移動は手段であって、目的じゃねーから!!
10分後、先輩が戻ってくる。
「やっぱり、あっちが現実だったわよ」
「う、うん……」
ボクたちは、目の前に聳える大門と白壁を見上げる。
よくよく視てみれば、白壁の隙間に両手両足を突っ込んで、ジリジリと壁を登っているプレイヤーがたくさんいた。
彼らの背中には、『10』という数字が浮き出ており、誰かが頂上に達した途端に『9』に変わる。
興味津々でボクらが見守っていると、近くにいた男性プレイヤーが笑顔で近寄ってくる。
「運営の犬がよぉ!!(公式Vtuberへの挨拶)」
「地に這いつくばるアリンコが(一般プレイヤーへの挨拶)」
挨拶を交わしたボクらは、頷き合う。
ボクは、説明を求めるために、壁を這い登るプレイヤーたちを指した。
「アレ、なに? 壁との一体化を目指す新興宗教?」
「もしかして、キミたちは『昇天』したことないの?」
「日本語で話せ♡」
苦笑した彼は、肩を竦める。
「『通行許可証』の入手難易度が異常に高いこともあって、非正規な方法、つまり、壁登りで、城街領域から抜け出そうとした勇者が多数いた。
ひたすらに真っ直ぐ、天を目指す矮小な人間……その美しき姿が、共感と感動を呼び、いつしか、その行為は『昇天』と呼ばれるようになった。
そして昨今、非正規脱出方法が競技化して、『昇天』として愛されるようになったんだ。落ちれば死ぬという欠点はあるものの、若い世代を中心に人気を集める、新生代のエクストリームスポーツさ」
「今の説明で、ひとつだけわかったことがある……お前の頭は、おかしい」
先輩は大丈夫だろうかと目をやると、彼女は、のほほんとした表情で雲を見上げていた。彼女の笑顔は、清らかで、汚れひとつない。
「キミたちも昇天するかい?」
「爽やかな笑顔で、地獄みたいなこと抜かすな♡」
「でも、キミたちは、通行許可証を持たないんだろう……? だとしたら、昇天する他ないじゃないか……? 許可をもたない人間が、選り好みするつもりかい……?」
「ミナトぉ……かえろぉよぉ……ねぇ、おうちにかえろぉ……かえろぉよぉ……!」
「帰る家は、ボクが燃やしちゃったでしょーが♡
お前のせいで、先輩が幼児退行起こしたじゃねーか!! この女性は、一般人なんだぞ!! 位を下げろ、位をよォ!!」
ボクの服裾を引っ張っていた先輩は、急に正気を取り戻して首を振った。
「み、ミナト! あ、あたしたちは公式Vtuberよ! なんでもかんでも、まずは挑戦!! なにはともあれ、挑んでみるのがあたしの正義!!」
「その気丈な心が、クソゲーでぐちゃぐちゃにされると思うと泣けてくるぅ……!」
悲しいことに、先輩はやる気満々である。彼女の心意気を買って、昇天通からルール説明を受けることにした。
「実に簡単さ。キミたちは、壁を登る。頂上に登り切るまで、死ななければ、通行許可証なしで次の領域に移動できる。
ただし、一日に昇天出来るプレイヤーの数は決まってる。最大定員数を超えた瞬間、この壁には、即死レベルの高圧電流が流れるようになってるんだ。
壁に取り付いた瞬間、背中に浮かび上がる数字が、一日の最大定員数を教えてくれるから参考にするといいさ」
人間ホイホイかな?
「おっ、また、ひとりゴールしたね」
昇天通の声に釣られて見上げると、確かに、プレイヤーの背に浮かび上がる数字が『8』へと切り替わっていた。
「み、ミナト、時間がないわよ! 早く行きましょう!
こういうのは、思い切りが大事なの! 怖がらなくてもだいじょうぶ! 先輩の飛び込みをお手本にしなさい! 行くわよ!」
「あ、ちょっ!?」
「えいっ!」
先輩が、愛らしい掛け声と共に、壁にぺたんと張り付いて――轟音。
凄まじい勢いで放たれた長槍が、空気をかき鳴らしながら到来し、先輩の頭を突き刺して壁ごと縫い付ける。
「…………」
「いやぁああああああああああああああああああああああああ!! 先輩がお手軽グロ画像みたいになってるぅううううううううううううううううううう!! きゃぁああああああああああああああああああああああああ!!」
「…………」
無言で、先輩は死亡して、トボトボと戻ってくる。
剛速槍を放った門番は、何事もなかったかのように先輩を出迎えて、ニコニコとその行方を見守る。
「…………」
『泣かないで……』
『泣かないで……』
『泣かないで……』
涙目の先輩は、木の枝でお絵かきを始めた。
「どうやら、門番は『昇天』対策のために配置されてるみたいだね♡ 先輩の串刺し姿、可愛かったよ♡」
「…………」
「な、泣かないで……」
死んだ目の先輩を励ましてから、ボクは、彼女にささやいた。
「先輩、もう一回、壁に張り付いてみて。今度は、大丈夫。
ミナトちゃんが付いてるから、安心してもいいぞ♡」
ボクは、ゆっくりと、腰の長剣を引き抜く。
「うぅ……ぅう……!」
唸って威嚇していた先輩は、意を決したのか、壁へと思い切り飛びつき――勢いよく、長槍が飛んできて――パキィン!!
