リアルタイム・コメント・ダンジョンマッピング
ボクは、ゆっくりと、雌豚にキスをする。
「…………」
『ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 俺らのブタちゃんが寝取られたぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
『動 物 虐 待』
『お前ら、喜べよ、百合だぞ』
『デスゲーム中に、人間とブタの百合を観賞する人生になるとは思わなかった』
ボクのキスを受け止めた雌豚は、ぽこんと音を立てて分裂する。
――それに、キスしてあげると増殖する
雑なヒロイン要素によって、ミニブタは二匹に増えていた。ボクは、ブタの身体に貼り付けておいたカメラが増殖したのを確認してほくそ笑む。
「やっぱりな♡ 雌豚の増殖判定は、装着物にまで及ぶ♡ 脱着可能なリボンなんか着けてるから、怪しいとは思ってたんだよ♡」
ボクは、ミニブタたちからリボンをむしり取って自分の髪の毛に付けた。
カメラを片手で引き寄せて、視聴者に投げキッスをプレゼントする。
「公式Vtuberが、同時にカメラを呼び出せるのは6個まで。非公式Vtuberについては1個まで。
ちなみに、非公式Vtuberを名乗るのに必要なのはカメラのみ♡ 登録やら名乗りやら、七面倒なことは一切なし♡ カメラを所持していることさえ確認出来れば、その途端に配信は可能になる♡」
ボクは、雌豚たちの装備欄を呼び出す。
装備
左:豚左後足
右:豚右後足
胴:豚皮
腕:豚左右前足
足:豚足
アクセサリー:カメラ
雌豚は雌豚でも、この豚たちは飽くまでもヒロイン。プレイヤー枠として扱われることに、ボクは気づいていた。
つまるところ、コイツらは、豚浪士の分身みたいなものである。
「現在のボクは、無限の雌豚Vtuberを生み出せる♡」
ボクは、ブタを抱えては、息を吹き込むようにキスをする。
「名付けて、彼女らは『豚浪士組』♡ 御用改めである♡」
『コラーゲンが多すぎる』
『勤皇派の臭いを嗅ぎ当てそう』
『彼女たち、新鮮で良いね! 肉が!』
『壬生浪士組が新“選”組になったように、豚浪士組は新“鮮”組になるんだなぁ……』
あっという間に、ボクの足下は雌豚だらけになった。
背中にカメラを着けた彼女らは、非公式Vtuberとしての配信権を持っている。ボクが手動でカメラを点けて、配信を開始すると『新鮮組 筆頭局長 芹沢豚』の名前で配信画面が立ち上がる。
『かたじけない』
『芹沢殿、助太刀いたす』
『豚道無念流 免許皆伝、さぞや名のある豚とお見受けする』
あっという間に、視聴者が集まり始める。
続いて、『新鮮組 局長 近藤勇豚』、『新選組 副長 土方歳三元豚』、『新選組 一番隊組長 豚田総司』……主要メンバーが集って、鼻を動かした。
48の義士が集いて、ボクの前に48の画面が並んだ。
「皆の衆!!」
ボクは、豚の局長を運びながら声を張り上げる。
「尊王攘夷派 (神ゲーしか遊ばず、クソゲーを弾圧する者たち)を許してはならぬ!! 我ら、新鮮組!! クソゲ藩お預かりの身!! よもや、神ゲ藩、良ゲ藩のク道に背く振る舞いは見過ごせん!!
粛清の時じゃ!!」
新鮮組の設置を終えたボクは、想像以上に重かったミニブタの負荷で震える手を挙げる。自分の360°方向に配信画面を並べて、コメント欄の表示範囲を調節してから、腰の長剣を引き抜いた。
「新鮮組!!」
同時に、迷宮の変形が始まる。
「抜――刀ッ!!」
ボクは、走り始める。
瞬間、脳内でカウントダウンを始めた。
ぐるぐると、ボクの周囲を48個の配信画面が回り始める。各々の配信画面からコメントが吐き出されて、GOの文字列とSTOPの文字列で画面が埋め尽くされる。
GOが書かれていれば、その箇所には壁がないので進める。逆に、STOPが書かれていれば、その箇所には壁が出現していて進めないということだ。
「クソゲーは粛清じゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
疾走しながら、3、2、1……迷宮の変形!!
ボクは、目の前で閉まっていく壁へとスライディングし、ギリギリのところで身を滑り込ませる。回転する48個の画面を視ながら、脳内マッピングを行っていき、縦 (数字)6✕横 (アルファベット)6のマス目に分けて、視聴者と共有している地図を口ずさみながら駆け続ける。
「A3 GO!! B3 GO!! ココ曲がったら、B4はGO!?」
『GO!! GOGOGO!!』
『行ける!! GO!!』
盤面を脳内で組み立てる。
走る、走る、走る!!
