大吉が福を招くなんて、どこのどいつが言ったんですか
団長と別れたボクは、温泉黄金郷を出ようとして――大門の前に、人だかりが出来ていた。
恐らくは、破邪六相を打倒したことで、領域移動が可能になった影響だろう。閉じ込められて、巣篭もり強制されていたプレイヤーたちが、門前に押し寄せているらしい。
「ねぇ、なんで、とっとと出ないの? 門の前に溜まって、便秘ごっこ? てことは、お前、う○こか?」
「なんだ、コイツ……初対面で、人をう○こ呼ばわりしてく――なんだ、公式Vtuberのミナトか」
近くにいた男性プレイヤーに話しかけると、振り向いた彼は答える。
「城街領域への領域移動に規制がかかってるんだとよ。だから、俺たちは、今、おみくじを引くしかないんだ」
「文章の前後が、繋がってねーんだよ♡ 国語力皆無で、我が国の識字率を落とそうたってそうはいかねーぞ♡」
男は、ため息を吐いて首を振る。
「領域移動に規制がかかったのは、昨夜付近から。つまり、どっかのイカれたやべーヤツが、破邪六相を倒してからだ。
係員たちが列整理してたものの、一時は暴動に発展しかけてたんだが……おみくじシステムによって、詮無きを得たってことだよ」
「オーケー、一緒に話を整理していこうぜ。ボク、こう見えても、幼馴染を使って自宅の整理整頓するのに長けてるんだ。
まず、なんで、城街領域への領域移動に規制がかかってるの?」
「王が復活したんだ」
思わず、ボクは首を傾げる。
「……王?」
「あぁ。城街領域にでっかい城があっただろ? 中に転職教会がある遺城っつー城だ」
「あぁ、エレノアの根城ね。銀幕がかけられてて、なんか、銀紙に包まれてるホワイトチョコレートを思い出す系のアレね」
ボクは、かつて、AYAKAちゃんに案内されて、足を運んだ城を思い出す。あの時は、無限に殴られながら、素人とか言うクソ職から戦士とか言うクソ職に強制転職させられたのだ。
「そうだ。
あの遺城に、亡国の王が復活した。で、今、城街領域はその王様が統治していて、領域を『王国』と自称している。一日の入国出国の人数に制限をかけ始めて、現状の騒ぎに至ったってことさ」
「そんな王、殺せばええやん」
「いや、もう、殺そうとした」
ファイナルエンド・プレイヤーの安定性は異常。
「でも、失敗したんだ。王の暗殺計画に加わったメンバーは、全員、捕縛されて城の地下牢に閉じ込められているらしい」
「へー」
「で、脱獄してから、もう一度、王を殺そうとしたらしいんだが」
「その執拗な殺意、ホントに尊敬しちゃう♡」
「また、失敗に終わったらしい。今、三度目の暗殺計画を立ててるらしいんだが、ソレまでは入国制限はかけられたままだろうな」
大体、現状はわかった。
どうやら、ボクが破邪六相を倒したことで、ファイナルエンド世界に変化が起きたらしい。
都市国家エフェンシア内にある六つの領域のうちのひとつ、城街領域だけでも、それだけの変化があるのだから、別領域も面倒なことになっている可能性が高い。
「で、肝心要のおみくじシステムってな――」
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
誰かの絶叫が響き渡って、係員が笑顔でハンドベルを鳴らした。
「おめでとうございまーす! 『大吉』でーす!!」
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 大吉だぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」
大吉と書かれた紙を手にしたプレイヤーは、泣きながら微笑んで、ボクたちへと手を振った。
「さよなら」
瞬間、そのプレイヤーは掻き消える。
「召されたか……」
「ごめん、要説明」
