表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/141

雨上がりの空に

 ひとつの部屋があった。


 こじんまりとした、小さな部屋だ。ピンク色の可愛らしい家具たちが並べられていた。勉強机と椅子、本棚、くまのぬいぐるみにベッドがある。


 ベッドの脇には、コルクボードがあって、幾つかの写真が貼られていた。


 その写真には、笑顔があふれていた。そこに映る少女たちは、笑ってピースサインを示している。


 どこかで、オルゴールが鳴っていた。


 ヨハネス・ブラームス――『眠りの精』。


 静かに、静かに……子守唄が流れている。


 照明にぶら下がるベッドメリー、白色のユニコーンが、音を鳴らしながらまわっている。窓の外から差し込んだ月光が、宵闇を照らしている。


 ベッドには、ひとりの少女が腰を下ろしていた。


 蒼色の瞳をもつ少女……光学虹彩コンタクトレンズで、目の色を変えている彼女は、海のような色合いに変化する虹彩をもっていた。


 月明かりを浴びて、彼女の眼の色は、青みを帯びた白色に変じる。


 項垂うなだれた少女は、オルゴールを抱え込んでいた。


 あたかも、赤ん坊を抱きかかえる母親のように。彼女は、小さなオルゴールを大事そうに抱えている。


「…………」


 玩具おもちゃみたいな腕時計……ボロボロで、ベルトの塗装が剥がれているソレを見下ろし、彼女は止まっている時間を確認する。


 部屋に置かれているテレビに、ひとりの少女が映った。


『テメーの用意した理不尽ごと、なにもかも流し尽くしてやるよ♡』


 映ったミナトを見つめて、少女は微笑を浮かべた。


「楽しそうだな」


 ぽつりと、彼女は嬉しそうにつぶやく。


 幾度も、幾度も、幾度も……オルゴールを撫でながら、少女は微笑む。


「ねぇ、楽しい……?」


 凝縮された感情が、彼女の口端から漏れる。


「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ……ぜんぶ、コレで良くなるから……私が……私が救ってみせるから……もう二度と……」


 白色の光を浴びて、一粒の涙が輝いた。


「手を……離したりしないよ……」


 ささやき声は、空気に溶けて、消え落ちる。


 ジジ……と音を立てて、その部屋に波線が立った。次の瞬間、少女の姿は掻き消えて、ベッドの上にはオルゴールが残されている。


 ただ、静かに。


 子守唄は、流れ続けていた。






 ぶっ壊れたエレキギターを持って、ボクは晴天を見上げる。


 隠れていたプレイヤーたちは、破邪六相ワールドボスの特殊撃破を悟ったのか、影たちが出現しないことを知って歓声を上げる。暗いニュースばかりだったせいか、喜んでいる彼ら彼女らは、目に涙すらも浮かべていた。


 『祝杯だ!!』と叫びながら、足下の温泉を飲んでいるやからもいて、ファイナル・エンドを感じる。


「ミナトきょう


 聖罰騎士団ジャッジメントキラーともなって、微笑を浮かべた団長が寄ってくる。


「我が目にも、けいの振った御旗が視えた。

 まさか、まことに、単身でやってのけるとは……どうやって、あの影たちを討伐したのだ?」

「ロックンロールで」

「日本語で頼む」

「イカれたメンバーを紹介するぜ!!」


 ボクは、背後に控えていたバンドメンバーを親指で指す。


「三味線のやべーヤツ!!」


 金魚鉢を被った半裸の男が、右胸にった萌キャラを見せびらかしながら、エア三味線を披露する。


「和太鼓のやべーヤツ!!」


 金魚鉢を被った和服の女が、大量の泡を吐きながら、エア和太鼓を披露する。


「尺八のやべーヤツ!!」


 金魚鉢を被った巨漢が、ヘッドバンキングしながら、エア尺八を披露する。


「そして、このボク、狂気のエレキギター、ミナトだ!! 初ライブで、ギター壊しちまったぜ!! FOO!!」


 己を指差して、ボクは、ポーズを決める。


 すかさず、三味線、和太鼓、尺八の三人組が寄り添ってきて、中央のボクを目立たせるように格好良くポージングする。


「FOO!! YEAH!! ロックンロール!!」


 大声で叫んで、ボクは、壊れたエレキギターを掻き鳴らした。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……ふぅー、ぃぇー」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……いや、日本語で頼む」


