大前提の死
先輩(眠り状態)を挟んで、ボクは、聖罰騎士団の団長と向き合っている。
片膝を立てて座っている彼女は、色濃く残る隈の上からボクを睨みつけた。
「卿に力を貸して頂きたい」
「む・り♡ か弱い女の子に酷い要求をぶつけるな♡ ドッジボールをやる時は、美少女を狙わないのが不文律でしょ♡」
ボクに対する威圧のつもりなのか、突っ立っている聖罰騎士団たちは、こちらから姿が視える立ち位置を崩さなかった。
肉盾で急所を隠しながら、ボクは微笑を浮かべる。
「そもそも、テメーら、人にモノを頼む態度じゃねーだろ♡ 物騒な得物ぶら下げて、たったひとりを取り囲んでおきながら、『力を貸して欲しい』なんて戯言が通るとでも思ってんのか♡
失せな、ファッション力皆無のお飾り鎧どもが♡」
抜剣した聖罰騎士団に対して、団長は、咎めるように舌を鳴らした。
「卿の言う通りだ。もう、この世界は遊戯ではない。玩具をぶら下げて、話すのとは訳が異なるからな。
どうか、我々の不敬を許して頂きたい……去ね」
剣を収めた聖罰騎士団が消えて、丸腰になった団長は、鎧を脱いでアンダーウェア姿になった。
「信じられないなら、殺して頂いても構わない」
「エレノア……殺れ♡」
「人に命令してないで、そのうすぎたねぇ手を汚しなよ! もう、ドス黒くて取り返しつかないんだから!!」
言うことを聞かないNPCを蹴り飛ばし、急所を晒したボクは、無手で団長の前に座り込む。
「お互いに、腹づもりは晒して話そうか♡」
「……良い」
微笑を浮かべた彼女は、身じろぎして座り直す。
「まず、大前提から話そう。
ボクは、あなたたちには協力しない。つまり、現実世界への帰還を目指すつもりはないし、終着点に到達するつもりもない」
「なぜ?」
「死ぬから♡」
ボクは、胸の前でハートマークを作る。
「あんたたちにもわかってるでしょーが、このクソゲーの理不尽な難易度が。立ち向かうだけムダだよムダ。全員、皆殺しにされて、塵ひとつ残りはしないよ。今頃、現実世界で、ボクらが目覚めないってニュースになってるだろうし、いずれは外側から助けが来るのを待つのが一番に決まってる。
真正面から、世界に立ち向かってどうすんの?」
「逃げるのか」
――湊、この世界はね、正しい人間が正しく救われるようには作られていないの
「…………」
――この世界は、クソゲーだ
「…………」
「ミナト卿、座れ」
言われてから、ボクは、無意識に立ち上がっていたことに気づく。
指の隙間から、団長は、立ち尽くすボクを見据えた。
「33084人だ」
「なにが?」
「運営の宣言があってから、初日の死者数、引いては、現在、ファイナル・エンド世界で生存している人間の数量は8万飛んで6032人」
「…………」
「VRをプレイしている33084人もの人間が、たったの24時間で大量死したらどうなると思う?」
彼女の言いたいことがわかって、ボクは押し黙る。
「ファイナル・エンドのプレイヤーは、世界中に散らばっている。間違いなく、世界規模の大問題だ。動くのは、日本の警察だけではない。
昨今のVRの経済規模を知っているか? 安心安全の札が張られているVR上で、取り返しのつかない不祥事が一件でも起これば、死ぬのはこの世界のプレイヤーだけではない。ありとあらゆる場所で、ありとあらゆる金が動いて、ありとあらゆる人間が首を吊る。
我々が直面しているのは、ライトノベルに書かれているような、都合の良いデスゲームなんかではない。金に纏わる何事かが起これば、一般人の想像を絶するような、プロフェッショナルたちが同時に動く。
我々は、24時間以内に救助されていて然るべきだ。ひとりのヒーローが、デスゲームをクリアするような時間なんて存在しない」
「なら、なんで、ボクたちはまだココに居る?」
「体感時間だ」
団長は、眠たげな目で、ボクを捉えた。
「我々は、あたかも、ゲーム世界で一昼夜を過ごしたように思えるが……恐らく、実際には1秒も経過していない。
現状の技術を活用すれば、ドーパミンの過剰分泌で脳を異常に活性化させ、無理矢理に体感時間を引き伸ばすことは可能だ」
「つまり、ボクらは揃って薬中で、外からの助けも来ないってことか♡ 有り難いね♡」
ぴくりとも笑わずに、団長は口を開ける。
「助かる方法は、ただひとつ」
彼女は、真っ直ぐに、両目でボクを射抜いた。
「この理不尽をクリアするしかない」