明くる日にて
「湊ちゃん、明日が来るとは思ったらいかんよ」
病室。
携帯ゲーム機に夢中になっていた僕は、しかめっ面で婆さんを見つめる。
「うるせーよ、BBA。
僕は、男なんだから、女扱いするのはやめろって言ってんだろ」
「死ってのは、順序正しく、折り目正しく来てくれるもんじゃないのよ。三つ指ついて挨拶してくれるのは、白無垢の花嫁さんくらいようて。
人生なんて書くがのう、人がほんに向き合わないかんのは死のほうじゃ」
「人の話聞けや、BBA!! 急にボケてんじゃねーぞ!! MRIで脳みそ輪切りスキャンして、スカスカ具合を全病室にバラまいてやろーか!? ぁあん!?」
「急に不幸に遭っても、おかしいと思ったらいかん」
婆さんは、皺くちゃの手で、みかんを剥きながらつぶやく。
「あんたの生も死も、たらふくの人の意思で衝き動かされとる。そりゃあもう、どうしようもないことじゃ。諸法無我ゆうてな、あんたさんが、とやかく出来ることじゃあない。湊ちゃんには視えていない裏で、世の物事は回っておる」
「それ、僕のみかんだろーが!! テメェ!! さっき、自分の分、食っただろーがよォ!! なに、まともな話フリするして、人のみかんパクる言い訳並べてんだ!?」
「湊ちゃん、世界を恨んだらいかんよ」
眼鏡越しに、婆さんは、僕を見つめる。
「ただ、意思をもって――見つめてやりなさい」
急に、婆さんの姿が消えて、僕だけが取り残される。
「BBA……婆さん……? どこに行ったの……?」
冷え冷えとした病室には、大量の扉がついていて、その白い引き戸を開ける度に酩酊感を覚える。自分がどうして進んでいるのか、なにを探しているのか、わからないまま足を運び続ける。
そして、見覚えのある一室を見つけた。
「湊」
腰元まで伸びた黒髪、目元についているほくろ、常に笑みを浮かべている……病衣を着た母さんは、嬉しそうに僕を出迎えた。
「母さん、こんなところにいたの? そろそろ、帰ろう? 葵も待ってるよ。今日は、僕の誕生日じゃない。
一緒に帰ろう?」
微笑んでいる母さんは、ゆっくりと頭を振った。
「なんで? 迎えに来たんだよ? どうして、一緒に居てくれないの? なんで、ココに残ろうとするの?」
「顔を上げなさい」
「どうしてっ!? いつも、そうやって僕を突き放すの!? ちょっと前まで、笑ってたじゃない!! なんで、そんなことするのっ!?」
床には、たくさんのどんぐりが転がっている。
罪の象徴――僕は、ゆっくりと、後退って――母さんの視線に縫い留められる。
「どうやっても良い」
どこからか、虹色の羽をもった蝶が飛んでくる。大量の蝶々は、母さんの顔を覆い隠し、病室が羽ばたきに包み込まれる。母を助けなければという一心で、手を差し伸べた僕の胸に、言葉が突き刺さった。
「誰かの笑顔のために生きて」
「母さんっ!! 手をっ!! 手を握って!!」
「でも、なによりも」
蝶々の嵐の中で、母の口元だけが視えて――微笑んでいた。
「自分の笑顔のために生きなさい」
僕の叫び声が、掻き消える。
伸ばした手が、指先から消えていって……なにもかもが失せた。
目が覚める。
――このイベントは、夢じゃない
「…………」
ウィンドウに表示されているログアウトボタンを押しても、なんの反応も返ってこなかった。死者数は『33084人』の表示のままでストップしており、公式から『ドッキリでした~!』みたいなメッセージはきていない。
「クソゲーに相応しい理不尽さだぁ♡」
アレ以来、先輩は、目を瞑ったまま起きようとはしなかった。
誤って殺さない程度に、張り手をしたり鼻を押さえてみたり、起床ラッパで国家を奏でてみたりするが無反応だった。スク水姿で眠りこけている姿は、この状況下にも関わらず、どことなく滑稽に映る。
暇だったので、先輩の顔に落書きをしておいた。
「先輩」
頭を撫でながら、ボクは、彼女に語りかける。
――み、ミナト、あ、あたし、実はね
「先輩は、なにを知ってるの……いっぱい、隠してることあったんでしょ……なにか、言いかけてたもんね……」
今、思えば、先輩の挙動に不審点はあった。
――チャンネル登録者数を見せるとか、じゅ、準備が必要じゃない? こ、心の! だ、だから、そ、そういうのやめて
あの時も。
――やっぱり……あたしは、こういうの……やだ……
あの時も。
――はぁ!? じょ、冗談じゃないわよ!! 付いてこないでよ!! あんた、本当にやめてくれる!?
