水中戦だし、撮れ高しか欲しくない
温泉黄金郷の水中には、生態系が成り立っていて、豊富な種類の魚介類が棲み着いていた。
先輩が、水中から生け捕りにしてきた“河豚”を口元に運んで……ボクは、それを河豚型酸素ボンベにする。
「…………」
傍から視ると、ボクが河豚に強制キスしているように視えた。
『河豚がかわいそう』
『クソゲーの生態系を破壊するな』
『攻略のために、純潔を捨てるのやめて?』
『ファースト・キスを魚介類で済ませる女』
『ガチ恋勢即死だろこんなの』
『ミナトにガチ恋してたら、そもそも、こんな配信視ない定期』
『テトロドトキシン死亡RTA』
コメント欄を横目に、ボクは、意を決して潜水する。
予想していた通り、魚介類にも酸素ゲージが存在しているらしく、ボクは河豚……いや、温泉に棲息してているのだから泉豚(仲間に、地豚がいる)の酸素を奪いながら泳ぎ始める。
黄金御殿の内部は、そこら中を魚介類が泳ぎ回っており、プレイヤーたちも探索をしている最中だった。水中で渦巻きながら、お茶漬けを食べているプレイヤーが、ボクの横を通り過ぎていってファイナル・エンドを感じる。
『ミナト、視える?』
口が塞がれるので、水中では会話が出来ない。先輩とのコミュニケーションには、チャット機能を用いることにした。
ファイナル・エンドのチャットは、ウィンドウから参照するタイプのものもあれば、プレイヤーの口元から、吹き出し型のテキストが出力されるものもある。
漫画のセリフみたいな感じで視覚化出来るので、水中でのやり取りには適していた。
『おっけー♡ ハートの文字も視覚化できちゃう♡』
『行くわよ。奥の座敷から、上に上がれるみたい』
酸素ゲージがなくなったので、使い捨ての泉豚を放り捨てて、漂っていたチョウチンアンコウを口元に当てる。
「…………」
『あんた、頬の内側から発光してるみたいでキモいわよ……?』
中指を立ててから、蹴り出して、バタ足で泳ぐ先輩を追いかける。浮力等の調整は、ゲーム式なのか、泳ぐ分には特に抵抗を受けない。
襖を開けながら、どんどん、奥の座敷へと進んでいく。
「…………!!」
「………………!!」
「!!!!!!」
大量の泡を噴きながら、三味線をかき鳴らし、和太鼓を打ち付け、尺八を吹きまくっているバンドグループに出くわす。
「!!!!!!!!!」
「!?!?!?!?!?!?」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ボクらの前で、急に溺死して、楽器ごとぷかりと浮き上がる。
『ボクには、理解できないタイプのロックだ……』
『ファイナル・エンドに理解できる部分は存在しないから』
先輩は、酸素供給ポイントから酸素を確保しながら、上階へと続いている長い廊下へと飛び出した。
スク水姿の先輩は、親指で上方を指差す。
『先輩』
付いてこないボクを振り返って、先輩は小首を傾げる。
『なんか、下の方、動いてない?』
先輩は、ボクの視線に釣られて、下方に広がる暗闇を見つめる。目を凝らしているようだが、特になにも見つけられなかったのか肩を竦めた。
『いや、なんか、動い――』
水が、揺らぐ。
瞬間、闇の中から、赤い紐が飛び出し、先輩の足に絡みついた。
『んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!?』
藻掻いている先輩の下、仄かに発光し始めた謎の物体……姿を現した蛍光色のイソギンチャクは、うねうねと巨体を波立たせながら先輩に触手を絡ませる。
『…………』
『ちょっ!? いやっ!? み、ミナト!! た、たすけっ!!』
『…………』
『み、ミナト!?』
『…………』
『ミナトさんっ!?』
ボクは、両手の親指と人差し指でファインダーを作る。
『撮れ高だから』
『はぁ!?』
首やら胴体にまで、触手が絡まった先輩は、必死にバタ足しながらチャットで叫ぶ。
『撮れ高だから……たすけられない……』
『あんた、なに言ってんの!?
こんな残虐シーン、誰も望んでるわけないで――』
一瞬にして、大量のコメントが流れ出す。
『たすかる』
『●REC』
『神に感謝(一世紀ぶり、通算一回目)』
『お母さんが、イソギンチャク✕美少女は勝利の方程式だって……』
『俺たちは、なんて無力なんだ(笑顔)』
「クソガボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!!!!」
泡を吐き出しながら、先輩は、全力でバタ足をする。
ボクは、両腕を組んで、先輩とイソギンチャクの綱引きを見守っていたが、埒が明かないので、イソギンチャクの触手を掴んで引っ張り始める。
『…………(無言の助太刀)』
「ブッコロスバボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!!」
どこからともなく、噂を聞きつけてきたナイスガイたちが、音もなく触手を引っ張り始めた。
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
『普段、クソみたいな殺し合いばっかりしてる癖に、こういう時の連携は完璧なのやめなさいよっ!!!』
ボクらは、必死に、触手を引っ張る。
『おーえす♡ おーえす♡』
『負けてたまるかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
ファイナル・エンド中の意思が、イソギンチャクの触手へと集まって、彼の侠気に報いようと力を合わせる。
それは、美しき共同作業。水中に滲む汗は、いずれ、友情の架け橋となるだろう。
脊椎動物と無脊椎動物のファースト・コンタクトは、触手によって、確かに、結ばれ――ボクの身体が、触手に絡め取られる。
『ちょっ♡』
あっという間に、引っ張り込まれる。他の同士たちも『あぁ……』と諦観の声を上げながら、捕食されていった。
勝ち誇った先輩が、ニヤリと笑い――
「がぼっ……!」
酸素ゲージがなくなって死亡し、イソギンチャクに引っ張り込まれて食べられる。
結局、先輩が、ボクとイソギンチャクを乗り越えて、黄金御殿の最上階に辿り着いたのは……数時間後のことだった(努力はしたが、撮れ高はなかった)。