上陸作戦《ノルマンディー》
『当然の結果じゃないですかぁ?』
「いや、え、なんで?」
一度、ログアウトしてから、枢々紀ルフスに相談してみると、予想だにしない返答が返ってくる。
『ミナトちゃんは、圧倒的に事前の調査不足なんですよぉ。現在、Vtuberで生き残ってるのって“キャラ”が強い人ばっかりだよぉ?
ミナトちゃんみたいな、あざとい清純派みたいなのって、ヲタクにとっては解釈違いだから。逆効果。むしろ、多少、荒々しくて暴力的でも、中身の素を感じられるくらいが安心するのぉ。
キホン、ヲタクって、人間不信じゃん?』
言われてみると、納得する。
基本的には、この世の人間は、大多数が性悪説に則っている。崇高なる善性を目の当たりにすれば、その裏にある悪性を勘繰るのは当然だ。
逆にその裏側を少しでも垣間見れれば、秘密の共有感を覚えて、相手への信頼が高まりやすい。
「つまり、僕って、素の方が人気出るってこと?」
『もちろん。ミナトちゃん、声がすごいカワイイし、絵柄からしても清純なイメージあるし。そんな女の子が『死ねや、運営』とか言ったら、そりゃあ人気出るよ。所謂、ギャップ萌え。ルフスとしては、そういうのわかんないで、右往左往してる様視るのが愛おしかったけど』
「とっとと、教えろよ♡ 死ねや、クソ女♡」
『やぁん♡ そ~いうことぉん♡』
なんということだ。ようやく、なぜ、人気が出なかったのかわかった。
僕には、暴力と萌えが足りなかった!!
「ありがとね、ルフスちゃん。
今から、配信始めるから、今週の生活費振り込んでおいて」
『今週は、もう、厳しいんだけど……』
「うるせー♡ お前、切るぞ♡」
『ふぁい♡ 喜んで、振り込みまぁす♡』
ファンサービス(枢々紀ルフスのタイプは、カワイイクズ女)をしてから、僕は通話を切った。
仮眠を終えて、ボクは、再度ログインする。
132時間にも及ぶ死闘を終えて、ようやく、チュートリアルを制覇したのだ。今が春休み期間中でなければ、達成できなかった偉業だろう。
配信を開始して、早速、ジャブを打つことにした。
「は~い♡ 気が狂ったようなチュートリアルも終わったし、クソゲー再開するよぉ♡ 死ねや、運営♡ 夢の中にまで、ゴブリン出てきたぞクソが♡」
視聴者数が、上がっていく。枢々紀ルフスの言っていた通りだ。
やはり、コレだ。方向性が視えた。
「チュートリアル終了!
ということで、ついに、ファイナル・エンドがスタートし――」
「伏せてぇえええええええええええええええええええええええ!!」
挨拶しようとした直後、金切り声と共に、凄まじい勢いで押し倒される。
「いてて……うるぁ!! なにすん――」
ボクを押し倒した少女の頭は、蒼色のビット粒子となって消し飛んでいた。
驚愕で硬直したボクの周囲には、死、死、死、死、死……おびただしい量のプレイヤーの死体が、そこら中に転がっている。
ファイナル・エンド世界では、復活中のプレイヤーの死骸は、その場に残るのがデフォらしいが(幽体離脱みたいな感じで、自分の死体を眺められる)、それにしたってあまりにも多すぎる。
発注をミスった在庫処分品でもあるまいし、ゴミプレイヤーは、燃えないゴミとして分類してもいいのだろうか。
「みんな~♡ ログインしただけなのに、死体がいっぱいで~す♡ 死体のお花畑みた~い♡ まるで、人間がゴミのようだ~♡
『ゴミは、お前だろカス』ってコメントした奴、今日、お前の家に行くからな」
どうやら、コメント欄は、ボクの周囲で渦を巻くようにして表示されるらしい。色も変更出来るらしくて、ボクのイメージカラーである『蒼』で統一されていた。
配信を開始した直後なのに、もう、視聴者数は300人を超えていた。
『死ねや、運営』
『死ねや、運営』
『死ねや、運営』
どうやら、ボクの放送開始の挨拶は、視聴者によって『死ねや、運営』に決定されたらしい。頼もしい奴らだぜ。
「おい、そこの初心者!! そのまま、そこに座ってろ!! 絶対に、立ったりするなよっ!!」
頭の位置に盾を掲げているプレイヤーが、大声を張り上げながら、ボクのいる塹壕にまで這って来る。
さながら、周りの景色は戦場だ。
よくよく視れば、ボクのいるココは砂浜で、穴を掘って木板で補強された塹壕で視界が埋め尽くされている。
ドヒュン、ドヒュン、ドヒュンという効果音と共に、蒼や碧や朱の閃光が飛んできて、不用意に頭を上げた初期装備たちが弾け飛んで動かなくなる。
