温泉で作戦会議とかしたいよね
頂上。
黄金御殿の天辺からは、金色に輝く温泉が、勢いよく噴き上げている……ボクと先輩は、噴き出し口から頂点に飛び出した。
斜めった屋根からは、金色に染まる泉が地上へと流れ落ちている。檜皮葺の屋根に身を滑らせて落ちそうになるが、元々、入浴場として設定されていたのか、縁によって身体が止まる。
頂上部分には、畳張りの円形浴槽も存在していた。
いそいそと、ボクたちは、屋根をよじ登る。貸し切りの檜風呂に入って、ようやく安堵の息を吐いた。
「長い……戦いだったね……」
「大体、あんたのせいだけどね……」
先輩と並んでお風呂に入りながら、ボクは、心地の良い感覚に身を任せる。
頂上の浴槽からは、温泉黄金郷を一望することが出来た。
半分、温泉に浸かっている温泉街では、水着から浴衣に着替えたプレイヤーたちが、桶を持ちながら闊歩している。ボクらがマグロに襲われた入口付近の『温泉湖』では、水鉄砲でサバゲーをしている連中がいた。
遠くに視える裾野では、狐と狸の耳を生やしたNPCが、なぜか殴り合いの喧嘩をしていた。眺めていると、NPC側が狐火らしきものをプレイヤーに着火して、燃え盛る人間たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
「で、先輩、そろそろ詳細を聞きましょうか」
「チラシは視た?」
犬かきで浴槽内を泳いでいたボクは、忠犬よろしく、先輩の元へと向かう。
先輩の広げたウィンドウには、ファイナル・エンド内で、定期的に告知されている『ファイナル・ニュース』が映っていた。大半は、運営からのアップデートや注意喚起の通知だが、たまにイベント情報が流れてきたりもする。
ファイナル・ニュースの大見出しには、温泉黄金郷全域を用いた『ワールドボス』討伐イベントを開始するとの記載があった。
「ワールドボス?」
ボクの疑問に、半身を浮かせている先輩が答える。
「簡単に言えば、ファイナル・エンドのサーバー内で、一体しか湧かない特別な敵キャラクターのことね。ファイナル・エンドにログインしている全プレイヤーで、パーティーを組んで、討伐を行う超大規模戦の相手よ」
ぷかぷかと、温泉に浮かびながら、ボクは小首を傾げる。
「いや、それ、勝手にプレイヤーが戦ってれば良くない……? わざわざ、大規模イベントとか告知を出して、公式Vtuberに音頭を取らせる程のこと?」
「ワールドボスの討伐は、時間単位で終了するものじゃない。日単位よ。そこまで大規模な敵を用意するのには、金も時間も愛情もたっぷりとかかってる。運営からしてみれば、このタイミングで、出来るだけ稼いでおきたいのよ」
よくよく考えてみれば、ファイナル・エンドはクソゲーゆえの人気で、利益比率としては公式Vtuberたちの配信業が殆どを占めている。
そう考えてみると、公式Vtuberを要として、スポンサー契約を結んだ企業の宣伝や広告での儲けを考えるのは当然と言える。むしろ、今回のイベントの主役は、ワールドボスではなくて公式Vtuberなのかもしれない。
「つまり、ワールドボス戦には、運営による引き伸ばし策が投じられている?」
「YES」
欠伸をした先輩は、夕焼け空を仰ぐ。
いつの間にやら、ゲーム世界は、夕暮れを迎えている。差し込んだ橙光が、水中で金に混じって、妖艶に揺らいでいた。
「ワールドボスは、一定量のダメージを受けると形態を変える。ボスは、形態が変化する度に、一旦、撤退する設定になってる。つまるところ、プレイヤーには複数回の勝利が設定されていて、決着が近づく度に盛り上がりは増していくってこと。
ほら、あそこの温泉街の辺り。あそこで、たぶん、大量の屋台やらが出て、本当のお祭りみたいになるわよ。周辺の旅館だって、もう予約は一杯で、宿泊費は高騰してるし」
「で、合間合間の空き時間に、盛り上がりを持続させるための細やかな気遣いが必要ってことね……ファイナル・エンド・プレイヤーの介護とか吐き気がする♡」
ため息を吐いた先輩は、パチャパチャと水面を波立たせた。
「で、その『細やかな気遣い』については、あたしたちで考えろっていう“上”からのお達しよ。嬉しいわね」
「細やかな気遣いで、堕天させてやろうか♡」
「まぁ、考えられるのは」
先輩は、立ち上がって、下方に広がる裾野を指した。
「あそこにステージを設置して、事前に告知を行い、トークイベントをするとか」
「公式Vtuberかよ♡」
「公式Vtuberでしょ……?」
そう言えば、そうだった。
「あとは、歌とダンスを披露するとか……外部モジュールを導入すれば、勝手に身体が動いてくれるから、練習やらの時間もとられないでしょうし」
「ファイナル・エンド・プレイヤーが、歌と踊りの鑑賞なんて刺激で満足するとは思えないんだけど……アイツら、ステージが爆発四散して天が裂けるくらいやらないと、まともに喜ばないと思うよ……?」
苦笑した先輩は、温泉の中に体育座りで座り込む。
「ダメだわ、あたしの正常な脳では、良いアイディアが思いつかない……脳にファイナル・エンドを導入したプロの目線から意見をくれる?」
「知らないのか?♡ 脳にファイナル・エンドを導入したら、粉々に砕け散るんだぞ?♡
まぁ、幾つか、アイディアはあるよ」
諦めたように、先輩は微笑を浮かべた。
「じゃあ、任せ――」
「後悔するなよ♡」
ボクは、笑む。
「後悔……するなよ……♡」
笑ったボクを視て、先輩の笑顔は、徐々に引き攣っていった。