貧しさに貴賤はなし
城街領域は、様変わりしていた。
領域付近の門前に立つと、おどろおどろしい音楽が流れ始める。辺りが薄暗くなって、パンプキンヘッドをかぶった霊体が、ボクの前を通り過ぎる。通りを照らしている蝋燭台から、不気味な笑い声が聞こえてきた。
「なんじゃこりゃ」
「よぉおこそぉ……恐怖の城街領域へぇ……!!」
死んだ馬に跨ったデュラハンが、己の頭を片手に話しかけてくる。
「この地は、我らが『霊王』が支配しているぅ……そのため、生きている人間は立ち入ることは出来ぬぅ……立ち去れぇい……!」
街の通りをゾンビや骸骨、魔女のコスプレをしたプレイヤーたちが歩いている。その様子を視て、ボクは、この領域のコンセプトを理解した。
周囲を見回すと、簡易的な更衣室が目に入った。
「うらめし、やっ!」
更衣室に近寄ると、額に札を貼って、暖帽と補褂を身に着けた少女が手を挙げる。袖の長い補褂のせいで、手先はすっぽりと隠れていて、ミニスカートからは青白いふとももが覗いていた。
「城街領域へようこそアル! 我、キョンシーの明明ネ! 城街領域で、いっちばん、カワイイ妖怪! 日本のヲタクは、ミニスカート履いて『アルアル』言ってれば、イチコロだからよゆーアル!」
「大体、合ってるのが悲しい♡」
「更衣室を使うなら、100ルクス。明明とのツーショットチェキは500ルクス、オムライスにハートマークは1200ルクス、テーブルごとのチャージ料金は別途お支払いだから忘れんなアル」
ボクは、己の所持金を確認する。
温泉黄金郷で、先輩にスクール水着と浮き輪を買い与えたせいで無一文だった。思えば、このゲームをプレイしてから、まともに金稼ぎのために戦ったことがない。
「ボクの膝枕に耳かきで、100000ルクスでどうよ♡」
「ありゃー!
文無しのクソガキは失せろアル」
唾を吐いて、猫目の明明は立ち去っていく。次なるターゲットを見つけて、猫なで声ですり寄っていた。
ボクは、通りがかりの男性に声をかける。
「城街領域へようこそアル♡ 我、公式Vtuberのミナトね♡ 城街領域で、いっちばん、凶暴なVtuber♡
有り金置いてけ……お前も、命は惜しいだろ……あ……?」
長剣を男の胸元に当てて、微笑むと、背後から頭をぶん殴られる。
「明明のパクリで、強盗を働くなんて正気じゃないネ!! 人の商売の邪魔すんなアル!!」
不躾にも、ボクの頭を殴ってきたキョンシーに舌打ちをする。
「は? なに言ってんの? ボクがオリジナルだが?」
「こ、コイツ……」
ため息を吐いて、明明は袖を振り回す。
「もーっ、仕方ないネ! 好きに、更衣室は使ってヨロシ! 日本流に言えば、ツケってやつネ! 出世払いしてよね、シャチョさん」
「うるせーっ♡ 黙って、無料貸出しサービスしろや♡ ツケなんて、大それたもので、自由人のボクを縛るな♡ ココで、商売したけりゃ、ボクを通せや♡」
「いずれ、オマエ、殺すネ」
殺害予告を受けたボクは、優しさに甘えて更衣室に入る。丁度、様々な衣装を試している女性プレイヤーがいて、購入済みの衣装が壁にかかっていた。
「服が……落ちてる……!?」
ボクは、その服を頂戴してから身に着ける。
当然、ファイナルエンドという修羅の世界に、所有権なんてものはない。強者が弱者から全てを奪うのは基本、命を残してあげるだけで善人扱いされる。
頭をすっぽりと覆う三角帽、黒と紫のバニエ、胸元を覆うリボンのボートネック、網タイツに黒ローファー……魔女に仮装したボクが、更衣室の外に出ると、明明は目を丸くする。
「ありゃー! その服、胸のサイズ、合ってないネー!!」
「違う♡ ボクの胸に、服が付いてこれないだけだ♡」
「ありゃー! この人、胸だけじゃなくて言葉まで貧しいネ!」
後ろ回し蹴りで、明明の尻を蹴飛ばしてから、門番の元へと向かう。
「ぉおう……見事な死人面……! まさしく、貴公は死んでいる……! 見た目だけではなく、社会的にも死んでいる……!」
「いちいち、このゲームのNPCは、プレイヤーを煽らないと気が済まねーのか♡」
「城街領域への滞在を許可するぅ……!」
ぴろん、と、音が鳴って領域への侵入が許可される。
ボクは、領域の中へと入ろうとして――
「待てい!!」
デュラハンに呼び止められる。
足を止めて、ボクは、静かに長剣の柄に手をやった。
「……なに?」
「貴公……」
ボクは、ゆっくりと、長剣を抜いて――
「その服、胸のサイズが合ってないぞ……?」
「無限の可能性を秘めてんだよ♡」
通り過ぎ様に、他プレイヤーからリボンを奪って、胸元をラッピングする。
ボクは、胸を張って、城街領域へと入った。