(他人の)犠牲はつきもの
残り15時間――準備を整えたボクたちは、水中から黄金御殿の中に入る。
プレイヤーたちに決死攻撃をけしかけたお陰もあってか、破邪六相の攻撃範囲と攻撃パターンは把握することが出来ていた。
破邪六相は、水中に攻撃を行えない。
正しく言い直せば、水中は攻撃範囲“外”にあり、あたかも透明人間みたいにプレイヤーを識別出来なくなる。初撃の光線は一回こっきりで、あのデカブツの攻撃方法と言えば、地上のプレイヤーたちを六本の腕で叩き潰すくらいだった。
「…………」
ちゃぽんと、音を立てて、ボクは水面から顔を上げる。
黄金御殿の内部は、静まり返っていて、誰も侵入を阻むことはなかった。続いて、先輩が、水中から顔を出して苦笑いを浮かべる。
「上手くいっちゃったわね……5時間もかけて、“道”を作ったこともあって……嬉しいと言えば嬉しいんだけど……」
「じゃあ、計画通りに“招集”かけちゃうね♡ えーいっ♡」
ボクは、セットしておいた定型文をチャットに放流する。
瞬間、怒涛のごとく、ファイナル・エンド・プレイヤーの怒りが垂れ流される。視界を埋め尽くしている白色の文字は、憤怒と絶望に支配されていて、彼らの嘆きが透けて視えてくるかのようだった。
「じゃあ、先輩、公式配信始めちゃうよぉ♡ カワイイ・ポーズ決めてぇ♡」
「も、もう、引き返せない……えへ……えへへぇ……」
死んだ目の先輩は、あらぬ方向に目線を向けて、画面にダブルピースを送る。ボクの配信画面に、目一杯入り込んだ美少女の死に顔、続々とコメントが飛んでくる。
『頭に拳銃突き付けられてるんですか?(恐怖)』
『配信中断してたこの数時間で、なにがあったの……?』
『死んでるだろうなと思ったら死んでた』
『たかが数時間で、人の精神を破壊するな』
『劇的生死』
『ココまで、可哀想なダブルピース視たことある?』
『募金活動のポスターに載ってそう』
ブツブツと「あたしは、こんなことしたくなかった」と繰り返す先輩は、コメント欄で『俺たちも、こんなこと視たくなかった』と同意を得ていた。まだ、なにをするのかもわからない癖に酷い言い草である。
時間に余裕があるわけでもないので、ボクと先輩は、とっとと黄金御殿の頂上に出る。
見晴らしの良い屋上露天風呂からは、破邪六相のクソみたいな面構えが丸見えだった。察知範囲内には、ギリギリで入っていないのか、水中から出たボクたちには見向きもしないで宙空を漂っている。
「いたぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 公式Vtuberだ、殺せぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
黄金御殿の下から、殺意に満ちた叫び声が上がる。
地上には、有象無象のファイナル・エンド・プレイヤーが集っていて、誰もが戦士装備を身に着けていた。どいつもこいつも、戦士専用装備である『大戦死のお守り』を身に着けており、重量99999の死に導かれて“仰向け”に倒れている。
『ミナトお姉ちゃ~ん、準備終わったよぉ~!』
「ご苦労♡」
ボクは、協力者に労いの言葉をかける。
カンスト重量のせいで、仰向けにされれば、なにがどうやっても動けないプレイヤーたち……羽をもがれた羽虫たちから注がれる憎悪……立ち尽くしたボクは、愛くるしい怨嗟を浴びる。
「先輩、耳を澄ませてごらん……心地の良い憎しみだよ……これから、ボクらの絆が試されるんだ……生きの良い贄だね……♡」
「あたしは悪くないあたしは悪くないあたしは悪くないあたしは悪くないあたしは悪くないあたしは悪くないあたしは悪くないあたしは悪くないあたしは悪くないあたしは悪くないあたしは悪くないあたしは悪くない」
しゃがみこんで、自己正当化を図っている先輩の頭を撫で付ける。
集ったプレイヤーたちに、両手でメガホンを作ったボクは、アイドルみたいに可愛らしく大声を送った。
「みんな~♡ 集まってくれて、ありがとぉ~♡ ミナトの“演奏”のために、協力してくれるなんて感謝感激だよぉ~♡」
「死ね、クソがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「酷いよぉ♡ この状況を作り上げたのはボクじゃないのに♡」
係員たちの手で、続々と運び込まれてくる『光の戦士たち』……数千のプレイヤーが、仰向けにひっくり返って叫び続けている。
「やったのは、エレノアだよ♡ ボクは悪くない♡」
