氷塊迷路《アイスラビリンス》は、いちご味
ボクの目の前には、氷で出来た迷路が広がっていた。
圧迫感すら覚える氷漬けの天井と床に壁……その中には、驚愕で顔を固めたプレイヤーたちが閉じ込められている。あたかも、メデューサに見つめられて、石にされてしまったかのように。
眼前に広がるは、氷塊迷路、異様な寒気の只中へとボクは誘われる。
「おっしゃ、今だコン!!」
「悪霊封印!! だ、ポン!!」
「てめ、こら♡ 自我を取り戻すな♡」
勢い良く、大門が閉められて、狐と狸の笑い声が聞こえてくる。
どうやら、ボクは、まんまと閉じ込められてしまったらしい。押しても引いても、門が開く様子はない。
「ようこそ、天地氷結界へ!」
寒さに震えていると、上から人影が降ってくる。
白色のモコモコとした防寒着を着込んだNPC……イヤーマフを着けて、鼻を真っ赤にしている幼女が、しゅたっ、と手を挙げる。
「こんちは!!」
「血を見る前に、門を開けろ♡」
長剣の煌めきを見せつけると、どこからともなく、同じ顔のNPCが集まってくる。手には氷漬けのメイスを持っていて、感情の宿っていない目で、こちらを見つめながら小首を傾げていた。
ボクは、笑顔で、長剣を仕舞った。
「こんにちはぁ♡ ボク、ミナト♡ 無抵抗主義のマハトマ・ガンディーとは、同じ高校だったの♡ 功徳を積みすぎて、逆に悪人に見えちゃうレベル♡ よろしくね♡」
「うん、よろしく!! なんか、剣、持ってるから!! 悪い人かと思った!!」
「はは、道徳理念を持たぬ獣めが♡ 節穴目も大概にしておけよ♡ どこからどう視ても、社会通念上、聖人にランク付けされる淑女であろうが♡」
幼女たちは、去って行って、最初のひとりだけが残る。
「ぼく、案内人! 天地氷結界を訪れた迷い人たちに、この領域のことを教えてあげてるんだ!」
「That’s a 余計なお世話♡
で、この悪趣味な氷の迷路はなに? 人々が苦渋の形相で氷漬けにされてて、大変に愉快じゃねーの」
くしゅくしゅ、鼻を啜りながら、案内人は答える。
「プレイヤーの皆が作ったの」
「プレイヤーが……?」
「うん、『8章32節』って言うギルドの人たちが、天地氷結界を丸ごと迷路にしちゃったの」
うん、やべーヤツらの香りがする♡
「なにそれ? そいつらの目的は?」
「よくわかんないけど、『クソゲーを、もっとクソゲーにしたい』って言ってたよ」
「オーケー、ボクは、そいつらと関わり合いになりたくない♡
なんか、そいつら特有の印かなんかあったりしない? ギルドマーク的な」
案内人は、動物の骨で作ったらしいナイフで、氷の床に模様を描いていく。三角形の中に目玉。簡単な印だった。
「オーケー、たすかる♡ 昔の罪人には、入れ墨を入れてたらしいね♡ ボクは前々から、やべーヤツの顔には『やべーヤツ』と書くようにと日本政府に投書を送ってる♡」
「なら、なんで、お兄ちゃんの顔には『やべーヤツ』って書いてないの?」
「おいおい、その刃は胸の内に隠しておけよ♡ 早死にするぞ♡」
ボクは、案内人から、まっさらな羊皮紙を手渡される。羽ペンとインクのおまけ付きである。
サインを書いて送り返すと、目の前で真っ二つに破られる。再度、まっさらな羊皮紙を渡された。
「いや、なにこれ?」
「ウィ○ードリィって知ってる?」
急に固有名詞を出される。版権対策なのか、セリフにピー音が入っていた。
クソゲーの癖に、なにを恐れることがあるんだ。ミッキー○ウスを登場させて、ディ○ニーファンのエレクトリカル・○レードで滅ぼされれば良いのに。
「偉大なるダンジョンRPGでしょ。古いゲームだし、今の時代、プレイしたことのある人の方が少ないんじゃない。
ボクは、一応、やったことあるよ。ゲーマーだからね」
幼女の案内人は、賢しげに指を振る。
「昔のダンジョンRPGって、オートマッピングなんてなかったでしょ? ダンジョンの地図が、ゲーム内のデータとして記録されるシステムはなかったし。方眼紙に定規と鉛筆で線を引いて、アナログの地図を書いたりしたじゃない?」
「こらこら、急に幼女に似つかわしくない昔語りを始めるな♡ せめて、頭言葉に『むかしむかし』をつけろ♡」
軽口を叩きつつも、ボクは、嫌な予感に寒気を覚える。
「お兄ちゃんには、これから、天地氷結界と言う名の迷路を自力で踏破して欲しいの!
ゴールに辿り着ければ、次の領域に行けるけど……辿り着けなかったらわかるよね?」
意味ありげに、案内人は、天井、床、壁に閉じ込められているプレイヤーたちを見つめる。
どうやら、この氷結人間たちは、全員が全員『8章32節』とか言うギルドの作った迷路の犠牲者らしい。
「この天地氷結界は、独自の法則をもった固有領域! 99.9%のプレイヤーの方々からは『肥溜め』とご好評を頂いています!」
「お前の目には、『肥溜め』は好意的な評価に映るのか♡ レーシック手術か、コンタクトレンズをオススメいたしますわ♡」
「どうする、プレイする?
ちなみに、もう、温泉黄金郷に引き返せないからね」
「有無を言わさぬ一択なのに、疑問形を使うのはやめろ、このクソゲーが♡」
ボクは、羊皮紙を握り締め――覚悟を決める。
「いいぜ、やってやる♡ こんな、ちゃっちいコンビニアイスみてーな氷迷路は、ボクが直々にかき氷にしたるわ♡ 好きなシロップは、もちろん『いちご』♡」
「は~い、一名様、ごあんな~い!」
案内人は、笑顔で声を張り上げて――
「じゃあ、まずは、ヒロインを選んでね!」
「えっ」
なんか、急に、ギャルゲーが始まった。