スパチャ(命)
20:00:00――あっという間に、四時間が過ぎ去った。
壊滅状態の温泉街の只中、係員の少女たちは慌ただしく動き回っている。
駆け走るNPCたちは、せっせと、設備の修復に励んでいる。時折、サボっている姿を見かけるものの、一生懸命に建材を運んだり、建物の補強を図ったりと大変そうだった。
半壊した旅館。崩れた壁にもたれかかったボクは、視線の先に在る破邪六相を見つめる。
黄金御殿の横に並び浮かぶ世界の敵は、人を寄せ付けぬ嶽のように聳えていた。
なおも、初撃ボーナス(嘘)を狙うプレイヤーたちは、破邪六相による領域能力によるものなのか、レベルが5以下に下がることはないことを知ってから、ひたすらにゾンビアタックを続けている。
あたかも、砂糖に群がるアリのようだ。
だが、その巨大な砂糖は、宙空に浮かび上がっており、アリンコの手が届かない高度に存在している。
現在、破邪六相の領域能力によって、転職制限を受けたプレイヤーは、低級職にしか就くことが出来ない。
低級職の中で、遠距離攻撃者職に相当するのは『射手』と『魔術士』だけだ。双方の射程をもってしても、攻撃が届いていないのだから、そもそも破邪六相に通用する攻撃手段は存在していないのだろう。
「…………」
「どうする、ミナトぉ……?」
早々に、諦観に浸された先輩は、浴衣に着替えて温泉旅館を満喫していた。さっきから、係員たちが運んできた海鮮料理に舌鼓を打っているので、理不尽の塊をどうにかしようというつもりはないらしい。
「次、なに食べる? あたし、なんだか、お腹減っちゃって。危急の折には、生存本能が働いて、空腹感を覚えるって本当みたいね」
「いや」
ボクは、振り返って、先輩に微笑む。
「そろそろ、堕としますか、アレ♡」
あんぐりと、大口を開いた先輩は、掴んでいた伊勢海老をぽろりと落とした。
「ど、どうにか出来るの……アレ……? あ、あんた、なにをどうやって……倒す方法の算段がついてる時点でこわいんだけど……?」
「まぁ、13連撃のゴブリンとか、オリハルコン・ヤドカリとか、重力で一歩も動けないとか……クソゲーに慣れてたら、アレくらいどうとでもなるというか……所詮、ただのデカブツというか……」
「アレをただのデカブツと言い張れるあんたが怖い」
「いや、でも、ひとつ、大問題があるんだよね」
ボクは、先輩の落とした伊勢海老を拾い上げる。殻を剥いてから、身を口に滑り込ませながら言った。
「他のプレイヤーの協力がいる♡」
「ミナトお姉ちゃん、ソレ、大問題どころか解が存在しない問題でしょ」
「うわぁ!! あんた、どっから湧いてきたのよ!?」
いつの間にか、席に着いている闖入者。
箸を握り込む形で持っているエレノアが、刺し身を突き刺して、『むぐむぐ』言いながら美味しそうに食べていた。
「そして、大変ムカつくことに、パワー系狂信者エレノアちゃんの協力も必要なんだよね♡ 協力しろオラぁ♡
もしくは、死ぬかだ。30秒で選べ」
「え~? ミナトお姉ちゃん、協力を要請する相手に対して、そんな大口叩いていいの~? エレノア、おへそ曲げて、知らんぷいぷいしちゃ――」
「30! 2――0!!!!!!!」
伊勢海老で顔面をぶん殴ると、殻が木っ端微塵になって、綺麗に剥かれた身だけが残った(自動エビ剥き機-ELEANOR)。
「で、ミナト、どうするの? ファイナル・エンド・プレイヤーなんて、言語が通じないどころか、常識を二束三文で売り飛ばしたような連中よ? 運営並びに公式Vtuberに対する憎悪は、ハッキリと目に見えるくらいなんだから、クラスに一人はいる優等生みたいにこっちの言うことを聞いたりしないわ」
「先輩は、絆ってなんだと思う?」
「……脳神経、ちゃんと通ってる?」
ボクが『絆』と口にしただけで、頭がおイカれになったと解釈するのはやめろ♡ 余計な口叩けないように、脳梁切断して、思考の架け橋を落としちゃうぞ♡
「先輩、絆とか奇跡とか愛とか、そういう諸々ってのは“外側”から視える結果に過ぎないんだよね♡ その裏におぞましいモノが潜んでいようとも、映画のラストシーンで力を合わせて戦えば、人々は絆の力だって言い切っちゃうわけ♡」
「め、目の前におぞましいモノの総本山がいるせいか、段々、あんたの考えている邪悪が透けて視えてきた……」
失礼なことを言う先輩に、ボクは、綺麗なウィンクをプレゼントする。
「ボクたち、Vtuberだぞぉ♡」
そして、笑う。
「絆とか奇跡とか愛とか……そういうのを切り貼りして、成り立ってるような業種だ……キャラクターを演じきるのがプロでしょうが♡ 視聴者の喜ぶ配信を作り上げるためなら、命も魂もこのクソゲーも、なにもかも捧げきって笑うのが本質ってヤツじゃあないのかい♡ 視聴者からの投げ銭だって、彼らの命を削り取ってるようなものだもの♡
つまるところ、ボクらは、常日頃から屍の上に立っている♡」
両手の指を格子状にして、ボクは、その中心に捉えた先輩を覗き込む。引き攣った笑顔の先輩に、最高の笑顔をお届けした。
「ファイナル・エンド・プレイヤーなんて、二足歩行するただの贄だ♡ 如何なる時代でも、犠牲はつきもの♡ 昔は、建物ひとつ組み立てるのにだって、大量の生贄が捧げられてたんだ♡
このクソゲーの発展のために、命も魂も絆も、ぜーんぶ捧げてもらおうよ♡」
笑うボクに対して、怯える先輩の両目は、忙しなく動き回っている。
あたかも、逃げ道を探すように。
「さぁ、先輩、一緒に建てようよ♡」
その逃げ道を、そっと塞いで、ボクは先輩に向かって両手を広げる。
「立派な人柱♡」
諦めたかのように、死んだ目の先輩は、にへらと笑った。