ボクはね、お使いクエストを頼んでくるNPCを○せる人間になりたかったんだ……
係員に逃げられたボクは、城街領域への移動を諦めた。
都市国家における城街領域は、中心街としての役割が大きい。ファイナル・エンドがデスゲーム化した現状、情報が集中しやすいのは、安全地帯でもある城街領域だとも言える。
なので、人探しには最も適している場所だろう。
――み、ミナトちゃん!? ろ、ログアウトボタン、押せないよ!? な、なにこの曲!? い、痛っ!! え、な、なんで、痛いの!? コレって、ゲームで、み、ミナトちゃ
気にかかっているのは、ソーニャちゃんの安否だ。
一騎当千のやべーヤツなので、大丈夫だとは思うのだが、早めに合流して後顧の憂いを無くしておきたい。彼女を安全地帯へと誘導して、先輩と同じように、身柄を確保しておきたいのが本音だ。
「つーわけで、城街領域に移動しておきたいところなんだけど……さて、どうしたものかな……」
ボクは、都市の地図を開く。
都市国家は、六つの都市領域に分かれている。円を描くような形で、六つの都市領域が前後に連結されているような形だ。
つまるところ、温泉黄金郷は、城街領域とは異なる別の領域とも繋がっている。
かなりの遠回りにはなるものの、ぐるっと回ってくる形で、城街領域に行くことも可能だろう。
「てことで、テメーら、ボクと力を合わせろや♡」
配信を始めて、奴隷を召喚すると、ボクの周りに青文字が渦巻いた。
『都市国家の三つの領域は、砲弾雨が降って破壊し尽くされたから、ぐるっと回ってくるのは無理じゃねーの?』
「いや、なにその、砲弾雨って」
『砲弾の雨』
「誰が、『の』を付けろって言ったんだよ♡ 砲弾と雨の仲を取り持つ『の』のインサートは、誰も求めてねぇんだよ♡ 国語の成績、クソボケ0点かテメー♡」
ボクの慈愛の籠もった指摘に、文字が返ってくる。
『オレは、城街領域に引きこもってるからよくわかんねーけど、蒼森峠、三畳聖域、海底囚獄の三領域は攻撃を受けたって聞いてる。
今、無事なのは、城街領域、温泉黄金郷、天地氷結界だけだとよ』
いや、都市領域が攻撃を受けてるってなんだよ……と思いつつも、ボクは、地図に目を落とした。
温泉黄金郷に繋がっているのは、城街領域と天地氷結界だ。
とりあえず、天地氷結界は無事らしいので、そっちに移動することは問題なさそうに思える。
「砲弾の雨って、傘、差せばいける?」
『いけるいける!!』
『よゆーしょっ!! ガンバ!!』
『小雨だから、逆に傘要らないと思うよ』
『シャワーみたいな感覚で、砲弾浴びてみるのも手じゃない?』
「世界が変わっても、テメーらの殺意は変わらんな♡ 安心感すら覚える♡」
デスゲームと化しても、ファイナルエンド・プレイヤーは、ファイナルエンド・プレイヤーのままだった。
たぶん、コイツら、世紀末の世界を嬉々として迎え入れて、さらなる悪化へと邁進する。世界の癌が、ココに集ってる。病巣。
現状の情報を集めたら、世界有数のクズ集合体に用はない。
勝手に、ボクの配信のチャット欄で『公式Vtuberミナトが、あなたに殺意を抱く権』のクラウドファンディングが始まる。あっという間に、30万円ほど集まったのを確認して、ボクは配信を切った。
先輩の浮き輪を使って、ボクは、バタ足で温泉黄金郷を横断する。
特にハプニングらしきハプニングもなく、天地氷結界へと続く大門へと辿り着いたものの……門は、固く閉ざされていた。
「こんにちは、コン!」
「こんにちは、ポン!」
門の両側には、狐と狸の耳を生やした人型の門番がいた。
「この門を開けるには、ひとつの条件があるコン!」
「ぼくらのお願いを、よーく聞いて欲しいポン!」
和服を着込んだ狐狸コンビは、おどろおどろしい紫色の提灯を引き連れていて、こちらに笑みを向けている。
「まず、最初に、君には宝玉を集めてき――オ゛ッッッ!!」
ボクは、ふたりの鳩尾に拳を叩き込む。
倒れ伏している狐狸コンビを足蹴にして、門を開けようとすると、腹を押さえて悶絶していたふたりに足首を掴まれる。
「な、なんで、急に殴ったコン!? 手加減一切無用の全力腹パンだったコン!! 普通に、ちょっと、吐いちゃったコン!?」
「なんで、殴ったポン!? なんで、殴ったポン!?」
「語尾がムカつくから」
ボクが、他のプレイヤーから盗んだ長剣を引き抜くと、狐狸コンビは尻尾を逆立たせる。
「死にたくなかったら、0数えるうちに開け――死ね、クソボケがぁああああああああああああああああああああああ!!」
ボクは、上段から斬りかかる。咄嗟にしゃがんだ狐が、生意気にも避けて、耳の上の毛がごっそりと斬れた。
「今宵のミナトも、血に飢えておるわ……♡」
「今、昼間だポン!? 今、昼間だポン!?」
「コイツ、マジもんのやべーヤツだ、コン!! お使いクエストなんて、七面倒臭いものはやらずに、最短ルートで魔王を殺しにかかるタイプだコン!! 生まれてこの方、ナチュラルサイコパスだコン!!」
「良いから、とっとと開けろよ♡ 我慢の限界だ♡ ボクは、クソみてーな語尾で、記号的にキャラ付けするタイプのキャラクターが大嫌いなんだよ♡ 麻雀以外で、『ポン』を口にするヤツは、ひとりたりとも生かしておかねぇ♡ ポン酢は許す♡」
「はい、すいません、今、開けます」
「こ、コイツ、秒でNPCの矜持を捨てたコン……今、ひとりのキャラクターが、死んでいく姿を目にしてるコン……あ、すいません、自分も開けるの手伝うんで……剣、仕舞ってもらってもいいですか……ホント、すいません……」
和平交渉が成立して、狐と狸が門を開ける。
ボクの目の前には、天地氷結界の世界が広がり――
「……は?」
思わず、ボクは、声を漏らした。