「いや、なにコレ……」
「ビギ狩りだ」
赤色の髪をもった男性アバターが、匍匐前進で俺の元まで辿り着くと、土まみれの頬を擦りながらつぶやく。
「初心者狩りだよ。毎年、春休みや夏休みに、大量参戦してくる子供を狙った経験値稼ぎさ」
「は? なに? つまり、古参プレイヤーが、初心者を狩ってるってこと? クソゲーのプレイヤーはクソ説、かなりの有力説として歴史に名を残すよ?」
「正気の人間が、こんなクソゲーやるわけないだろ」
確かに。
「ファイナル・エンドプレイヤーにとって、春にビギ狩りを行うのは、雅な風流人の義務とまで言われてるんだ。花見みたいなもんだよ。酒を飲み交わしながら、無抵抗の人間の頭を撃ち抜くのが最高に雅とされてる」
「このゲーム、どこまで人間が醜くなれるかの模擬実験だったりしない?」
赤髪プレイヤーは、ボクに解説してくれる。
ファイナル・エンドをプレイした人間の感想は、二種類に分かれる。
『この世で最も神ゲーに近いクソゲー』か『もう二度と、戦争を起こしてはいけないと思いました』、だ。
後者を吐いたプレイヤーは、この上陸作戦を突破できず、正気を失ってしまった哀れな鴨だと。
「でも、こうして、安全地帯で眺めてると」
ボクは、チュートリアルをスキップしたプレイヤーたちが、棒立ちで消し飛ばされていく風景を眺める。
「なんだか、心地いいよね……」
「初心者、あんた、さては、頭ファイナル・エンドだな?」
初対面の人間に、なんて暴言吐いてるんだコイツ。殺すぞ。
「ていうか、あんた、そのプレイヤーネーム……ミナト!? チュートリアルをクリアした、あのミナトか!?」
どうやら、ビギナー救出作戦を行っているらしい、格好いい装備を身に着けた連中たちがざわめき始める。
その話題の中心にいるボクは、チュートリアルをクリアしただけで、異常者として視られるこの世界は狂ってるなと思った。
「今、あんた、すげぇ噂になってるよ。人気の的だ。懸賞金は数秒単位で吊り上がってるし、最早、ユニークモンスター扱いされてて、掲示板ではドロップするアイテム表が勝手に何個も作成されてる」
「この世界では、人権侵害が挨拶代わりなの?」
なんで、人をユニークモンスター化させて、勝手にドロップ品を設定してるんだよ。殺意の捻じ曲がり方が、異常者のソレでしょ。
「とりあえず、絶対に立ったりするなよ。この『ふわふわ海辺』で死ぬと、リスポーン地点が塹壕の外だから、狙撃手たちにリスキルされるからな。そうなったら最後、奴らがログアウトするタイミングを狙ってログインするしかなくなる」
コレが、本当のログインゲーってね!
「リスポーン地点に、塹壕掘るのは無理なの?」
「無理。リスポーン地点の地形には、プレイヤーは干渉できない。設置物も置けないようになってる」
「なのに、プレイヤーの攻撃は当たるのか……」
赤髪プレイヤーは、閃光が飛んできている遥か彼方を指差す。
「このゲーム、他プレイヤーへの攻撃が許されてる『PVPエリア』と、許されてない『PVP禁止エリア』があるんだが――」
「『PVPエリア』内では、攻撃が可能だから、そのエリアの端から遠距離攻撃で狙い撃ちしてるってことか……このふわふわ海辺が、『PVP禁止エリア』であろうとも、『PVPエリア』内のプレイヤーには攻撃権があるってことね」
驚きの表情を浮かべた赤髪は、ボクをじっと見つめてささやく。
「……頭、ファイナル・エンドか?」
「次、その侮蔑語を吐いたら、現実で張り飛ばすぞ♡」
彼は、ため息を吐く。
「そういう理由で、他プレイヤーが襲われているものの、運営はこの不具合を修正する気はまったくのゼロ。それどころか、初心者殺害キャンペーンと称して、期間中にレベル10以下のプレイヤーをキルすると経験値が2倍もらえる」
クソゲーかな? クソゲーだよ(やまびこ)
新規参入を自らの手で潰すみたいな、泰然自若たる貫禄が、クソゲー王たる所以よな。
「だから、俺たちのようなプレイヤーが、少しでもビギナーが残るように支援を行ってるってわけよ」
カルガモ親子の道路横断を手伝うドキュメンタリーかな?
「まぁ、ともかく、今は攻撃がおさまるのを待と――」
「いや」
ボクは、赤髪のプレイヤーのステータスを視てニヤリと笑う。
「打って出よう」
「はっ!?」
意表を突かれた彼は、ただ、口をあんぐりと開けていた。