やっちゃえ、Fコード♡
雨が降っている。
ファイナル・エンドのゲームエンジンは、リアルタイムで気象を模擬している。
GPV(米国海洋大気局等の気象予測モデルから算出した気象予測値)の情報を用いて、現実世界のどこかを基礎にしているのだ。
温泉黄金郷は、ボクらの住んでいた現実を基にしていて――そこには、現在、嵐が訪れていた。
強風で、建物が軋んでいた。
分厚い雲が、天を覆い尽くしている。
暗闇に包まれている世界を、雷が照らしている。
大音響――落雷が落ちて、ボクは、ウィンドウ上にチャットを呼び出した。
「用意は?」
答えの代わりに、音が返ってくる。
ボクは、譲り受けたエレキギターを首から下げる。ギター用ピックを片手に、携帯アンプの音量をMAXにする。甲高く鳴らしたFコードが、雲上高らかに響き渡った。
「行くぜ♡」
配置に着いたメンバーを捉えて、ボクは、跨っているマグロの背を軽く叩く。
「ロックンロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオル!!」
ギャギャギャギャーン!!
情熱だけを頼りに、一気に、音を爆発させる。腰元から炸裂した音の塊が、アンプで増幅されて、空気中にぶち撒けられる。
START――一気に、マグロが発進する。
視界の隅に表示させている地図に、バンドメンバーたちの位置が表示される。
街を駆け回って作り上げた地図、建物には印が、影に囲まれやすい箇所には✕が付けてある。
三味線、尺八、小太鼓、パーティーを組んでいる彼らの位置は、印と✕と一緒に視えるようになっている。マグロに乗り込んだ彼らは、ボクと同じ速度で、街の四隅からスタートして真っ直ぐに突き進む。
航路は、指示されている。後は、突き進むだけだ。
速度にノッたボクは、雨粒を顔面に叩きつけながら、エレキギターを掻き鳴らす。当然、素人なので、ちゃんとした音らしい音はならない。中学生の頃に、頑張って練習したFコードが分かるくらいだ。
そして、三味線、尺八、小太鼓は――音すら、鳴らせない。
全員、空である。彼らは、音の代わりに空を体現している。透明な音符を奏でて、世界にクソッタレをブチ込んでいる。
「ロックンロールってのはよォ!!」
影が、湧き始める。
ボクは、進行路に現れた影へと、思い切りエレキギターを振りかぶった。
「世の理不尽に、叩きつける叫びのことを言うんだぜぇえ!!」
ものの見事に、顔面を捉える。
無敵状態とは言え、奴らは、物理法則に則っている。力には逆らえない。思い切り、吹っ飛んで、アンプから雑音が散らばった。
「止まるなよ、野郎ども♡ クソッタレな世の中に制裁を♡ ボクはね♡ 昔から、給食にはステーキを出して欲しかったんだ♡ 牛乳の代わりに、コーラが飲みたかったんだよ♡ てか、魔法学校に通いたかった♡」
マグロの上に、二本足で立って――ボクは、思い切り、エレキギターを立てる。
「なにが、デスゲームだクソ野郎がァアアアアアアアアアアア!! そんなもん、ボクのカワイさでぶっ壊してやるよクソッタレがァアアアアアアアアアアア!! ついでに、給食にステーキ出せやクソがァアアアアアアアアアアア!!」
口から、感情が迸る。
全身に打ち付ける雨、鼓膜が痺れる落雷、肌に感じる強風、全てを唱和に変えて叫ぶ。
「このクソゲーがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
走る、走る、走る。
荒波を掻き分けて、噴射で、マグロが街中を泳ぎ抜ける。要所要所で、バンドメンバーとすれ違う。
「いぇい♡」
その度に、タッチし合う。
影たちは、錫杖を突き出して、ボクらの殺害を目論んだ。だが、当たらない。コレだけ高速で駆け回る対象を、コイツらは捉えられない。連日の運送業で幾度となく確認したから、奴らの速度の限界は既知の下だ。
影たちには、他にも、縛りはある。
奴らは、空を飛ぶことが出来ない。
