雨の降る日に、傘を重ねて
穴が空いている。
――都市国家の三つの領域は、砲弾雨が降って破壊し尽くされたから、ぐるっと回ってくるのは無理じゃねーの?
視聴者の言っていた通りだった。
天地氷結界を抜けて、ボクが辿り着いたのは、黒色の穴が空いた空間だった。
背景が、端から剥がれている。
黒色に染まったNPCの全身に、緑色のさざなみが立っていた。意味不明なコードの羅列が、肌の上を走っている。笑顔のままで、停止しているNPCの葬列が、次の門にまで続いていた。
蒼森峠、三畳聖域、海底囚獄……三つの都市領域は、ものの見事に壊れていて、修復不可能であることが伺える。
空からは、砲弾が降ってきていた。
それは、純白の砲弾だった。
鳥類の翼を思わせる白色の人工翼を畳んだ砲弾は、弧を描きながら飛んでくる。
着弾。
空間の只中で、白色の光が炸裂する。瞬間、周囲にビット粒子が散らばって、空間に黒色の穴が開いた。
用途不明の白色のビルの頂上で、ボクは微笑を浮かべる。
「すげー嫌な予感がする♡」
恐らく、コレは、ただの破壊活動ではない。
なにかしらの意味が備わっている気がしてならない。このまま、この砲弾を放置していたら、取り返しがつかないことになる気がする。
地面には、大量の白砲弾が落ちていた。どうやら、破裂する砲弾と破裂しない砲弾があるらしい。
うず高く積もっている砲弾は、白色の山となって沈黙していた。
「さて、どうしたも――」
黄色の傘。
砲弾が降り注ぐ只中で、黄色の傘が開いていた。
蒼色の髪、まるで海を思わせるかのような。
黄色と青色のコントラスト、白色の海原の真ん中で、ボクの顔をした彼女はぽつんと立ち尽くしていた。
思わず、立ち上がる。
「湊くん」
彼女は、ボクに緑色の傘を差し伸べる。
「一緒に散歩しない?」
安全地帯のビルを下りたボクは、彼女へと駆け寄った。
瓜二つ。
ボクと同じ顔をした彼女は、微笑を浮かべて立ち尽くしている。
「なんで」
ボクは、感情をそのまま口にする。
「なんで……ココにいるの……?」
「この領域は、書き換えの真っ最中で、まだお姉ちゃん側に管理権限がないの。でも、いずれは、お姉ちゃんの手に落ちる。大体、85%は掌握されちゃった。もう、どうしようもない」
「そういう意味じゃない。なんで、キミが存在してるの。運営の目的はなに。キミとの関係性は。そして、ボクとの関係性は」
「傘を差して」
彼女は、ボクに緑色の傘を手渡す。
「雨が降ってるから」
「…………」
ボクは、緑色の傘を差し――ものの見事に、折れていた傘の骨が、緑の布皮を突き破って露出する。
「あはは! 引っかかったー! 湊くん、だっさーい!」
勢い良く吹き出し、彼女は大笑いする。
「あのね……」
「なんで、『♡』付けないの? いつも、配信では付けてるのに」
「本人の前で出来るわけねーでしょ」
僕がため息を吐いた瞬間、傘は修復されて、骨は元通りになる。黄色の傘を差した彼女は、楽しそうに微笑んだ。
僕は、彼女と並んで、白色の砲弾が降る世界を歩く。
砲弾から降り注ぐ白色の羽が、宙空を舞い飛んでいる。青色の空には、巨大な黒色の穴が空いていて、僕らを呑み込むために口を開けているみたいだった。
隣を歩く少女は、鼻歌を交えながらスキップする。
「こうして、ふたりで歩くのも久しぶりだね」
「そーね」
ぴょんっと跳んだ彼女は、着地してから頬を膨らませる。
「なんか、湊くん、冷たくない? 冷気を感じます。大変に遺憾です。謝罪とやり直しを要求します」
「僕、氷河期の生まれだから。太古の昔より氷属性ね」
「うわ、なにこのザウルス系男子……女の子を煙に巻く方法ばっかり、進化しちゃってる……なんか、がっかり……しかも、女装してる……」
「女装じゃねーわ。このゲームの中では、僕は、身も心も女の子だわ。ガッツリ、真顔で女子トイレに侵入出来るわ」
「…………」
「本気で引くな」
けらけらと笑いながら、彼女は、くるりと傘を回した。黄色の傘から、視えない水しぶきが上がって、僕の両目に映り込む。
「ね、湊くん」
後ろ歩きする彼女を、僕は見つめる。
「こうして、もう一度、ふたりでおしゃべり出来たの嬉しいよ」
「そ」
「でも、ゲームだけどね」
彼女は、遠い空を見上げる。その先の太陽の眩しさに、目を細めた。
「この空の青さも、太陽の明るさも、湊くんとおしゃべり出来る楽しさも。
ぜんぶ、架空のナニカで、湊くんにとってはなにも残らない。所詮、虚無の一部にしか過ぎないんだよね」
僕は、彼女に歩み寄って――思い切り、頭を叩いた。
「いっだー!! なに、急に!? DVによる亭主関白宣言!?」
「ゲームを舐めるな」
僕は、彼女に告げる。
「ゲームをやっても無駄だとか、なにも残らないとか言うけどさ。なにも残らないわけがないんだよ。時間と価値に形はないんだ。それを否定しちゃうとさ、僕らの生きる意味がなくなるだろ」
――湊は、ゲームが好きなのね
「現実だろうとゲームだろうと、楽しければ、等しく僕の糧で……僕のかけがえないのない時間だ」
「……そうだね」
彼女は、微笑して――黄色の傘を、僕の緑色の傘に載せた。
「湊くん」
そして、彼女は言った。
「湊くんだけなら、このゲームからログアウト出来るって言ったら……どうする?」
僕は、ゆっくりと、目を見開いた。