剿滅《アナテマ》
「テメェ、つぶあん派か♡
ぶち殺――」
先輩に口を塞がれて、喧嘩を売ってきた相手への口撃が止まる。
「バカ……! あの子が、聖罰騎士団の騎士団長よ……! 関わるだけ損なんだから黙ってなさい……!」
ボクと団長の間に入った先輩は、とりなすようにして微笑みを浮かべる。
「あ、あたしたちは、たまたま通りかかっただけなのよ。別にあなたたちになにかしようってわけでもないし、なにをしようとも咎めるつもりなんてない。
というわけで、お暇させてもら――」
「ミナト卿と見受けられるが」
顔色の悪い団長は、無駄に丁重にボクへと問いかける。
「卿の噂は、かねがね聞いている……罪なき者を殺す殲滅者だと……先日も、マグロの群れをもって、虐殺を引き起こしたと伺ったが事実か?」
顔を真っ青にした先輩が、なにかを言う前にボクは一歩踏み出した。
「だったら、なんだよ♡ あ~ん?♡ たかだか、数十人殺した程度で、自治体気取りで処刑パーティーでも開くつもりか?♡ ファイナル・エンド流のご挨拶をぶちかましただけで、テメーら如きに貴賤を問われる理由はねーんだよ♡」
「み、ミナト!! ば、ばかっ!!」
先輩に服を引っ張られながら、ボクは更に前に出た。
「いや、勘違いはしないでくれ」
長剣を片手で回しながら、こちらに近づいてくる団長は微笑を浮かべる。
「卿の言うとおりだ。たかだか、挨拶くらいで咎め立てるつもりはない。ファイナル・エンドの法を守る聖罰騎士団は、正しい教えと規律をもって、死者と生者を区別している」
「奇遇だね♡ ボクもだよ♡ ボクのファン以外は、全員、ドブ底を顔面で掃除できる雑巾みたいにしか思ってないからね♡」
ボクと団長は、顔と顔を突き合わせて――
「あっはっは!」
「ははは」
同じタイミングで、長剣を打ち払った。
「ポカミスぅ♡」
つもりで、ボクは、己の長剣を失くしていたことに気づく。
団長の剣が、ボクの首を刎ねた瞬間に『NO DAMAGE!!』の文字が視界を飛び跳ねる。群衆のひとりから風呂桶を奪って、振り向きざまに投げつけると、そこに騎士の姿はなかった。
素早く、周囲を見回し――長剣で人間を3人、串刺しにした状態で、彼らを盾にして駆け走る影――無表情で、こちらに突っ込んでくる団長を捉える。
「剿滅ッ!!」
霧のように揺らめく動き。
瞬間的に前後に『突進』した団長は、その高速前後運動によって、剣先に刺した三人の内の一人を切り離した。呆気にとられた表情で、切り離された人間は砲弾と化して、ボクの元へと突っ込んでくる。
「韓信♡」
団長目掛けて走っていたボクは、スライディング、人間砲弾の股をくぐる。水上を滑りながら、風呂桶を回収し、団長へと投げつける。
「剿滅せよッ!! 業人は煉獄に!! 罪人は処刑台に!! 来たるべき来世を見据えろ!! 秩序は死によって成り立っている!! 卿らの出廬は、剿滅によってのみ遂げられる!!
剿滅せよッ!! 剿滅せよッ!!」
人間とは思えない動きで、黒い影と化した団長は、群衆の只中を駆け走りながら“砲弾”を回収する。次々と撃ち飛ばされる人間砲弾を避けながら、ボクは彼らの手から風呂桶を回収し、駆け走りながら温泉を汲み上げる。
「ミナト水族館、出張ふれあいコーナー♡」
重さを感じた片手――すくい上げた泉豚が、膨れ上がりながら、団長へとぶちまけられる。
「人と獣は同義である!! 灰燼、等しく!! 寂光を浴びろッ!!」
剣閃のきらめき。
団長の足元、水中、下段、上段、切り上げられる。水の刃が飛来して、泉豚を切り開き、大量の温水が周囲にぶちまけられる。
「なんでもかんでも、剿滅するから本命がお留守になるんだよ♡」
既に接敵していたボクは、右拳を構える。
「滾った殺意で、自剿滅してろや♡」
そのまま、拳をブチ込もうとして――異常な速度で、堕ちてきた長剣を捉える。
「人間をやめるのをやめろ♡」
咄嗟に、風呂桶を盾にする。
パカン――明快な音がして、真っ二つになる木桶――半分と半分、切れ目から、赤い片目が覗いた。
「的を射殺せ」
猛烈な勢いの刺突。
銀色の光に貫かれながら、ボクは前へと踏み込んで団長の顔面を掴む。そのまま、足元の温泉に顔を叩きつけようとして――彼女は、空中でくるりと回転する。
「身体に噴射口でもついてんのか♡ 対人に特化したその身体能力は、友人を失くすのに役立ちそうですね♡」
予期された斬撃を視る前に、背後の闇へと飛び込む。橋の欄干が切れ落ち、空中にいたボクは、落ちてきた欄干を足がかりに跳躍する。戻りざまに、ハイキックを浴びせると、団長は後ろに仰け反って回避した。
着地。
ボクと団長は、逃げ惑う群衆の流れの中で見つめ合った。
「いい加減にしろや♡ ボクは、テメーが、浅瀬で溺れる顔がみてーんだよ♡ せっかく公式Vtuberになったんだから、溺死体のフルコースくらいご馳走しろや♡」
「哀しいな……なぜ、そこまで理解を拒む……卿の目は、まだ開かれていないのか……死の闇の中で、目を凝らしてみろ……暗愚にしか視えない光があることに気づく筈だ……」
「ただの酸素で、そこまでキマってんのすごいですね♡」
ボクらは、互いに互いを見つめる。
幾重もの思考が渦巻いて、ほぼ同時、ボクらは踏み込んで――大音量で、アナウンス音が響き渡った。
『ただいまから、イベント情報の事前告知を行います。参加方法を含めてのご説明となりますので、ウィンドウを開いてお待ち下さい』
一瞬、気を取られる。
気づいた時には、聖罰騎士団の姿は掻き消えていた。