お城に入りたいタオちゃんと付いていきたいミナトくん
「ささっ! さささっ!」
「…………」
「かばー・みー! かばー・みー!」
「…………」
親指と人差し指で、銃の形を作ったタオは、壁に張り付きながら叫ぶ。
「ふぁいあ・いん・ざ・ほぉー!!」
「…………」
「なんですかその目、人のことカワイイと思ってんですか。光栄ですね」
「バカだと思ってんだよ♡」
チャイナドレスを翻した彼女は、じとっとした目で見つめてくる。
その視線は、湿度が高い。たぶん、頭蓋骨内の湿度上昇によって、脳みそがふやけてしまっているのだろう。可哀想に。
「ていうかさ」
ボクは、膝下まで来ている水を見下ろしてつぶやく。
「なんで、ボクたち、こうなってんの?」
謎のチャイナドレスバカことタオに先導されたボクは、いつの間にか、真っ赤な池の只中にいた。血溜まりみたいな池の水面からは、むせ返るようなアルコール臭がする。
ボクらは、今、遺城の周囲を囲む池……いや、堀の中にいる。
遺城が様変わりしていたのは、遠目からでもわかっていたが、その周辺を囲むように水が引かれているのには驚いた。城の周りを回るようにして、空飛ぶ首なし騎士が巡回している。城壁には大砲が備え付けられており、外敵からの襲撃に備え始めているのは一目瞭然だった。
地上から城に入るには、跳ね橋を使うしかない。
が、跳ね橋は城側に収納されており、来客対応する気は一切ないようだった。ともなれば、城中に入るには、堀の中を進んで城壁を上るか、地下の下水道を辿っていく他ないだろう。
現状の行動を省みるに、ボクらは、下水道から城中への侵入を企んでいるらしい。
「……いや、なんで?」
「豚さんに会いに行くからに決まってるじゃないですか」
慣れた手付きで、下水道を封鎖している鉄格子を外したタオは、その隙間に身を滑り込ませる。
「なにがどうなって、ソーニャちゃ――豚浪士は、遺城なんかに滞在中なのよ。あの子は、外見だけならお姫様、内面だけならキモオタ豚野郎だから、入城面接で弾かれる筈なんですけども」
「タネ明かしは、後でも良いじゃないですか。細かいことにこだわる男は、タオちゃん占いで即死と出てますよ」
「暴力に偏りすぎてるでしょ、その占い」
なんで、ボクは、こんな素性もわからない女の子に付いていってるのか――『当然、その矛先は、運営の手先と称される公式Vtuberにも向いてる』――謎のモザイク女からの警告を思い出し、思わず足を止める。
「どうしたんですか、脱糞ですか」
「この場面のこの状況で、唐突に脱糞してたまるか♡ 下水道に相応しい会話を弾ませようとしてんじゃねーぞ♡」
罠だろうか?
今更ながらに、疑いの心が芽生える。
実際、タイミングが良すぎる。突然、話しかけてきた女の子が、ボクの探し人を知っていて案内までしてくれるなんて。幾らなんでも、都合が良すぎるんじゃなかろうか。
「え、なんですか、もしかしてタオちゃんのこと疑ってるんですか。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うじゃないですか。面倒くさいこと考えてないで、ココまで来ちゃったんだから、罠だったとしても受け入れてオールオッケーな方向でいきましょーよ」
いや、罠じゃないわ。このアホは、演技じゃない。信ずるに値するバカだ。真正のやべーヤツの目をしている。
どちらにせよ、他に手がかりなんてないのだ。アホなチャイナ娘に、己の身を任せるのも良いだろう。どうせ、どこ行ってもクソゲーだし。
自分の勘を信じて、タオの後を付いて行くことにした。
「あっ、ストップです」
真っ暗な円筒形のトンネルを進んでいると、急に、タオはボクを止める。
瞬時に、静寂が訪れる。
どこからか、水音が聞こえてくる。この先からだ。どうやら、誰かが、こちらに向かって直進して来ているらしい。
「たぶん、巡回中の首なし騎士ですね」
「マジかよ、下水道まで巡回ルートに入ってるとか、哀れにも程があるでしょ。
どうすんの? 一回、戻る?」
「いえ、普通に脇を通ります」
「えっ」
ボクは、右に左に首を振って、周囲を確認する。
どこからどう視ても、人がふたりいれば、満杯状態に至る程度の横幅しかない。アメリカンサイズのファットマンであれば、たったひとりで、フルカバー出来るくらいの狭さだ。
どう考えても、見つからずに、脇を通り抜けられる気がしない。
「無理でしょ……?」
ボクの懸念を他所に、明かり代わりの人魂を引き連れた騎士がやって来る。緩慢な速度だったが、水面を滑るようにして、馬を走らせてくる。
「いや、ちょっ、コレは無――」
隠れる間もなく、青白い光明が、ボクらの姿を浮かび上がらせた。
ボクは、咄嗟に、長剣を引き抜いて――
「いや、待てコラ」
頭がトンネルの天井を通り抜けて、なにも視えていない首なし騎士が、丸見えのボクらをスルーして通り過ぎるのを目視した。
「ふぅ……危ないところでしたね」
額の汗を拭う動作をしたタオに、ボクは微笑みかける。
「いや、ココまで、危なげない接触は初めてだわ♡ 調子にノッて馬に跨っちゃってるせいか、サイズミスで、頭が天井をすり抜けちゃってるじゃねーか♡ なにも視えてないのに、巡回を称するとか片腹痛いわ♡
てか、頭が着脱可能なら脇に抱えろや♡」
「でも、脇に頭を抱えたら、重くて腕が疲れちゃうじゃないですか……」
「テメー、なに『少しは、人のことを気遣いましょうよ』みてーな顔してんだ♡ 視界範囲に入らなければ、絶対に見つからないクソ系のステルスゲームだろコレ♡」
「ちなみに、頭が壁の中なので声を出しても気づかれません」
「巡回、やめちまえ♡」
こうして、ボクたちは、地下の下水道から城の内部へと侵入を果たし――
「でも、城の内部だと、足音ひとつ立てるだけで超反応するんですよね」
「…………」
「あ、ミナト・チャンって牢屋初入り勢ですか? タオちゃんは、コレで、13回目なので何でも聞いてください。
やっべ、気楽にこんな優しい言葉かけたら、タオちゃんに惚れちゃいますかね。こまるわ~」
「…………」
普通に捕まった。
新作短編『メスガキサキュバス、うつ病社畜にわからせられる』を投稿しました。
作者ページの方にありますので、お暇があれば、ご一読頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。