聖罰騎士団《ジャッジメントキラー》
早速、ボクたちは、イベントの準備に勤しむ。
ボクらがイベントを主導するということを周知するために、温泉黄金郷を練り歩くことにした。
「あ、ミナトちゃんだ!! かわい~!!」
「ありがとう♡」
「ミナトだぁああああああああああああああああああああ!! うわぁああああああああああああああああああああああ!!」
「○すぞ♡」
ボクに対する反応は、見事なまでに両極端であり、『カワイイ』か『オソロシイ』の二択だった。
ボクは、ゆっくりと周囲を見回す。
風情ある街並みが並んでいる温泉街。その一部は、温泉に浸かっており、歩くだけで足湯を堪能できた。格子窓や欄干で周囲を彩る建造物は、『大正ロマン』という言葉がピタリと当てはまる。
朱色の橋の上には、なにやらプレイヤーが集っていた。
「……ん?」
橋からは、なにかがぶら下がっている。
目を凝らしてみると、直ぐに、なにが下がっているかはわかった――人だ。
縄で胴体をぐるぐる巻きにされたプレイヤーが、両手両足を封じられて吊るされている。真下には、底の見えない温泉が広がっており、不気味にも深淵を覗かせていた。
日本建築に似つかわしくない白色の鎧。
橋上を占拠している騎士たちは、揃いの紋章を鎧の肩口に刻んでいて、剣呑な光を帯びた長剣を佩いている。
林檎を喰らう蛇……毒々しい色合いの紋章は、夕暮れに照らされて、不吉の象徴として映った。
彼らは、規律正しく橋を占拠しており、集まってきたプレイヤーたちに睨みを利かせている。
「げっ」
先輩は、顔を歪めて、近くの建物に身を隠した。
「聖罰騎士団……なんで、こんなところにいるのよ……み、ミナト! こっち! 早く隠れて!!」
温泉まんじゅうを食べていたボクは、手招きしている先輩に引っ張り込まれる。建物の陰から騎士たちを見守っていると、彼らは、なにかを探すかのように辺りを見回していた。
「先輩、こしあん派? つぶあん派?
ボクは、こしあん派……回答によっては殺すけど……?」
「まんじゅうで殺し合ってる場合じゃない……! 視なさい……アレ、聖罰騎士団よ……! ミナトを探し回ってるとは聞いてたけど、イベント中にやらかすつもりじゃないでしょうね……!」
「なに、聖罰騎士団って?」
ボクは、ポケットの中から、温泉卵を取り出して食べ始める。ファイナル・エンド上でも、しっかりと味覚は感じるものの、お腹は膨れないので、なんだか虚無感を感じた。
「ファイナル・エンドで、最大級の規模をもつPKギルドよ。公式どころか誰もなにも言ってないし頼んでもないのに、ゲーム内の自治活動という名のPKを行ってるの」
「ふーん……どちらにせよ、都市領域なんだから、手出しなんて出来ないじゃん。
放っておけば良いんじゃない?」
パックに入った醤油ダレを垂らして、ボクは、とろける温泉卵を口に放り入れる。黄身が口中でとろりと崩れて、温かさと醤油の味わいが口いっぱいに広がった。
「あのね!
アイツらは、そんなレベルじゃ言い表せな――」
「2キログラムだ」
底冷えするような声音――騎士たちは、無言で身を引いて、中心で死体に腰掛けている“ひとりの騎士”を見せつけた。
癖っ毛だらけの金髪、目元に色濃く出た隈、爛々と光り輝いている赤色の瞳……痩身の女性騎士は、死者に腰掛けたまま、ささやくように苦笑した。
「人の命の重さの話をしている。道徳の授業だ。是非とも、卿らに聞いて欲しい。我々は、命について語り合いたい」
たっぷりと沈黙を溜めてから、彼女は口を開いた。
「拳銃の引き金の重さは、たったの2キログラム……ボールペンをノックするくらいの気軽さで、人の命を奪えるということを理解して欲しい。
我々は、卿らの蒙を啓きたいのだ」
彼女は、長剣の柄を指先で叩く……死、死、死。
立ち上がった彼女は、橋の高欄へと飛び上がる。音もなく着地し、死の訪れを予感させる黒猫みたいに、身を揺らしながら話した。
「殺人とは、古来より用いられてきた交流である。人間同士が出逢って、最初に行われる“会話”は、口ではなく刃で紡がれる。歴史の教科書を読み返せば、卿らは、雄大な交流の記録を鑑みることが出来るだろう」
「ふ、ふざけるんじゃねぇ!!」
橋に吊るされていた男が、叫び声を上げる。
「あ、頭おかしいんじゃねぇのか!! な、なにが『的を射殺せ!!』だ!! 急に襲いかかってきやがって!!
俺は、ただ、ゲーム内でゴミを捨てただ――」
彼女は、仲間の騎士から縄を受け取って――離した。
水音を立てて、彼の頭が、温泉の中へと沈んだ。酸素ゲージが表示され、藻掻いていた彼は、ろくに抵抗も出来ずに溺死する。
橋の上にあった死体の上に、引き上げた溺死体を積み上げる。一段高くなった死の椅子に、彼女は腰掛けた(アイスクリームかよ)。
「ポイ捨ては、死罪だ。死によって、蒙は啓かれた。
ちなみに」
彼女の赤い目が――
「こしあん派も死罪だ」
真っ直ぐに、ボクを射抜いた。