ギミック操作は、ゲームのき・ほ・ん♡」
「なっ!?」
急降下――流星が如く、堕ちてくる黒点。
否、それは、霊馬に乗った首なし騎士。城を取り巻くように飛んでいた彼らは、ボクの長剣に貫かれた胴体を真っ逆さまに、純黒の流れ星と化して襲ってくる。
「攻撃してきたのは、貴様かァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ち、ちが――おげっ!?」
跳ね飛ばされたプレイヤーは、空中で首なし騎士に捕まった。バケツリレーよろしく、次々、騎士から騎士の手に渡る。最終的には、地下牢へとダンクシュートされて、首なし騎士たちは爽やかにハイタッチ。
「むっ!? 貴様は!?」
「霊王様の下僕でございまーす♡ こちら、おやすみすやすやの可愛い豚ちゃんこと霊王様でぇ~す♡ お散歩中に襲われたので、大変困った次第でぇ~す♡ やんやぁ~ん♡ 騎士様、かっこい~♡ ふれ~ふれ~♡」
「そうか、ご苦労!!」
さすがは、ガバガバ警備員。あっさりと、ボクらは、攻撃対象から外れる。
どうやら、まだ、豚浪士は霊王としての権限を持っているらしい。
――行け。霊王の代理は、他で立てる
まぁ、ソーニャちゃんは、霊王代理という立ち位置だったみたいだったけど……そもそも、なぜ、彼女が霊王なんて呼ばれることになったのか……現実に帰ってから、お土産話代わりにたっぷり聞かせてもらえばいいか……。
蹂躙されている無法者たちを余所目に、ボクは、悠々とソーニャちゃんを抱えて城の外へと向かう。反省を活かして、人目に付かない場所を選んで歩き、襲撃を警戒しながら門へと足を運んだ。
「……マズいな」
そうこうしているうちに、約束の期限は迫っていた。
既に日は暮れている。今日が、彼女と約束した一週間目だ。日が沈み切る前に、どうにかして、あの破損エリアに辿り着かなければならない。
ソーニャちゃんの頭に、豚の被り物を被せたボクは、ガバガバ首なし門番を素通りして外に出る。ココまで来れば、もう、襲われる可能性は低いだろう。一気に、突っ走ることにした。
「重い♡ この細身から、繰り出されるグラビティ♡ 豚の名に恥じぬ体重を得るために、キャラクターメイクで無駄に重量増やした疑惑♡ 膝から下がもげて、明後日の方向に飛んでっちゃいそう♡ ボクの明日はどっちだ♡」
大量の汗が吹き出て、両足に溜まる疲労感に足がもつれる。
現実味あふれる感覚、足裏にじんじんとした痛み、豚浪士の太ももにかけている左手が汗で滑って、右手には髪の毛が湿っていく感触がある。
「ちくしょう、クソゲーが……大抵のVRMMOってのは……こういう、プレイヤーが、苦痛に思うような要素は……全部、切り取るか簡略化、もしくは都合よく改変しちまうもんなんだよ……」
ぜいぜい、息を荒げながら、走る走る走る。
走って、走って、走って――驚愕で、足が止まった。
ゆっくりと……ゆっくりと……ゆっくりと……疾走が駆け足に、駆け足が小走りに、小走りが歩行になって……ついには静止する。
「なんで」
待っていたソイツに、ボクはささやく。
「なんで、ココにいる?」
「だって、今週の生活費、まだ振り込んでないじゃないですかぁ」
不気味な夕闇のような赤黒い髪の毛、角度によって視える色の異なる虹色の瞳。喪服を思わせる黒色のクラシカルドレスは、ふわりと宙空に広がっていて、純白の砲弾の上に重なっている。
あたかも、それは、楽園に降り積もった灰のようで。
大人気イラストレーターによって描かれた美少女が、チャンネル登録者数350万人を超える超有名配信者が、なにかとボクにチャットを送ってきた彼女が――ファンからは神託と呼ばれている甘ったるい声で――告げた。
「来ちゃった♡」
大人気Vtuber、枢々紀ルフスは、笑顔でウィンクをした。