プレイヤーを感知して出現し、プレイヤーを見失うまで消えない。
そして、奴らの出現数には――限界がある。
そろそろだった。
バンドメンバーたちと共有している影の数が、徐々に増えていって……ついには、限界数へと至る。奴らは、もう、これ以上、出現することはない。
ボクは、水面に手で触れる。そこには、流れがある。誰もが逆らえない、勢いという名の流れが。
この世界には、流体力学の概念が存在している。
「おい、アラン・スミシー」
片手で、水を受けながら、ボクは笑う。
「流れるプールで、遊んだことあるか♡」
影たちが――すっ転ぶ。
この嵐で、水嵩が増している。
影たちの腰元まで満ちている水たちは、ひとつの流れと化して奴らを襲った。建物と建物の間、街中に完成した航路を沿って、ボクとバンドメンバーたちが、疾走したことで生まれた潮流。
「テメーの用意した理不尽ごと、なにもかも流し尽くしてやるよ♡」
一気に――吸い込まれる。
街の中心へと、ボクが用意した終焉へ、影たちは一気に吸われていった。街中に生まれた渦巻は、豪雷に急かされるようにして、巻き込まれた影たちごと吸引した。
当然、ボクらも落ちればタダでは済まない。
死の恐怖を超えた演奏会。
ボクらは、世界への反抗をかき鳴らしながら、ひたすらに渦を生み出し続ける。
渦巻に従って、影たちは塊となって街の中心に集まった。
「やれ♡」
「ちょっとぉ!! コレ、高く付きますからねぇ!!」
マグロに乗って、わらわらと、寄り集まってくる係員たち。破邪六相に破壊された建物を建て直したのは、彼女たちで、人間業とは思えない速度で高速建築を成し遂げていた。
「コンクリの海に沈めろ♡」
彼女たちは、マグロを器用に操り、周囲を回りながら器用に埋め立てていく。塊になった影たちは、予想していた通り、NPCたちを傷つけようとはしない。彼女たちは、攻撃対象に入っていないのだ。
あっという間に、灰色の墓標が立つ。
ボクは、その墓に、エレキギターを叩きつける。ボクの周りに集った三味線、尺八、和太鼓が空を掻き鳴らす。
「オラァアアアアアアアアアアアアアアア!! 死ねぇええええええええええええええええええええええ!!! 死ねオラァアアアアアアアアアアアアアアア!! ロックで死ねぇええええええええええええええええええええええ!!!」
後は、ひたすらに祈る。
ボクの予想が正しければ――一分、十分、一時間――長時間が経っても、影たちは、墓標から出てくることもなく、他の場所から湧いてくることもなかった。
予想通り。
予想通りだった。
影たちは、セーフゾーンに入れない。
ボクの言うセーフゾーンとは、係員たちの作った建物のことを指している。
そうであれば、建物の中に閉じ込められた影たちはどうなるのか?
「処理判定が、バグったなぁ♡」
プレイヤーが死ぬようになったとしても、所詮、コレは、ゲームに過ぎない。それも、とびっきりのクソゲー。
大抵のゲームでは、製作者が意図しない行動をプレイヤーがとった場合――バグる。
本来、存在してはいけない場所に押し込められた影たちは、処理判定に瑕疵を起こして、この墓の中で固まっている筈だった。
要するに、事実上の死である。
「無敵キャラであろうとも、バグれば死ぬんだよ♡ プレイするのが、ルールに従う良い子ちゃんだけだと思ったかぁ♡ かわいいかわいいミナトちゃんは、運営が苦しむ顔で、午後三時の優雅な時間を楽しむよ♡」
見計らったかのように、雲の切れ目から太陽が覗く。
ボクは、思い切り、エレキギターを墓石に叩きつけて――雨粒の付いたボディは、バラバラに、弾け飛んだ。
「センキュー、ベイビー」
ボクは、太陽に向かってウィンクをする。
「ロックンロール♡」
新作短編『醜い姫の騎士と龍』を投稿しました。
作者ページの方にありますので、お暇があれば、ご一読頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。