お前かよ!!
牢屋に入れられてから、5日が経った。
「いや、やべーだろ」
「なにがです?」
どうやら、眼前のチャイナ娘には、危機感が備わっていないらしい。
いつもの牢屋飯を食べているタオは、美味そうに顔をほころばせていた。
「は~い、タオで~す! 本日の牢屋飯は、白パンふたつにシチュー、干し肉も二切れあってお得感ありますね~! ちなみに、タオは、パンをシチューに浸して食べる派ですが皆さんはどうですか~?」
『タオちゃん、今日もカワイイね^^』
『俺は、シチューはそのまま食べる派かな(笑) でも、シチューに浸して食べる子は好き、とか言っちゃって(笑)(笑)(笑)』
『タオちゃんの好きな食べ物なんなの~?』
『美味しそうに食べてるタオちゃん、すこ』
「つーか、ボクの視聴者を取り込んで、キモオタ化させるな♡ なんで、飯食うだけで、ボクの配信よりも視聴者数稼いでんだよ♡ いちいち、あざとい反応するから、やべーのがぞくぞく参戦してるじゃねーか♡」
牢から脱出するために、配信で助けを求めたボクだったが、返ってくる反応は『タオちゃんカワイイ!』だった。
調子にノッたタオは『タオちゃんの牢屋飯配信 Part5』なんてボクの配信を乗っ取り、よく視る感じのサムネまで作る始末だ。
「移動の時間も考えれば、あと1日しかない」
「なにがです?」
ボクは、言葉に詰まる。
――なら、その子をココに連れてきて。一週間以内に
彼女との約束の期限について、このチャイナ娘に説明するのは難しい。
というか、喋るべきじゃない。『タオのことも、助けてくださいよ~!!』なんて言われたら面倒、『他の人も助けるべきですよ~!!』なんてこと言われれば最悪。
ノアの方舟に乗れる人数は限られている。
この情報は隠し通し、ソーニャちゃんを助け出して、このクソゲー世界から脱出する。
――湊、この世界はね、正しい人間が正しく救われるようには作られていないの
それが、最も正しい。正しい筈だ。
「ただの独り言。
ともかく、ボクは、こんなところで捕まってる暇ないのよ。とっとと、囚われのお豚様を助け出してトンズラしたいの」
「そんな焦らなくても、そろそろだと思いますが。
ほれ」
袖先から伸びる指先、タオの人差し指に招かれるようにして、二人組の首なし騎士が牢屋の前にやって来る。
「出ろ、王がお待ちだ」
「いえ、タオちゃんは、もう一泊しま――ぁあ~!」
慣れた手付きで、両脇から、タオは抱き抱えられる。だらんと両手両足をぶらつかせており、身長差もあるせいか、ちっこいぬいぐるみみたいになっていた。
「視てください、ミナト・チャン。
リアルタイム人権侵害の現場ですよ」
「キャトルミューティレーションの間違いだろ♡」
ボクは歩いて、タオは抱えられたままで移動する。
蝋燭台からの明かりによって、影が伸びる。暗闇に伸びる螺旋階段を上がり続けて、ボクたちは、薄暗い広間に出た。
凍てつくように寒いダンスホール。
蜘蛛の巣でデコレーションされたシャンデリアは、45度傾いていて、自殺した人間の首吊死体のように視える。その首吊りシャンデリアの下では、青白い影霊たちが、思い思いにワルツを踊っていた。
並べられているテーブル、演奏している楽団、飲み物片手に歓談する幽霊の男女……ボクらは、その間をすり抜けるように歩く。
「THE・テンプレ・幽霊城って感――おい」
女性のマーメイドドレスに頭を突っ込んでいたタオは、満面の笑みで、こちらに駆け寄ってくる。
「アイツ、幽霊の癖にパンツ履いてましたよ!!」
「幽霊だって、パンツくらい履きたいだろ……パンツくらい履かせてやれよ……パンツを履く自由を奪うな……霊的パンツをすこれ……」
そんな歓談を続けているうちに――
「――オ!!」
どこからか、声が聞こえた。
「タオ……おまえ……また、捕まったのか……!」
その声は、シャンデリアの上から聞こえてきていた。
見上げる。
シャンデリア上に立っている男性プレイヤーが、顔を真っ青にして声を振り絞っていた。どうやら、シャンデリアが傾いている原因は、あのプレイヤーが上に乗っているかららしい。
「え、誰ですか」
「お前、ふざけ……同じギルドだろーが……! なんで、いつもいつも、お前は余裕綽々で……いや、マズいんだよ、他の連中は全員捕まった……たぶん、地下牢にいる……なんで、お前は脱出出来た……?」
「…………」
「いや、無言でボクを視るな♡ 問いかけられてるのは、テメーだよテメー♡ お母さん、引っ込み思案な子は許しませんよ♡」
「呼び出されたんですよ」
通行を阻害しているダンスが終わるまで、紳士的に、立ち止まっているつもりらしい首なし騎士に抱えられたタオは答える。
「誰に?」
「霊王」
彼の顔が、驚愕で彩られる。
「な、なんで、お前が呼び出される……!? まかり間違っても、お前が、呼び出されるわけねーだろ……!?」
「ミナト・チャン、爪切り持ってません?」
「話、聞けやァ……!!」
顔は強張り涙を浮かべ、その必死さ加減は伝わるのだが、シャンデリア上の彼はどことなく滑稽に映る。
「ま、まぁ、なんでも良い……チャンスだ……今日こそ、霊王を……」
男は、ささやく。
「殺せ……!」
そして、ニヤリと笑った。
「タオ、お前なら殺れる……ようやく、オレらの本懐も達せられる……こんな機会、逃すようなお前じゃないだろ……?」
「まぁ、気が向いたら」
「いや、お前、気が向いたらって――おいっ!?」
首なし騎士たちは歩き初めて、哀れにも、その男性プレイヤーは取り残される。
「なに、良いの? 仲間なんじゃないの?」
「はぁ、まぁ、良いんじゃないですか。タオちゃん、無敵なので」
つまらなそうに、彼女は、緑色のマニキュアを塗った爪を弄る。
よくわからないが、妙な事情があるんだろう。どちらにせよ、ボクには関わり合いのないことなので、気にしないことにした。
そんなこんなで、ボクらは、ついに、玉座の間に辿り着く。
この先に、噂の霊王とやらが控えているのか……このデスゲーム化したクソゲー界で、城街領域を牛耳り、霊たちが蔓延る魔界へと変えた張本人。
そして、それは、ひとりのプレイヤーだと言う。
さすがに、緊張する。恐らく、かなりの大物だろう。だが、コレはチャンスだ。
霊王は、情報が集まる中央都市、城街領域を支配している。そうであれば、ソーニャちゃんの居場所も知っているかもしれない。そこまでいかなくても、交渉が上手くいけば、捜索を手伝ってもらえる可能性だってある。
「あ、先に言っておきますが」
タオは、微笑む。
「驚かないでくださいね」
「……そんなやべーヤツなの?」
俄然、緊張感が高まる。
心の準備が終わらないうちに、その大扉はゆっくりと開いた。
その先には、ひとりのプレイヤーがいた。
「おぉ、我が主!!」
金色の長髪に、赤色の瞳。
玉座に腰を下ろしていた、見覚えのあるアバターは――
「ようやく、逢えまし――」
「テメェ、なにしてんだ豚ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ぶひぃ! ぶひぃ!!(素振り)」
見間違いようもなく、豚浪士――即ち、ソーニャちゃんだった。