「『大吉』が出ると、なんかよくわからんが、プレイヤーが消えるんだ。たぶん、天国に行ったんだと思う」
「お前ら、正気という二文字を知ってるか♡ ただいま、絶賛デスゲーム中で、テメーらは貴重な人的資源なんだよ♡ 好き勝手に天に召されて良いなんて、どこのどいつが許可したんだテメー♡」
困ったように、彼は顔をしかめる。
「でも、おみくじを引いて『中吉』を出さないと、城街領域に行けないんだぞ……? せっかく、王が復活したんだし、視てみたいじゃん……?」
「おいおい、ボクという人間は、ファイナルエンドを舐めてたらしいな♡ 尋常じゃねーぞ、コイツら♡ 物見遊山で命を懸けるとか、封建時代の武士ですらやらねーよ♡」
とりあえず、このまま捨て置くわけにはいかない。城街領域に行きたいという理由で、命を懸けられる貴重な資源を、こんなところで天国にポイ捨てするわけにはいかない。
「うおらぁ♡ 散れ散れ、カスどもぉ♡ ミナト様のお通りじゃあい♡ 大名行列よろしく、端に寄ってひれ伏せや♡ 切り捨て御免どころじゃ済まねーところを、ふたつの目玉に見せびらかしちゃうぞぉ♡」
ボクの威光にひれ伏したのか、プレイヤーたちは、脇に寄って道を開けた。スク水姿の係員たちは、やべーヤツが来たと顔をしかめる。
「てすてす♡ あーあー♡ 本時刻をもって、解散しろぉ♡ コイツらは、ボクの兵士だ♡ 許可なく天国に召すことは許さないぞぉ♡
コイツらは、責任もって、ボクの手で地獄に堕としたるわい♡」
「さすがに、公式Vtuber様の依頼でも解散は無理だよー! 私たち、ちゃんと、お仕事してるんだから!
ねー?」
「ねー?」
顔を見合わせて、ぶりっ子している係員の前で、ボクは青筋を立てる。
「どこのどいつの命令だぁ? ぁあん?」
「「言えませーん!!」」
殺すか……ボクは、隣のプレイヤーから長剣を奪い取って、係員の首筋に狙いを定める。
慌てて、彼女たちは、大声を上げた。
「も、文句あるなら、おみくじを引いてからにしてよ! この口だけ番長!! 将来、ハゲルの確定!! 未来の結婚相手、クソブス!! ゴミカスボケ死ね!!」
「おいおい、口で連撃を繋げて余命を捨てたな♡」
ボクは、係員の持っている箱に手を突っ込んで、一枚の三角紙を抜き取った。笑顔で、それを広げる。
「ボクが、この程度で、ビビると思ったか。こちとら、クソゲーに慣れすぎて、現実世界の外観の精度に涙を流したこともあるんだよ。
ボクには、探し人がいるんだ。こんなところで、止まってられるか。正々堂々、己の運だけで、この門を通ってやるわい♡」
挑戦を受け取ったのか、係員は口端を曲げる。
「まだ、定員オーバーじゃないからね。『中吉』が出れば、通れるよ。もし、一発で『中吉』が出るようであれば、このおみくじシステムも廃止してあげる」
「クソゲーに、二言はないな?」
「あるよ」
そりゃそうだわ……。
ボクは、三角紙をゆっくりと開いていく。
己の運の良さには自信があった。
地元のお祭りで、ちっこい手持ち扇風機が当たったことがある。自販機で飲み物を買ったら、釣り銭入れに500円玉が入っていたこともある。会計のときに777円を出すことなんて、計算すれば造作も無いことだ。
だから、当たる。間違いない。ボクは、己を信じる。
ボクの自信に恐れを抱いたのか、係員たちは「うっ」と恐怖の声を漏らした。
ニヤリと笑って、ボクは、一気に三角紙を開き――『しね』。
ボクは、三角紙に書かれた文字を見下ろす。
『しね』。
シンプルな罵倒が、キレのある文字で書かれていた。
『しね』。
ボクは、顔を上げる。
係員たちは、ボクに中指を立てて、爆笑しながら逃げていった。
ボクは、走り始める。抜身の剣を携えて。
純粋な殺意を抱いて、未来へとボクは駆け出して行って――普通に、逃げられた。