人間浄瑠璃『クソゲ心中』
飛びかかってくる黒マグロ――先輩を突き飛ばす。
下がった瞬間、顔先を食い破られる。宙を飛んできたマグロが、ガチガチと歯を鳴らしながら上陸していた。
黒色のきらめき、数メートルにも及ぶ跳躍。
上空から飛びついてきたマグロを引きつけてから、ひらりと身を躱し――瞬時に反転してきたマグロが、脛に齧りついてくる。
「お触りはNG♡」
後方に跳んで避ける。
魚介類の群れは、宙空を自在に飛翔していた。彼らの尾びれからは、大量の熱水が噴き出され、その勢いをもって空を飛んでいる。
尾びれに空いている複数個の穴から、溜め込んだ温泉を吐き出して、噴射剤としているらしい……言うなれば、泉流噴射。
「ファイナル・エンドのマグロは、海空両用ってか♡ 人を殺すために、マグロをやめる心意気に死死♡」
ブシュゥウウウウウウウウウ!!
大量の湯気と共に噴き出される熱水、急降下してくるマグロを避けまくる。大量に飛んでくるマグロたちは、あたかも、冒険の拠点でプレイしたクソ・インベーダーのような高速移動を完備していた。
「クソ・弾幕は、予習済み♡ 復習は望んでません♡」
マグロが衝突する度、派手に上がる水しぶき。ビキニのフリルを揺らし、熱い雨を浴びながら回避に専念する。
ステップを踏みながら後退、顔面から地面に滑り込んでいた先輩を回収する。
「…………」
「先輩♡ 『とりあえず生』みたいな感覚で、浅瀬で溺れ死ぬのやめて♡ マグロ本隊が到着する前に逃げるよ♡ ただし、クソゲーからは逃げられない♡」
「…………」
ぐったりとしている先輩を浮き輪に乗せて――思い切り蹴り出す。
濡れて滑りやすくなっている岩上、高速で回転しながら、浮き輪先輩は真っ直ぐに突き進む。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」
先輩の軌跡を沿うようにして、マグロたちは突っ込んでいき、浮き輪に乗った先輩は寸でのところで危機を逃れる。
ピンク色の輪の中にお尻がハマっている先輩は、ぶんぶんと腕を振り回しながら、楽しそうに泣き叫んでいた。
ボクは、先輩を追いかけながら、落ちているビート板を拾い上げる。
「クソゲー・サーフィン♡」
自分の進行方向に放り投げて、走りながら跳躍――勢いをつけてからビート板に乗り、水飛沫を上げながら滑る。
「クソゲー・サーフィンは命がけ♡」
高速で滑走するボクへとマグロが飛び込んでくる。ボクの背中を擦りつけながら、地面に衝突して大音響を立てる。
ドゴォン!! ドゴォン!! ドゴォン!!
視界上に表示されるHPゲージ。
熱水を浴びるボクは、自分のHPが0.1ずつ削れていくのを目の当たりにする。
「HP1しかないから、かすり傷で死ぬ♡ カスダメで死ぬ♡ クソゲーの強い殺意に擦られて、死へと誘われちゃう♡」
悲鳴を上げながら、目を回している先輩に追いつく。
滑りながら、浮き輪のヒモをキャッチ。片足で地を蹴りつけて、スピードアップ。浮き輪・イン・ザ・先輩を引き連れて逃げる。
目の前に視えてくる『女子更衣室』……笑顔の係員が、謎のスイッチを押した瞬間、入り口の鋼鉄製シャッターが下り始める。
「おい、ゴラァ♡ か弱き女の子が必死に逃げ込もうとしている希望を、目の前で閉ざそうとしてんじゃねーぞ♡ 人間の希望を閉ざすのは、クソゲーの義務なんですか♡
美少女虐待罪で、有罪判決受けることになるぞ♡ ボクのファンが黙ってねーからな♡」
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
「ここぞとばかりに黙ってんじゃねーぞ、クソども♡」
安全地帯にいる係員Ⅰ号は、避難中のプレイヤーたちに白いハンカチを振った。
「すみません……我々、係員には、お客様を守る義務があるのです……クレームとかこわいので……」
「テメー♡ ボクらもお客様だろうが♡」
「死人は、金も払ってくれないしクレームも入れてこないので……」
「営利主義が人の形をとるのはやめろ♡ その顔面に、六文銭、叩きつけてやるからなァ♡ あの世からのクレーム対応で、呪術的鬱を引き起こしたるわ♡」
スイッチの筐体が歪むくらいに、『下』ボタンを力強く押しながら、係員Ⅰ号はぐすんぐすんと泣き始める。
「力不足をゆるして……私たちは無罪……カルネアデスの舟板って知ってますか……お死にになったら、調べて、我々に罪がないことを理解してくださいね……」
「最期まで、保身たっぷり♡」
「では、さような――」
「正義を相手の顔面にシュゥゥゥーッ!!」
「超エキサイティンッ!?」
足を離した瞬間、凄まじい勢いで射出されるビート板。導かれるようにして、係員Ⅰ号の顔面に直撃し、開閉スイッチが吹っ飛ぶ。
ゆっくりと、シャッターの降下が止まった。
ボクは、浮き輪ごと先輩を蹴りつけ、そのまま飛び乗ろうとして――
「その挙動はおかしいだろ、クソゲーがよォ!!」
物理演算が狂ったのか、直角に曲がった浮き輪は、飛び乗ろうとしたボクを置き去りにする。
頭から飛び込んだボクは、哀れ、地面の染みに――
「んぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
地面スレスレで、手を伸ばした先輩にキャッチされる。
足先で地面を捉えた先輩は、直角に曲がった浮き輪の挙動を修正し、柔らかいお腹で滑り続けるボクを必死に掴まえ続ける。
更衣室の奥から出てきた係員Ⅱ号が、真剣な表情で開閉スイッチを拾い上げる。
「受け継がれる意思……!!」
「受け継がれる殺意の間違いだろうが、このクソNPCがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
係員Ⅱ号がスイッチを押して、また、シャッターが下り始める。
0.02、0.02、0.02……!
「摩擦で死ぬ♡ 摩擦熱で死ぬ♡ 摩擦抵抗で殺される♡ クソゲーの物理エンジンは、人間を殺すために生まれたのか♡」
腹で滑るボクは、摩擦でダメージを喰らい続ける。
無情にも、シャッターは、生と死の境目を作り上げようとしていた。勝利を確信した係員Ⅱ号は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「み、ミナトぉ……! こ、このままの速度じゃあ、ま、間に合わない……!」
「だったら♡」
ボクは、背後から飛び込んできたマグロを両足でキャッチして――
「クソ火力で、押し切ったるわボケがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
恐ろしい勢いで、加速する。
泉流噴射――尾びれから噴射される温泉に押し出され、宙を飛んだボクたちは、女子更衣室へと突っ込んでいく。
全身で受ける強風、掻き消える景色、内臓が持ち上げられる感触。
水上を駆け走る高速飛行魚体……快速急行マグロ線に乗魚して、ボクたちは、死の片道切符を差し出した。
「えっ」
驚愕で顔を歪ませる係員、一筋の黒い線と化したボクたちは、シャッターの僅かな隙間に身をねじ込ませて――
「人間浄瑠璃、クソゲ心中♡」
「「「「「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」」」
一匹の黒マグロの混入によって、シャッター内のプレイヤーも全員、もれなくお亡くなりになった。