お前、チュートリアルの意味知ってるか?
切り札の準備を終えたボクは、改めて、自分のステータスを確認してみる。
プレイヤー名:ミナト
レベル:1
職業:素人
所持金:500ルクス
HP(体力):1
MP(魔力):8
STR(筋力):6
DEX(器用さ):10
VIT(耐久):0
AGI(敏捷):25
INT(賢さ):0
LUC(運):15
スキル
☆なにが出るかな?
ジャストガード
装備
左:なし
右:木製の短剣
胴:革のシャツ
腕:革の腕甲
足:革のズボン
アクセサリー:なし
何度視ても、バランス調整を放棄しているとしか思えないステータスだが、あの最強を打倒するのに必要なのは……スキルだ。
「☆が付いてるのは、職業スキルか。その下にあるスキルは、汎用スキルっぽいが、『ジャストガード』ってのは予想が合ってれば」
目の前に広がったステータスウィンドウから、スキルの詳細画面を呼び出す。説明書に、ジャストガードの詳細説明が載っていた。
【ジャストガード】
自分に対する攻撃判定時、攻撃ルート上に重ねるようにして、一定時間内に武器を振るった際に発生する。発生時、ダメージを2分の1にまで減少する。ジャストタイミングでのガードに成功した場合は、ダメージを無効化する。
せ、説明、わかりづら……なんだよ、攻撃ルート上って……そういうのを説明するのが、チュートリアルの役割なんじゃないの?
動画が付いているようなので、ウィンドウを拡大して再生してみる。
どうやら、敵モンスターの攻撃の軌道は、蒼色の輝線として目視できるらしい。それが、『攻撃ルート』だ。輝線に重ね合わせるようにして、自分の攻撃を合わせると、ジャストガードが発生するように視える。
つまり、ボクが、ゴブリンの攻撃を無効化するには、あの超速度の攻撃に13回連続で反撃を合わせなければならない。
しかも、ボクのHPは1だ。一撃も失敗できないし、ダメージを2分の1に減少させたところで意味がない。
13回連続、ジャストタイミングでのガードを成功させる以外の道はないのだ。
「クソゲーかな?」
とは言え、打倒ゴブリンには必須に違いない。
ココでチュートリアルをスキップするということは、このクソゲーに屈することを意味する。そんなことは許されない。配信者としての魂が、クソゲーに負けるなと、ボクに訴えかけている。
コレは、練習するとして、まだまだ、問題は山積みだ。
例えば、13回連続攻撃に耐えた後に、ボクからの反撃を一撃加えたとして……それで、ゴブリンは死ぬかどうかという問題だ。
たぶん、死なない!! 十中八九、死なない!! 目には目を、歯には歯を、一撃には十三連撃をで返してくる!!
このチュートリアル・エリアで、まともにレベル上げも出来ないボクが、攻撃力に直結する筋力を上げるのは不可能……だとすれば、可能性はひとつ……
「致命の一撃……」
ゲーム内の説明書によれば、器用さと運の値が関係するとしか書いていないが、このファイナル・エンドにもクリティカルが存在する。
しかも、コレは、インタラプトVRだ。自分で身体を動かす系統のVRゲームにおいて、クリティカルの発生は、意図的に引き起こせる可能性が高い。
例えば、モンスターごとに急所部位が設定されていて、その箇所を攻撃することで確定でクリティカルが発生するとか。クリティカルで倍増するダメージ値は、器用さと運の値で変動すると考えれば十二分に有り得る。
ボクは、匍匐前進をして、標的を観察する。
右手に剣、左手に盾を構えながら、くりくりとした真っ黒な目を動かして、次の獲物を探している。
「……ま、たぶん、あそこかな」
ここらへんは、ゲーマーとしての自分を信じるしかない。
「つーわけで、再戦だゴラァアアアアアア!! 死ねやウラァアアアアアア!!」
そして、時は流れ、ボクの死体が数百も積み上げられた頃に。
ようやく、ボクは、ジャストタイミングでのガードの感覚を掴んできて、本番に望めるくらいの成長を実感することができた。
たぶん、ジャストタイミングでのガード入力猶予時間は、0.15~0.3秒だ。VR格ゲーをプレイしていた頃の経験から言って、そう離れてはいない気がする。ゴブリン野郎の一撃の速さもそんなものなので、相手の攻撃に合わせれば、ほぼ成功すると言っていい。
でも、バグによる13連撃なので、時たまタイミングがズレることがある。その時は、もう、勘によるアドリブしかない。朝飯も昼飯も夕飯も、その次の夕飯も食べずに練習してたボクを信じろ。
というわけで、本番だ。
ボクは、手頃な石を掴んで、ゴブリンの察知範囲内に一歩踏み入る――と同時、投擲、腕が伸びてくる前に接敵する。
「ゴブッ!?」
意表を突かれたゴブリンのHPゲージが、投石によるダメージでほんの少し減る。懐に潜り込んでいるボクが、短剣を抜き放った瞬間――始まる。
パキィン!!