この時だって、あまりにも、反応が大袈裟過ぎた。
ファイナル・エンドが、ただのゲームであれば、特に疑いもしなかった言動が『おかしな点』として浮かび上がってくる。たぶん、先輩は、自分に関するなにかを、必死に隠し通そうとしていたのだ。
――このイベントが終わっても、会いに来てね
「…………」
先輩の頭を撫で続けていると――襖が開いて、エレノアが顔を出した。
「かっぷんか~! ミナトお姉ちゃん、やべーことになっちゃったね~! ご愁傷様ぁ~! 人生終了です、お疲れ様でしたぁ~!」
「さすがは、NPCだな♡ 人の心に寄り添うという機能が欠陥しておるわ♡
失せろ、心なき人工物が♡」
「そういう発言してるお姉ちゃんだって、人として必要な機能が欠落してると思うけど……寝てるのを良いことに、くぎゅーにイタズラしてたの? さいてー!」
笑いながら、エレノアが近づいてくる。
先輩の顔に書かれた『足のつくプールで、溺れ死にました』という書き込みを視て、彼女の笑みが引きつった。
「ほ、本当に最低だ、この人……」
「クソザコナメクジゆえに、意識を失うのが悪い♡」
「なんで、テンプレ・デスゲームが始まったのに、こんなに余裕なのかな……というか、ファイナル・エンド・プレイヤーの大半が、特に気にしてる様子がないのが怖いんだけど……誰も彼もが、いつもどおりだし……」
「状態異常が通常状態だから仕方ないね♡」
温泉宿から街並みを見下ろすと、さすがに殺し合いをやめたプレイヤーたちが、呑気にきつねそばやたぬきうどんを啜っていた。
係員にセクハラをして、真剣で斬りつけられながら追い回されている人の顔は、生の実感に輝いており生き生きとしている。
「ていうか、エレノアちゃん様さー、先輩と知り合いだったりするの? もしかして、先輩の真の姿とか正体とかご存知だったりする?」
「うーん」
顔をしかめたエレノアは、ボクの隣に座りながらつぶやく。
「くぎゅー、怒ると怖いから……起きたら、本人に聞いて。
もしかしたら、王子様のキスで、目を覚ますかもよ?」
「生憎、今のボクは、姫と謳われるような美少女でね」
「まー、なにはともかく、今後、どうす――」
勢いよく、襖が倒れ込んでくる。
後転したボクは、先輩の足を掴んで自分の後ろに回し、エレノアを前に押し出した。窓枠に肘鉄を食らわせて破壊し、折れた枠の鋭利な先端を侵入者側に向けて、盾の隙間から眼光を覗かせた。
「…………」
「なに、格好いい動作で、流れるように美少女を盾にしてるの!? 動作は格好いいのに、やってることはゴミクズ以下じゃん!! NPCはモノじゃないんだよ!!」
「テメー、ゴラァ♡ 隠れてねーで、名乗れオラァ♡ エレノア一派が、相手してやるっつってんだよ♡ 自己犠牲精神で凝り固まったエレノア様が、生き血を求めて、テメーの臓腑を啜りてーって泣いてるぞ♡」
林檎を喰らう蛇……廊下の奥の暗がりから、ぞろぞろと、紋章を刻んだ鎧に身を包んだ騎士たちが姿を現した。
見覚えのある顔が、ぬっと、顔を出す。
「ミナト卿」
抜身の長剣をもった聖罰騎士団……中心にいる団長は、色濃く残った隈の上からボクを睨めつける。
「話をお聞かせ願おうか」
「初恋は、小学三年生の時で~す♡ きゃっ♡ 恥ずかしぃ♡」
恋話を語るボクを見下ろして、団長は静かに口端を曲げた。




