今年も、ビギ狩りの季節がやってきました
領域、『ほのぼの丘』――本来であれば、和気あいあいと、初心者たちが戯れる場所。
だが、今日、そこには、数多の狩人が集まっていた。
床に敷かれたピクニックシートには、重箱の弁当、ジュースと酒瓶が置かれている。特大の浮遊型スピーカーからは、大音量の音楽が垂れ流されて、リクエスト順に並んだプレイリストが表示されている。
専用の動作を導入して、流行りのボカロ曲にノッて踊っている者、マイクを片手に配信を行っているVtuberもいた。
宙空に浮かぶ点数板(大)には、順位が表示されている。誰かが初心者を仕留める度に、花火が打ち上がって、デカデカと『100』と得点を青空に映し出した。
「は~い、みなさん、Hello World! また、楽しいビギ狩の時間がやって来ましたね! ファイナル・エンド公式Vtuberの御心・ファッキン・妖華で~す! 今日も今日とて、楽しく、ビギ狩イベントの紹介をしちゃうぞい!
れっつ・ら・ごー!」
Vtuber……VR MMO内で動画配信を行う配信者のことである。
インタラプトVRの生配信は、どんなゲームであろうとも人気があるが、今の流行りは『クソゲー』だった。
特に、大人気なのは、この『ファイナル・エンド』である。
自分では絶対にプレイしたくない狂気の世界で、正気とは思えないプレイヤーたちが、屍を積み重ねていく姿が面白くないわけがない。
人の不幸は蜜の味、ローマ人の休日、クソゲー・愉悦現象……運営がとち狂って、ビギ狩を推奨しているのも、Vtuberによる配信で得られる収入がゲーム運営で得られる収入よりも数十倍は高いからであった。
「みんな、楽しそうですねぇ~! 無抵抗な人間の頭を撃ち抜くのが、こんなにも楽しめるなんて、社会不適合者の証ぃ~! 全員、通院希望で~す!
では、早速、インタビューしてみましょう! こんにちは~!」
人気イラストレーターの手で描かれた絵を、精密に3Dモデル化した御心・ファッキン・妖華は人気者である。
彼女のチャンネル登録者数は、120万人。
背後には、ちょっと黒い噂があったりもするが、大きな炎上することなく成長してきた。最近になって、人気エリアに豪邸を建てる企画を立ち上げており、視聴者からの反応も好評で人気も鰻登りだった。
「こんにちは~!」
特徴的なピンク色の髪とツインテールをもつ彼女に話しかけられた二刀流の剣士は、嬉しそうに声を上げた。
「ビギ狩、おつかれさまで~す! こんなことして、人として、恥ずかしくないんですか~!」
「恥ずかしくはありません。太宰治だって、恥の多い生涯を送ってますからね」
「その引用してる作品の題名、『人間失格』だって知ってましたぁ~?」
二刀流の剣士は、召喚獣の前でダブルピースする。
「すごい人ですよね~! コレって、何人くらいいるんですかぁ~!」
「数えるんで、ちょっと待っ――」
「は~い、ありがとうございました~!」
二刀流の剣士から離れて、妖華は次の獲物を捕まえる。
厳しい面をした金髪と赤い瞳をもつ幼女……背に魔法陣の描かれたローブを着込んでいる彼女は、妖華に話しかけられると眉をひそめる。
「なんだね、君? 私は、主を待っているんだが」
「もしかして、その主様は初心者ですかぁ? コレだけたくさんの人から狙われてたら心配ですよねぇ~?」
ピクニックシートにうつ伏せになって、横向きに弓を構えている狩人たちの群れ……全員が、PvPエリアの端から、遠距離攻撃で獲物を狙う玄人たちである。
「別に。アレは、特殊個体だからね。むしろ、心配なのは、彼女に楯突いている彼らの方だよ。
わざわざ、このために長弓の射手に転職してきて、倉庫に仕舞われていた遠距離武器を持ち出してくるのは健気だが……恐らく、クソゲーの適正は、彼女の方がよほど上だ」
「話しかけられて、嫌そうな顔してたのに語りますねぇ~!」
金髪の幼女は、召喚獣の前でダブルピースする。
「ではでは、主様との待ち合わせが成功することを祈ってま~す! ありがとうございました~!」
御心・ファッキン・妖華は、召喚獣の前に向き直って締めの言葉を紡ぎ始める。
「では、みんな、今日もたくさんのコメントにスパチャもありがと~!
また、ファイナル・エンドの面白おかしい日常を、配信していこうと思うのでよろし――」
「おい! なんだアレッ!?」
「え?」
どよめき。
単眼鏡で、1km先にあるふわふわ海辺を覗いていたプレイヤーが、最初に驚きの声を上げる。
「え? なになに? なんか、楽しそうなこと起きちゃいましたよ! みんな、コレ、行った方がいいよね!?」
周囲に浮かぶコメントに急かされて、御心・ファッキン・妖華と召喚獣はソレを視た。
「うっ……そ……!」
そして、彼女は。
後にファイナル・エンド史に刻まれる『初心者戦争』、唯一の生還者として、歴史を目の当たりにすることになる。