「指示したのは、テメェだろうがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! チャットで流れてきてんだよ、ゴミがよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
確かに、指示したのはボクである。だが、彼らを転職“させた”のはエレノアだ。
ボクの命令どおりに、エレノアは、その転職能力を悪用して温泉黄金郷内のプレイヤーをすれ違い様に『戦士』にした。
戦士を大量生産し、死地に運んできたのも、エレノアと係員たちである(君たちの安全のためだと説得したら、秒でプレイヤーたちを裏切った)。
「そうだよ♡ 確かに、キミたちを戦士にした黒幕はボクだ♡」
ボクは、艷やかに笑う。
「ボクは、この技術を――辻転職と名付けた♡」
『切捨御免!!(挨拶)』
『転職に『御免』は要らなかった……?』
『令和に現れた、人斬りVtuber』
『人間の精神性を転職で叩き斬ったクズ』
『人を壊すことに長けるな』
『命を奪ってくれるだけ、辻斬りの方がマシでは?』
『仰向けのまま、一歩たりとも動けず、生涯を終えるプレイヤーの未来はどこだ』
『早急に転職罪を制定しろ。本件を第一級転職と定義する』
『知らなかったのか? ファイナル・エンドでの転職は死を意味する』
『拙者、ファイナル・エンド・強制転職流の遣い手で御座る……いざ……!』
ボクは、チャットを用いて、匿名の定型文で『エレノアを操って、プレイヤーを戦士に転職させているのは公式Vtuber』だと情報を流した。その上で、エレノアに、背後にボクがいることを臭わせていたのでバレて当然である。
彼らの怒りのボルテージは、どんどん、上がっていく。目の前に、仇敵が存在しているのだから当たり前だ。
笑顔のボクは、待ち合わせしていた恋人に合図するかのように片手を上げた。爽やかな風が吹いて、蒼色の髪がなびく。どこからか、青春の香りがして、ボクらの絆が深まったような気がした。
「人柱を立てろ♡」
ボクの指示に従って、係員たちは、仰向けに寝転がるプレイヤーたちを立てた。顔の向きは、黄金御殿へと向けられている。つまるところ、彼らの進行方向は、仇であるボクへと導かれている。
そして、彼ら『戦士』に許されている移動方法は――
「さぁ、皆の力を合わせて♡ ふれーふれー♡ 絆の力をもって、巨悪を打倒しろぉ♡ ふぁいと♡ ふぁいと♡」
前方への『突進』だけである。
「「「「「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」」」
凄まじい勢いの突撃――あたかも、ヌーの大移動みたいにして、黒い塊と化したプレイヤーたちは黄金御殿へと突貫する。風を切って、叫声を上げながら、疾走する彼らは、怒りの力もあってか恐ろしいくらいに速い。
ドゴォ!! ドゴォ、ドゴォ、ドゴォッ!!
次々と、正面から、黄金御殿にぶち当たる。
プレイヤーたちは、儚くも美しき、蒼色のビット粒子となって消え去った。己の命を懸けて、御殿上に立つボクを“堕とす”ことにのみ心血を注いでいる。
なにせ、彼らは、戦士から転職することが出来ない。重量99999の呪いがあるがゆえに、水中からの侵入路しかない黄金御殿に入る事も叶わない。
彼らに出来るのは、野山の土を運んできて、ボクらが5時間かけて作った水上の“道”を『突進』で進むことだけだ。ソレ以外の選択肢はない。
秒針が進む度に、散ってゆく人柱。
蒼色のビット粒子が、きらきらと散らばって、きらめきながら昇天していく。ボクは、そのホタルみたいな蒼光に包まれながら、視えない指揮棒を操り、人の死で象られた音楽を奏で続ける。
ドゴォ、ドゴォ、ドゴォ、ドゴォ!!
打ち鳴らされる大音響に、ボクは、うっとりとして目を細めた。
「あぁ♡ 自己救済の鎮魂歌が聞こえる♡ 彼らは己の死によって、自分のために鎮魂の詩歌を奏で続ける♡ 先輩、胸が切ないよ♡ 皆の張り裂けんばかりの自己犠牲が♡ その気高き精神性が♡ ボクの想いを捉えて離さない♡」
「あたしとあんたは、脳みそが違う(感想)」
怒りで目の前を赤く染めた彼らは、ひたすらに絆(笑)をもって、黄金御殿へと体当たりし続けて――ついに、その巨大な御殿は、ゆっくりと倒れ始める。
「さぁ、終止符だ♡」
そう、ボクの思い描いた通りに。
「堕ちろ」
重力――勢いのついた黄金御殿は、まるで金属バットでフルスイングするみたいにして――破邪六相を殴りつける。
「Welcome to the KUSO♡」
轟音と共に、甲高い悲鳴が上がり、ド派手な水柱を立てながら――世界の敵は、水面へと叩きつけられた。