成功、ジャストガード。
薄氷を踏みぬいたような、特徴的な破砕音。弾き飛ばした剣戟から、碧色の閃光が迸る。ジャストガード成功の証、初撃のパターンは掴んでいるので、達成感は殆どない。
ここからだ。
パパパパパパキィン!!
一気に、六回、ジャストガードが成功する。
斬るというよりは、如何に素早く、短剣をゴブリンの『攻撃ルート』に合わせるかだ。そのため、ボクは、短剣の刃に手の甲をかぶせるようにして、腕の動きに合わせた手刀を抜き放つようにして合わせている。
普通に剣で斬りつけるよりも、余程、こちらのほうがタイミングを合わせやすい。腕の延長線上として、短剣をイメージするのは難しく、こうして腕の一部として重ね合わせたほうが楽だ。
「…………」
ズレる。
バグによる13連撃が、なんらかの要因によって、タイミングがズレるのを感じる。七回目の攻撃を弾いた際に、ゴブリンの重心の位置が左方向に斜めって、顔の質感がブレたのが怪しかった。
パ――キィン!!
8回目、成功。
9、10、11、12、13――ココだッ!!
13回めの攻撃を弾いた勢いで、ボクは、ゴブリンの構えている盾の内側へと剣先を滑り込ませる。
つまり、ヤツが隠している弱点。
心臓――致命の一撃!!
赫色の閃光が、ゴブリンの左半身から噴き上がり、ヤツのHPゲージが一気に減っていって……0の手前で止まった。
「ゴブぅ!!」
勝利を予測したのか、ゴブリンはニヤリと笑って、剣を振りかぶり――
「だから」
静止した。
「マスコット気取りはやめろや――」
剣を止めたヤツの眼前、表示されているのは“ウィンドウ”。
だが、ただのウィンドウではない。事前に“濃度”と“透明度”を変更し、真っ黒に塗りつぶした“目隠し”である。
――あ? なに?
ゲーム内キャラクターが、ウィンドウに反応して“視えている”のは、既に実証済みのことだった。
「このクソゲーがァアアアアアアアアアアアアアア!!」
ボクは、真正面から切り下ろす。
ゴブリンは、呆気にとられた表情のまま、蒼色のビット粒子となって消えていった。
ゴミみたいな経験値が加算されて、ドロップ品ひとつ落とさない。だが、全能を得たかのような達成感が、ボクの全身にみなぎっていた。
「おっしゃあああああああああああああああああああああ!! ボクの勝ちだ、クソゲーがぁああああああああああああ!! オラァアアアアアアアアアアアアアア!!」
そして、ボクは、歓喜の雄叫びを上げ――
「「「「「ゴブぅ!!」」」」」
無限湧きしたゴブリンに殺された。
ボクが、突破口を確立し、最小数のゴブリンを倒してチュートリアルエリアを突破したのは――現実時間で、132時間後のことだった。
「……やっと、配信再開出来る」
コレで、一発でチュートリアルをクリア出来た天才として、ボクは持て囃されることになるだ――
「えっ」
視聴者数1032、とんでもない数字が視えて絶句する。
今まで、7人にしか視られていなかったボクの配信が、とんでもない数の人間たちに視られている。しかも、コメント数が尋常じゃない。『ファイナル・エンド、唯一の適正者』というコメントが最も多かった。
え、てことは、あの男言葉とかも聞かれてた……死ねや、運営とか言っちゃったんだけど……ボクの築き上げてきた清純なイメージが……炎上、待ったなし……ボク、終わったんじゃな――目に入る。
「え?」
ボクは、呆然とする。
「なんで?」
絶望に浸されたボクの目に、とんでもない数の投げ銭が映っていた。