公式Vtuberとして、やることはひとつですよね♡
「ね、ねぇ……?」
「…………」
「ねぇってば!!」
冒険の拠点内にあるアーケードゲーム機……インベーダーゲームに夢中になっていたボクは、肩を叩かれて振り向く。
引き攣った笑みを浮かべる先輩こと『くぎゅー』は、猫撫で声でささやいてくる。
「こ、今後の方策を話し合いましょうよ……あ、あたしたち、きっと、仲良くなれると思うの……だから、ちょっと、相談させてもらえない……?」
「いや、ボク、宇宙人の進行速度が10倍になってるインベーダーゲームで忙しいんで……クソゲーの中にあるゲームもクソゲーとか、ファイナル・エンドのこだわりは随一か……クソゲーが……クソがクソがァ!!」
こちらの弾を華麗に避けた宇宙人が、回転しながら突撃してくる。自機が爆発四散した瞬間、思い切り、筐体を殴りつけた。
「ひっ!!」
「テメェ♡ なんで、この時代の宇宙人が、曲線で移動するんだよ♡ 8ビットとは思えない綺麗な弾幕を張るな♡ こちとら、ボムもなしで、横にしか移動できないのに、連射しながら斜め移動するのはやめろ♡ クリアさせる気がないゲームは、最早、ゲームとは呼ばないんだよ、覚えとけゴラァ♡」
クソゲーへの礼儀を忘れないボクの台パンを視て、ちっこい先輩は怯えきっていた。
視線を向けると、彼女は気丈に微笑む。
「先輩」
「な、なに……?」
ボクは、美しい笑みを彼女に向ける。
「運営を○そう」
「えっ」
決意表明の代わりに、アーケードゲーム機の画面を拳で破壊する(リアル・格ゲー)。ぱちぱちと、辺り一面に、短絡音が鳴り響き、不穏な気配が周辺に満ちていく。
「正攻法に頼る必要なんてない。最初から、諸悪の根源はハッキリとしてる。運営だよ。ヤツらを滅ぼせば、ボクらは幸せになれる。悪の総本山こと運営の命令に従って、10万人もの人間に悪意を振りまくなんてダメだ。止められるのはボクたちだけだよ。
大丈夫、コレは総意だから」
無言で、ボクは、配信を開始する。
待ってましたと言わんばかりに、冒険の拠点の床、壁、天井、あらゆるところに蒼色の文字が咲いた。
『クソゲー、死すべし。慈悲はない』
『我々、ミナト法人団体は、世のクソゲーを滅ぼすために活動を行って参りました』
『運営を○そうとする公式Vtuberは、ミナトちゃんだけ!』
『俺らのミナトが帰ってきたと思ったら、やっぱり、俺らのミナトだった』
呆気にとられている先輩に、ボクは、飾られていた斧を投げ渡す。
「だいじょうぶ♡ クソゲーのファイナル・エンドだよ♡」
「い、いや、あん――」
「お命頂戴ッ!!」
勢いをつけて、レプリカ・ハンマーを振り下ろす。凄まじい勢いで、ハンマーは筐体を食い破り、アーケードゲーム機を叩き潰す。
「お命頂戴♡ お命頂戴♡」
駆け走りながらハンマーを振るい、端から端まで、ゲーム機を破壊していく。並んでいるクソゲーをぶち壊す度、四方八方に基板が飛び散って火花が迸り、いつの間にか周囲は炎に包まれている。
「いやいやいやぁ!! ちょっとぉ!? なにしてんのよ、あんたァ!? こんなことし――ぎゃぁああああああああああああああああ!!」
アルコール度数の高そうな酒瓶を片っ端からひっくり返し、ボクは、勢いを増していく炎の中で暴れ回る。
「こんにちは~、みなさん♡ ミナトでぇ~す♡ 運営の方々の熱烈なラブコールを受けて、公式Vtuberとして活躍していくことになりましたぁ~♡ 悪いことは言わないから、とっとと、こんなクソゲーはやめろ♡ 炎をもって命ずる♡
放火は火力が命♡ 放火は火力が命♡ 火の用心♡ 火の用心♡」
「末期ファイナル・エンド患者か、あんたはァ!! 用法用量を守りなさいって、ゲーム説明にも書いてあったでしょうが!!」
先輩は、必死に、ボクのことを止めようとするがもう遅い。
業火は、全てを包み込み、崩落してきた天井があらゆるものを押し潰す。赤と橙の猛火が、四囲を舐めていって、この場を炎獄へと変えていった。
「良い子のみんなは、飲酒放火なんてしちゃダメだぞ♡ お酒はハタチになってから♡」
「い、いいから、早く!! 逃げるわよっ!!」
ボクは、先輩に引きずられて、冒険の拠点の外へと引っ張り出される。
蒼い空の下、巨大な円形ドームは燃え盛っていた。
「…………」
先輩は、ぺたんと、その場にへたれ込む。
炎に導かれるようにして、既にファイナル・エンド・プレイヤーたちが集まってきていた。
冒険の拠点に向けて投石を行っている人々もいれば、火に芋を突っ込んで焼き芋を始める連中、グループで記念撮影をしているプレイヤーもいた。
「先輩」
ボクは、レプリカの斧を持ったまま、腰を抜かしている先輩にささやく。
「なんで、冒険の拠点が燃えてるの……?」
「あんたが、今、燃やしたからでしょうがァ!! 無敵耐性を身に着けたバーサク・サイコパスか、あんたはァ!!」
興奮しっぱなしの先輩とは裏腹に、冷静なボクは首を傾げる。
「いや、このゲームの仕様上、住宅領域の一軒家には一切の攻撃が通じない筈でしょ……だから、燃えるわけなくない? ボク、悪くなくない? 無罪放免じゃない?」
「それは、一軒家の所有者じゃないプレイヤーの話でしょお!? 所有権のあるプレイヤーの攻撃は、一切が通じちゃうのぉ!! あんたは、公式Vtuberのひとりとして、冒険の拠点の所有権限を付与されてるんだから、不慮の事故で燃えちゃっても自己責任扱いだもぉん!!
自分で自分の家に、火を点ける人間に会ったことある!? ないでしょ!? 自明の理でしょうがぁ!!」
ボクは、爽やかに笑って、親指を立てる。
「今、会えたじゃん」
「おまぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
涙目で馬乗りになって、ポカポカと殴ってくる先輩の手が――急に止まる。
「えっ!?」
「え、なに? どうしたの?」
彼女の目は、同時視聴者数20352人――その数字に釘付けになって――
「に、2万人!? はぁああああ!?」
驚愕の絶叫を上げた。