迷宮の変形は、120秒ごとに行われる。迷宮変形のパターン数は、リアルタイムで把握しながら、最終地点であるE6の壁が開かれるタイミングを見極める。
『E6開いた!! パターン数5だ!! 次に開くのは480秒後!!』
「でかした♡ いずれ、貴様は、新鮮組隊士として粛清してやる♡」
唐突。
目の前に、でかでかと赤文字が表示される。
『迷宮縮小が始まりました。445秒以内に脱出してください』
「おいてめ♡ ふざけんな♡ リアルタイムで、脱出手段を見つけたプレイヤーへの対策をするな♡ コレが、オンラインゲームの醍醐味、リアルタイムパッチちゃんですか♡ クソゲーはクソパッチしか出せないんですね♡
運営、死ね(真顔)」
壁が狭まり出して、徐々に迷宮自体が小さくなり始める。選べる経路の数が減少していき、48個の画面が、次々と『LOST』の文字で埋まっていく。
『新鮮組 筆頭局長 芹沢豚殿!! 壁面にて暗殺!!』
『新選組 一番隊組長 豚田総司殿!! お討ち死に!!』
「おい、まじかよ♡ 豚田総司は労咳で病死の筈だろ♡ クソゲのせいで、歴史が変わる♡ ピッグパラドックスだ♡」
どんどん、新鮮組が討ち死にしていく。コメント欄が阿鼻叫喚地獄に陥っており、同士を亡くした隊士たちの慟哭が聞こえてくる。
『うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 勇豚殿ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
『あと、270秒!!』
『やべーぞ、ミナト殿!! 経路が絞られたせいで、道を間違えた途端に、行き止まりでお討ち死にだ!!』
「うるせー、騒ぐな♡」
ボクは、笑う。
「クソゲーと云ふは、死ぬことと見つけたり」
最短経路を選ぶ。
狭まっていく通路の只中を駆け抜けるボクは、そのまま両足を滑らせながら曲がり角へと到達する。壁に長剣の腹を押し付けながら、火花を散らし、勢いそのままにカーブしてから閉じゆく壁の隙間に滑り込む。
『あと、120秒!!』
『ミナト殿、次、曲がれ!! 一旦、迂回しろ!!』
「その儀、お断り致す♡」
ボクは、敢えて、安全経路を捨てて真っ直ぐに進む。
『正気じゃねぇ!?』
『バカ!! お前、マジで、都市領域でも死ぬぞ!?』
『あと、60秒!!』
床からせり出してきた壁は、既にボクの身長を超える高さへと伸びつつあった。両足で滑走するボクは、タイミング良く跳躍し、壁を蹴り上げる。三角跳びの要領で壁の頂点に到達し、身体を捻りながら通路の先へと着地する。
『うそぉん!?』
『身体能力、バケモノだろ!?』
「拙者、百姓の出なれど、武士の魂をもつ故に♡」
『あと、20秒!! 走れッ!!』
直線。
ボクは、眼前に展開していた画面を掻き分けて、周辺に散らした。
目の前の視界が開けて――踏み込む。
「退け、クソゲーがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 切り捨て御免は、新鮮組の特権じゃぁあああああああああああああああああああああああああ!!」
一気に、加速する。
全身が風を浴びて、衣服の裾が、ぶわっと開いた。
LEDライトの点滅、突然に、音楽が流れ始める。聞き覚えのある四拍子、氷の壁の中にいるプレイヤーは投げキッスのポーズを取っていた。
指示に従ったら、間に合わない。
E6の壁が閉じていき、咄嗟の判断で、ボクはその指示をガン無視する。副長の土方歳三元豚が、物珍しそうにボクを見つめていた。
メイスを構えた案内人が、横の壁から身をせり出してきて――
「己が身を刀とするとは、まさに武士の鏡♡」
ボクは、その顔面に土方歳三元豚をぶち込む。
「おげぇあ!?」
「副長殿、さらばです♡」
跳んだボクは、身を反らした案内人の顔面を踏みつけて、最後の加速を図り――頭から、ゴールへと飛び込んだ。
コンマ秒の後、壁が完全に閉まる。
ゴール地点にいた案内人は、ぽかんと大口を開けて、ボクのことを見つめていて――
「某、クソ都守護職クソゲ藩お預かり新鮮組、公式Vtuberの――」
ボクは、彼女に投げキッスをする。
「ミナトで~す♡ とっとと、門開けろ、ごらぁ♡」
案内人は、震えながら、次の領域へと続く門を開いた。