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『死ぬわけじゃないんだから』を免罪符にするな

「いや、やっぱ、死ぬわ!!」


 際限なく湧き出る影、ボクは急転回して引き返す。


 雲の只中から、建物の壁面から、水面の揺らぎから――影は生まれて、進路を塞いだ。


 温泉街の通りは、太ももの辺りの深さまで、温泉が満ちている。この程度であっても、水の抵抗によって、ボクの速度スピードは落ちていた。取り囲まれて、殺されるのも、時間の問題である。


「クソゲーの癖に、流体力学まで完備するな♡ 流れるプールで遊ぶ年頃は、とうの昔に過ぎ去ってるんだよ♡ ノスタルジーで頭が焦げ付く♡」


 眼前、影。


 引き返そうとして、退路を塞がれる。左右からは、錫杖しゃくじょうが突き出された。


「ダイナミックエントリー♡」

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ガラスをぶち破って、旅館の一室に転がり込む。


 甲高い悲鳴が上がる。前転で着地の衝撃を殺したボクは、壁に身体を押し当てて気配を殺した。


「…………」


 追ってこない。


 ――人間プレイヤーが街を出ようとすると、影たちが自動発生する


 飽くまでも、起動条件トリガーは『街から出ようとする』か。その条件が満たされない限りは、影たちの発生も止まるらしい。


 ボクは、安堵の息を吐いた。


 落ち着いてから、周囲を見回す。


 室内にいたプレイヤー二人組は、ガタガタと震えながら抱き合っていた。急に災害が飛び込んできたのだから、恐怖で怯えるのは当然だ。


 さすがに、このままでは可哀想だ。落ち着かせなければ。


 善の心をもったボクは、笑顔で、彼女たちの肩に手を置いた。


「安心して」


 彼女らの表情がやわらいで――


「人は、いずれ死ぬ♡」


 一瞬で、引き締まった。


 硬直した二人組を放置して、ボクは、思考の海に漂う。


 あの影たちをどうにかする策には、ある程度、目星はついている。ただ、それには、多少の人手と犠牲が必要だ。犠牲という名の材料リソースを用いて、ボクひとりが街に出たところで割に合わない。


 ボクは、ウィンドウを呼び出して、運営からの告知アナウンスに目をやる。


 『初日死者数:33084人』……なぜ、運営クソは、初日死者数なんて告知アナウンスしたんだろう?


 ――あなたたちは、力を合わせてー、最終領域ファイナル・エリアに到達しー、終着点ファイナル・エンドに辿り着かなければなりませんー


 運営の目的のひとつは、プレイヤーによるこの世界の攻略だ。そうでもなければ、開始直後、大々的に宣言したりはしない。ただ、虐殺するだけのつもりであれば、全プレイヤーに告知アナウンスする意味がなくなる。


 だとすれば、行き過ぎた示威行動は、逆に自分の首を締めることになるだろう。初日死者数の提示は、示威行動ではなく、攻略に必要な“情報”のひとつだと考える方が適切だ。


 運営が示した、初日死者数インフォメーション


 恐らく、コレは、人材リソースの残数を示している。


 現在のアクティブユーザー数は86032人……ボクらは、増えることのない人材リソースを元手に、数字が0になる前に攻略を完了しなければならない。


 MMOというゲームの性質から言って、人材リソースの価値はなによりも尊い。コレは、コントローラーを握れば、誰でも主役の席に座れるCRPG(コンピュータゲーム)ではないのだ。


 MMOは、大勢の人たちが、意思をもって世界を構築するゲームである。


 そこに、英雄はいない。


 MMOは、ソロでも、攻略出来るようにバランス調整されているものもあるが……少なくとも、ファイナル・エンドはそうじゃない。


 ――攻略には、常に人員と勇気を要する


 団長は、最初から。


 ――誰かが、ジャンヌ・ダルクとして旗を振らなければならない


 数の優位性に気づいていた。


 そもそも、全員が全員、攻略に参加するわけがない。大多数の人間は、ボクの後ろで震えているプレイヤーのように、安全な都市領域シティ・エリアに引きこもって、己の命を守ろうとするだろう。


 まるで、神にまもられている聖域。


 都市領域シティ・エリアをそう設定したのは運営アラン・スミシーだ。


 ――最初から、私は、世界クソゲーを創ろうとしていた


 最初から、こうなるようにバランス調整されていた。


 ――わたしのことはいいから!! ミナトくん、行ってッ!!


 ボクは、たまたま巻き込まれたのか?


 ――ミナトさん、貴女、ファイナル・エンド公式Vtuberになるつもりはありませんか?


 あの来訪は、偶然だったのか?


 ――誰かが、ジャンヌ・ダルクとして旗を振らなければならない


 現在いまに至るまでの経緯けいいは、本当に、神がサイコロを振った結果だと言えるか?


 ――プレイヤーは、閉ざされた世界で、運営とGMに踊らされている


 この世界の神は――誰だ?


「……まぁ、どうでも良い」


 ボクは、硬直した思考を振り払う。


「ボクは、ボクがしたいことをするだけだ」


 必要なのは手駒。犠牲は不要。


 ボクが得意とする非人道的作戦は使えない。犠牲の名の下に成り立つ作戦では、運営アラン・スミシーには辿り着けない。


 尊い人材リソースは大事に、現状を打破して、ヤツの喉笛を食い千切る。


 そのためには――足元の水が、波立った。


「要は」


 ボクは、それを視て笑う。


「死ななければ、なにをしても良いってことだ♡」

新作短編『理想:美少女エルフに優しくして惚れさせてやる!! 現実:奴隷意識が高すぎて、惚れる気配がないんですが……』を投稿しました。


作者とまとすぱげてぃページの方にありますので、お暇があれば、ご一読頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人はいつか死ぬ、確かにそうですね。 だからこそ今をめいっぱい出来る限り楽しむのです。 真理を垣間見ました。 [一言] 次回更新も楽しみにしてます。
[一言] 次も楽しみに待ってますよ!
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