タオちゃん無双
魔女、ゾンビ、フランケンシュタイン、キョンシー、から傘お化け……城街領域は、ハロウィンパーティー会場と化していた。
プレイヤーたちには、危機感というものがないのか、どいつもこいつも笑顔でおしゃべりに興じている。シャンパングラス片手に、金色の液体を口に運んで、顔を赤くしながら怠惰を貪っている。
なんとなく、ボクは、この街が作られた目的を理解してくる。
――閉鎖状況における権威者への隷属反応
楽園の誘致。快楽の享受。堕落の感覚。
要は骨抜きにされているのだ。
安全地帯で、酒に溺れさせて、脳を痺れさせる。閉ざされた世界で、徐々に、戦力を削られている。わざわざ、辛い現実に戻らなくても、この楽しい世界で遊んでいれば良い。
――この数日で、運営への憎悪は上がり続けてる
その逆もあるだろうな――笑い声を上げながら、よろめいている魔女の集団を避けて、ボクは思った。
いずれ、運営に隷属する人間も出てくる。いや、たぶん、もう出てきている。ボクや団長のように、運営と敵対する人間もいれば、そのうち、この状況に慣れてこの世界を受け入れる連中も生まれる。
――今直ぐ、あの子のことは忘れて、現実世界に帰りなさい
言われんでも帰るわ。
――あなたの誕生日は3日後なので、ちゃんと空けておいてください
ボクの誕生日は3日後だからな。カワイイ幼馴染も待ってるし。こんなところで、面倒事に巻き込まれてる暇はない。
――ごめんね、巻き込んで……
考えるな。あの子は、もう救えない。
――誰かの笑顔のために生きて
今更、もう遅いんだ。
考え事をしていたボクは、ふと、顔を上げる。
「…………」
じっと、こちらを視ている少女がいた。
見事なまでのジト目。緑色の髪の毛をお団子にしている。袖余りのチャイナドレスを着ていて、スリットから褐色の肌が覗いていた。胸の中心には御札が貼られていて、札には『再起動中』と書かれている。
ボクの感覚が反応する。
あ、コイツ、やべーヤツだ。
回れ右した途端、ジト目の少女は、ボクの前に回り込んでいた。
「ミナト・チャンですね」
「……いや、ボク、日本人なので。知らないです。知ってるチャンは、半荘くらいのもんです」
「空気にキスしたことありますか?」
ボクの中の警報が、ウーウー鳴り始める。
「タオちゃんはありますよ。空気にキスすることをエア・キスと言います。なぜ、タオちゃんがそんなことをしてるかわかりますか」
「空気中に彼氏が分離しちゃったから」
「しょーらい、出会う筈の王子様のために練習してるからです」
目を細めたチャイナドレスっ娘は、ぴたっと、ボクにくっついてくる。
「見つけました、王子様……」
「やめて♡ マジでやめて♡ 空気中に分離した彼氏かき集めるの手伝うからやめて♡ ボクは、テメーみたいに、脈絡もなく愛をささやき出すタイプの女は嫌いなんだよ♡」
「まぁ、小粋な冗句ですが」
袖で口元を隠した彼女は、真顔で「くすくす」と言う。
「なんですか、もしかして、本気にしちゃいましたか。どうやら、また、このタオちゃん、小悪魔フェイスで籠絡しちゃったみたいですね。カワイイって罪ですね。重罪ですね。無期懲役からの死罪ですね。
タオちゃんの罪は、ミナト・チャンが償っといてください」
無言で、歩き出したボクの手を両手で握って、思い切り体重をかけてくる。両足の踵でブレーキをかけたクソ女を引きずりながら、5メートル程歩いて諦めた。
「お待ちになりなさい。タオちゃんの可愛さに免じて、お待ちになりなさい」
「なんすか……?」
「ミナト・チャンは、豚さんを探していますね?」
「いや、探してねぇ――」
ボクは、口を止めてから、彼女を見つめる。
「もしかして、豚浪士のこと言ってる?」
こくりと、タオちゃんは頷く。
「タオちゃんは、豚さんから伝言を預かっています。言うなれば、伝令兵。さすらば、伝言ゲーム。
タオちゃん、伝言ゲームは、小学生以来のフシがあります。ミナト・チャンは、友達いなそうなので、生涯一度の経験もなさそうなフシがあります」
「そんなフシねーよ♡ 生まれてこの方、このミナトちゃん、人気爆発大爆発、ハリウッド映画ばりの爆発率を持っとるわい♡
で、豚浪士はどこにいんの? 無事?」
「ふぁあ……タオちゃん、なんだか、おねむになってきました。あいむ・すりーぴんぐ。どちゃくそねむいです」
「ふぁあ♡ あいむ・あんぐりー♡ 永眠させてやりたいです♡」
袖からちっちゃな手を出したタオちゃんは、なにかを強請るように、上下に腕を揺らした。
「オーケー、シェイクハンド♡」
ボクは、その手を握る。
「いや、意味がわからないこと風の如し。なんで、急に手を握ったんですか。不覚にも、このタオちゃん、ちょっとドキッとしちゃいました。
はっ。もしかして、タオちゃん、チョロイン属性まで持ってますか。まじ、やべー、属性てんこ盛り山の如しで、最強じゃないですか。ヒロインレース独走状態で、敵いねーわ。
どう思いますか、この史上類を視ない可愛さ、ミナト・チャン?」
「死ねと思います♡」
「見解の不一致、火の如し」
無表情であくびをしたタオちゃんは、歩き出してから振り返る。
「タオちゃんの優しさ、林の如しと昔の人は言いました。戦国時代、武田家の林さんは、めちゃんこ優しかったという意味です。めいびー。
ということで、かむのひあ、付いてきてください。報酬は後払いのリボ払いで結構と言って、ミナト・チャンを借金地獄に陥らせる算段です」
「口から算段と人間性が漏れ出てんぞ、大丈夫か♡」
タオちゃんは、店と店の間、暗い裏通りへと入っていく。
ボクは、悩んでから――彼女の後を追った。