 配信を視ていたらしい団長に、ボクは、今回行った決死作戦を説明する。話を聞いていた彼女の顔が、徐々に『正気か、コイツ』という顔に変化していったので、なかなかに見応えがあった。


「なるほど、けいった作戦はわかった。

 その上で、質問がある」

「ん? なによ?」

「……ロックンロール、必要だったか?」


 ボクの全身に、電撃がはしる。


 勢い良く振り向くと、金魚鉢を被ったメンバーたちは、ボクから目を逸らしている。あたかも、己の存在を否定するかのように。


「いや、ボクにとっては」


 ふっと笑って、ボクは、メンバーに向かって親指を立てる。


「必要なライブだったぜ♡」


 メンバーたちは、ぶわっと涙を浮かべて、嗚咽おえつを漏らしながら楽器を立てた。ボクもまた、エレキギターを立てて彼らに応える。


 そして、彼らは、無言で去っていった。


 ボクは、笑顔で手を振って、彼らを見送り……姿が視えなくなったのを確認してから、表情を消した。


「ロックンロールは不要だったけど、あのレベルのやべーヤツを働かせるには必要な措置だった。正直、ロックンロールとか意味がわからん。デスゲームの最中に、金魚鉢被ってエアバンドとか、ファイナル・エンドは脳細胞すらも破壊するのか」

「急に、とつとつと、本音を語り始めたな……」


 団長は、ボクに視線を向ける。


「それで、けいはこれからどうする?」

温泉黄金郷エルドラド・スプリングを出るよ。この世界に、身内がひとりいる。その子の安否を確認してから、本格的に終着点ファイナル・エンドを目指す」

「では」


 ボクは、微笑を浮かべる。


「旗を振ってやるよ♡ ミナト印のやべー旗をな♡」

「……ありがとう」

「ただ、ボクは、アラン・スミシーをぶん殴りてーだけだ。命の危険を感じるようであれば、直ぐに旗を放り出して逃げるよ。この世界に閉じ込められた人間の命なんて、知ったこっちゃねーし」

「いいさ、それで。

 だが、私が思うに――」


 確信するかのように、団長は、ボクを見つめた。


けいは、きっと、この世界の希望になる」

「ならねーよ、そんなうさんくせーもん♡」


 ボクは、後ろ手を振って、その場を立ち去ろうとし――周囲の人々が、ボクへと敬意の視線を向けていることに気づいた。


「総員!!」


 見計らったかのように、団長の大声が響き渡り、聖罰騎士団ジャッジメントキラーは鎧戸を持ち上げた。


「捧げろッ!!」


 彼らは、一斉に、胸の前につるぎを捧げた。


 一糸乱れずに行われた美しい所作、列を為した騎士たちは、ボクへと己の矜持きょうじを掲げている。雨上がりの晴天の下で、立ち尽くす民衆プレイヤーたちは、恍惚とした視線をボクへと向ける。


 ボクは、団長の狙いに気がつく。


 わざわざ、この場に、聖罰騎士団ジャッジメントキラーを引き連れてきた意味。


 コイツ――本当に、ボクのことを世界の希望(ジャンヌ・ダルク)に仕立て上げるつもりか。


「……テメー♡」

「ご武運を、ミナト卿」


 うっすらと笑みを浮かべて、彼女はボクを見つめる。


 その視線に中指を立ててから、ボクは、温泉黄金郷エルドラド・スプリングを後にした。

新作短編『絶対に後ろに立ちたいメリーさんVS絶対に後ろに立たれたくない殺し屋』を投稿しました。


作者とまとすぱげてぃページの方にありますので、お暇があれば、ご一読頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いつでもゲームは楽しむもの。主人公はそれを出来てるとは思う 豚浪士がどうなったのか気になるけど
[良い点] 化け物(みたいな世界)には化け物(ミナト)をぶつけんだよ! なおその最後は…() [一言] 先生生きておられたんですね! 新作短編後で読みますね?♥️ でも新作短編を書くためにク…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