その点、ファイナル・エンドってすごいよな! 最後まで、クソゲーたっぷりだもん!
初配信にも関わらず、想像以上の視聴者数……その数字を視た先輩は、急に、借りてきた猫みたいに静かになった。
家を失ったボクたちは、ファイナル・エンド・プレイヤーから石を投げられながら(公式Vtuberへの挨拶)、城街領域の端にまでやって来る。
目の前に聳え立つのは、天を貫かんばかりの大門だった。
鉄製の閂が拵えられた門には、遺城にも描かれていた紋章が刻まれている。門の両端には、長槍を構えた門番が待機しており、油断なく目を光らせていた。
「で、先輩? 家なき子ことボクたちは、これからどこに行くの?」
「はぁ……あんた、本当に、何も知らされてないのね……」
持ち運び用の地図を展開させた先輩は、3Dのエフェンシアを指差して、六つに分かれている領域に目線を向ける。
「私たちが今いる都市国家が、六つの領域に分かれてるのは知ってるでしょう? そして、私たちが今いるのは、その中のひとつ『城街領域』。
大規模イベントの舞台になってる領域に行くには、この大門を通っていく他ないの」
「つまり、大規模イベントに備えて、下見に行こうってこと?」
「そーゆーこと!」
ビシッと、ボクを指差した先輩は(なんで、いちいち動作がアニメキャラっぽいんだ)、鼻高々に両手を腰に当てた。
「ま~あ! 新しい領域への移動ってのは、不安になるもんだか~ら? しっかり者の先輩に、泣きついちゃっても別に良――」
「門、開けてくださ~い♡」
「聞いてないと思ってたもん!! 最初から、聞いてないと思ってたもん!!」
涙目の先輩にゲシゲシ蹴られながら、ボクは門番に声をかける。だが、彼らは、揃って首を振った。
「通行許可証がなければ通れません」
「出た出た出たよぉ!! RPGのお約束がよぉ!! いちいち、キーアイテムがないと通れませんとか、結界が破れませんとか、ラスボスには攻撃が通じませんとか!! お前らは、もうちょっと、融通ってもんを利かせても良いと思うよぉ!!」
古来からのRPGの習わし……『○○がなければ、○○できません』。
簡単に言えば、何らかのゲーム内アイテムがなければ、強制的にゲーム進行が止まる仕様のことである。魔王を倒すためには、聖剣が必要みたいなテンプレ要素で、プレイヤーの進行状況とゲームバランスを調整するのだ。
「仕方ないなぁ……」
ボクは、ため息を吐いて、先輩の肩を叩く。
「それじゃ、お願いします」
「え……なにを……?」
ボクは、驚愕で顔を歪める。
「な、なにをって!? 門番を殺すんでしょぉ!? このクソゲーが、まともな手段で、門を通らせるわけないでしょうが!! 殺すのが正当法!! ファイナル・エンドでは、殺人なんて挨拶なんですよ!!」
「わ、我々は、殺されるのか……?」
意思をもった門番が、怯えきった表情でボクを見つめる。
ボクは、満面の笑みで、彼らに答えた。
「殺されたくなかったら、とっとと開けろ♡ たかが、プログラム風情が、人間様の手を煩わせるんじゃねぇぞ♡」
「や、やめなさいよぉ!! 怖がってるでしょぉ!!」
門番にヤクザキックを浴びせていると、涙目の先輩に衣服を引っ張られる。仕方なく、彼らの足元に唾を吐いて、解放してやることにした。
「ボクは、右で。同時に殺りましょう」
「な、なに言ってるの!? 嫌に決まってるじゃん!!」
「じゃあ、ボクは左で」
「どっちを殺すかで、文句を言ってるわけじゃないんだけどぉ!? さっきから、あんた、ファイナル・エンド値の限界値超えてるわよ!?」
FN値とかいう新概念で、人を測ろうとするのやめて♡
「薄々、勘付いてたけど、先輩って常人だよね? なんで、こんなクソゲーやってるの? 親を人質にとられて? 最愛の恋人が運営に殺されて、その復讐のために? 国家規模のプロジェクトに携わってるとか?」
「そこまでの理由がないと、ファイナル・エンドはプレイ出来ないものなの……?」
観念したかのように、彼女はため息を吐いた。
「ミナトは、数少ない正規組よね?」
正規組?
聞き覚えのない用語に首を傾げると、先輩は丁寧に説明してくれる。
「ファイナル・エンドには、新規プレイヤーを確保するための“裏道”があるのよ。その裏道を通ったプレイヤーは、レベル5の状態で都市国家から開始出来る。
そういったプレイヤーのことを『非正規組』、まともにチュートリアルから始めているプレイヤーを『正規組』って呼び分けてるの」
あんな地獄を潜り抜けられるプレイヤーは、そうはいないと思っていたけど……やっぱり、仕掛けがあったか。
納得がいって、ボクは頷く。
「都市領域には、危険が少ないし、攻略情報をネットで集めればそれなりの対応が可能。
このゲーム、確かにクソゲーではあるけど、物理演算エンジンも含めて、最先端の技術が用いられているから、都市領域で遊ぶ分には意外と魅力的なのよ」
「ストックホルム症候群って知ってるぅ?♡」
「正規組の人間にこの説明をすると、皆、同じようなこと言うのよね……」
首を振ってから、先輩は、人差し指を立てる。
「でも、事実、ファイナル・エンドのアクティブユーザー数は、他の大人気VRMMOと比べても遜色ないのよ。私だって、噂のクソゲーはどんなものかってプレイし始めたら、人気に火が点いてやめられなくなったんだから」
「その人気を保つためにも、ボクと一緒に同時視聴者数10万人を目指したいってわけだ」
「私は、さっきの配信結果を視て確信した……ミナト、あんたは……」
彼女は、嬉しそうに笑う。
「ファイナル・エンドの寵児よ!!」
「最大級の侮蔑語を生み出すな♡」
「私とあんたなら、きっと、同時視聴者数10万人を目指せるわ!!
まずは、この門を突破し――」
どこからか、悲鳴が聞こえて、ボクたちは同時に空を見上げる。
青い空、黒い点。
それが、どんどん、こちらに近づいてきて――
「……ぁああああああああああああああああああああああああ!!」
ボクと先輩の間に落ちる。
凄まじい勢いで落下したプレイヤーは、蒼色のビット粒子となって弾け飛び、先輩とボクの全身に飛び散った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……先輩」
「……うん」
「……一緒に頑張ろうね」
先輩は、無言でログアウトした。