「ホームラン♡」
ジャストガード――ボクは、投槍を打ち返し、門番の頭に槍先が叩き込まれる。
顔面に槍が刺さったまま、どうと、彼は倒れる。
「…………」
が、当然のように、起き上がる。
蒼色のビット粒子が彼の手元に集まって、蒼い槍が形成されていき、細かい粒子を吸い込むようにして彼は振りかぶり――投げた。
「4番バッター♡」
ボクは、打ち返し――た槍を、門番に手で掴まれる。
「うそ~ん♡」
ふたりの門番は、怒涛のごとく、大量の槍を投げてくる。
「トラップカード発動!! 自己犠牲精神!!」
「えっ!?」
引き寄せた昇天通で受けてから、穴だらけになった彼を門番たちへと蹴飛ばす。彼らが体勢を崩している間に、先行している先輩の元まで這い登る。
「ミナトぉ! あたし、壁登りの才能あったみたい! よくよく考えてみれば、あたし、他の子と比べてハイハイ出来るようになったのも早かっ――」
先輩の頭の横、長槍が突き刺さり、彼女の顔面が蒼白になる。
残り『7』、『6』、『5』……数字は、どんどん減っていく。団体で昇天に挑んでいた連中が、壁の上で歓喜の声を上げていた。
「わ! や、やば! み、ミナトぉ!! ヤバいわよぉ!! やば、やばば、やばばばいわよぉ!!」
「せ、先輩、焦るな♡ 焦りは禁物♡ 禁忌に触れるな♡」
「だ、だいじょうぶ!
焦ってな――あっ」
ものの見事に、手を滑らせて、先輩は落っこちていく。
咄嗟に手を伸ばしたものの、届かず、先輩はそのまま落下していき――
「……ッ!!」
半身。
身体を横にズラして、飛んできた長槍を掴み、槍先まで手のひらを滑らせる。そのまま、伸ばした握りを先輩へと差し出すと、彼女はソレを両手で掴んだ。
「ミナト、あんた、本当に人間!?」
「新世代クソゲー配信者なのだ♡」
飛んでくる長槍を側面から蹴飛ばしながら、先輩をフォローする。彼女が、壁を掴んだのを確認し、下方へと槍を投げつける。
「ぉおい! 酷いじゃないか、キミた――」
豪槍は、天雷となって墜落し、脳天から昇天通を貫いた。彼は、音もなくビット粒子となって消えていく。
「み、ミナト、上!! 上ぇえ!!」
いつの間にか、数字が『2』になっていた。
そして、たった今。
ボクたちの目の前で、ひとりのプレイヤーが、頂上へとたどり着いた。
「ぁ、ぁあ~……!」
悲鳴を上げた先輩は、気丈にも叫声を上げ直した。
「み、ミナト! あんただけでも、行きなさい!! 先輩は、先輩らしく、後から行くから!!」
笑顔の彼は、壁の上に上がって、仲間たちとのハグで達成感を分かち合おうとし――胸の中心から、長剣が生えた。
「…………え?」
「じょ、ジョナサァアアアアアアアアアアアアアアアアン!!」
ボクが投擲した長剣で、胸に穴を空けた彼は、よろめきながら後ずさる。
口端から蒼色のビット粒子を溢しながら、胸を押さえた彼は転落し――
「2コンボ♡」
途中で、ボクが蹴飛ばしたせいで軌道を変える。
「ギミック活用♡」
死体爆撃に巻き込まれた門番たちが潰され、彼らからの攻撃が止まった。
その隙を逃さず、ボクは、壁を這い上がった。続いて、必死に這い登ってきた先輩を引っ張り上げる。
ジョナサンの仲間たちに殴られながら(NO DAMAGE)、顔の横でダブルピース、ボクはKAWAII勝利ポーズを決める。
「やったー♡ ミナトちゃん、大勝利♡」
雪崩のごとく、白色のコメントが、目の前に落ちてくる。
『利益を生まずに、犠牲者を生み続ける女』
『勝利のために、貴女は、何人殺しましたか……?』
『ジョナサンの断末魔が、耳から離れないんですが』
『NO DAMAGEだから、衝撃に耐えれば、ワンちゃんあったのにね。耐えられないのが悪いね』
『タコ殴りにされながら、笑顔で勝利報告されても……』
泣きながら、ボクを殴り続ける団体。ボクは、片っ端から、彼らにぶちかましを食らわせる。
「どすこい♡ どすこい♡」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 助けてぇえええええええええええええええええええええ!!」
「人殺しぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
一匹一匹、丁寧に、壁から叩き落としていく。
「殴らないで、落とすんだよ♡ 物理攻撃で殺せないなら、地形ダメージで殺せばいいじゃない♡ 落下死、どんどん、狙っていけぇ~?♡」
「お、お礼を言いたいのに……あんたへの謝礼が、喉から出てこない……」
よろめいている先輩と共に、ボクは、新しい領域を見下ろす。
「ココが」
そこは、湯気立つ天然温泉と黄金御殿の広がる理想郷――
「イベントの舞台か」
温泉黄金郷。