さすがは、クソゲーの開発者だぁ……
『今日は、お絵かき配信していくよ~!』
笑顔のAYAKAちゃんは、今日も、楽しそうに配信を開始する。
視聴者数は、やはり少ない。高評価よりも、低評価の数の方が多かった。誹謗中傷のコメントも、垂れ流しになっている。
『では、本日も、ミナトちゃんを描きま~す! すこすこのすこ~!!』
それでも、彼女は、笑っていた。
数少ないファンたちと一緒に、楽しい時間を作り上げていて、そこには後悔や憂いは感じられなかった。
「…………」
僕は、微笑んで、高評価を押してから画面を閉じた。
リビングのソファーでぼーっとしていると、洗い物をしていた葵がテレビをつける。
宙空に投影された大画面に、日曜朝のニュース番組が映し出された。
『今、世間では、衰えを知らぬクソゲー配信が大ブーム! 若い世代を中心に人気を集めています! そんなクソゲーの中でも、生え抜きのゴミ! 現在、最も人気のあるクソゲー『ファイナル・エンド』の開発者の方に来て頂きました!
どうぞぉ!』
拍手で迎えられて、スタジオに入ってきたのはひとりの少女だった。
蒼色の瞳をもつ制服を着た少女……光学虹彩で、目の色を変えている彼女は、海のような色合いに変化する虹彩をもっていた。長身の彼女がスタジオに入ってきた瞬間、全てが静まり返り、彼女に付き従った長髪が宙を踊る。
一瞬。たったの一瞬で。
彼女は、この場を支配して、微笑の下に隷属させていた。
『こんにちは』
『え……あ、あぁ、こ、こんにちは』
生放送中だということを思い出したのか、司会のアナウンサーは甲高い声を上げる。目を奪われる美人と有名な彼女は、目の前に現れた規格外の存在を前にして、ものの見事に立ち位置を奪われていた。
『ほ、本日のゲストは、ファイナル・エンド開発者のひとり、ディレクターの『アラン・スミシー』さんです!』
『…………』
『もちろん、彼女は女性なので『アラン・スミシー』はハンドルネーム……つまり、ネット上での呼び名なのですが……あ、アランさん?』
ぼんやりと。
宙空を見つめていたアランは、ゆっくりとまばたきをする。
『このスタジオには、蝶は飛んでいないんですね』
『……は?』
小さな女の子が着けるような玩具みたいな腕時計……ボロボロで、ベルトの塗装が剥がれているソレを見下ろし、彼女は止まっている時間を確認する。
『始めましょうか。
この奴隷量産国家は、終了時間にはルーズな癖に、開始時間にはうるさい』
さすがは、ファイナル・エンドの開発者だね。生放送に出して良いタイプの人間じゃないよ、この人。
どこかで聞いたことのあるような、特徴的な声でアランは続ける。
『アイヒマンテストをご存知ですか?』
『え!? い、いや!? あ、あの!?』
原稿通りに進んでいないのだろう……女子アナは、慌てて、画面外の誰かに助けを求めるが続行の判断が下される。
『Journal of Abnormal and Social Psychologyに投稿された、権威者に付き従う人間の心理条件を示した一連の実験のことです。
スタンフォード監獄実験の派生元と言えば、わかりますか? 数多の創作物で引用されて、欠伸が出るくらいに陳腐化されていますが』
『い、いえ……』
彼女は、ぼんやりとした顔つきのまま、胸元からくしゃくしゃのノートを取り出す。異様なまでの速さで、ボールペンで一気に書き上げる。
15ボルト “BLIGHT SHOCK”(軽い衝撃)
75ボルト “MODERATE SHOCK”(中度の衝撃)
135ボルト “STRONG SHOCK”(強い衝撃)
195ボルト “VERY STRONG SHOCK”(かなり強い衝撃)
255ボルト “INTENSE SHOCK”(激しい衝撃)
315ボルト “EXTREME INTENSITY SHOCK”(はなはだしく激しい衝撃)
375ボルト “DANGER SEVERE SHOCK”(危険で苛烈な衝撃)
435ボルト “X X X”
450ボルト “X X X”
『あ、あのコレは……?』
『とある実験の話です。ある場所に集められた被験者は、全員、事前に45ボルト程度の電気ショックを受けてからその痛みを実感させられます』
ボールペンを回しながら、彼女はささやく。
『その上で、ふたり組を『生徒役』と『教師役』に分ける。ふたりは、互いの声のみが聞こえる別室に移された後、『教師』は『生徒』に対して簡単な課題を与えます。生徒が課題をクリアすれば次の課題へ、クリアできなければ、電圧を一定値引き上げてから『生徒』に電気ショックを与える。
電気ショックを与えるスイッチには、上記の表が貼り付けられているため、『教師』は相手に与えている苦痛を値として把握できる』
『…………』
『実際には、電圧は付加されていませんが、『教師』には『生徒』の声を模した合成音声だけが聞こえます。その声は、電圧を上げれば上げるほどに激しくなる。そして、330ボルトを超えたあたりでなんの反応もなくなる』
静まり返ったスタジオに、アランの声だけが響き渡る。
『実験の結果、『教師』として指名された被験者は、権威者の博士らしき白衣を着た男に促されるまま、設定値の最大ボルト数である450ボルトを3度続けて流した』
引き攣った笑顔の女子アナは、冷や汗を流しながら押し黙る。
『閉鎖状況における権威者への隷属反応……VRMMOも、同じだとは思いませんか?』
『い、いや、あの』
『プレイヤーは、閉ざされた世界で、運営とGMに踊らされている。彼らは、ゲームのルールに従って、遊ばされている。
でも――』
彼女の視線が、画面を通して、僕を射抜いた。
『中には、そうではないものもいる』
『え、えぇと……あの、このゲームの開発経緯を……お尋ねしたいなぁなんて……』
『人生は、クソゲーだ』
美しく長い指で、自分の唇を叩きながら、アランは微笑を浮かべる。
『なぜ、我々は、いつまでもこんな不完全な世界で暮らしているんでしょうか……ファイナル・エンドは、共有夢をゲームシステムに取り入れました……所詮、このゲームは、あの子が視ている悪夢に過ぎない……いずれ、私は、このゲームをもって挑戦し証明するつもりですよ……』
凪いでいる蒼い目、感情を宿さないその瞳は、静かに死にかけていた。
『人生は、いや、この世界は』
彼女は、真っ直ぐに僕を見つめる。
『クソゲーだ』
『で、では! 一旦、CMでーす!!』
画面が切り替わって、コマーシャルが始まる。
呆れ返った僕は、ソファーに座り込んだまま、ため息を吐いていた。
「ファイナル・エンドの開発者って感じの人間性だわマジで……」
気を取り直して、神ゲーでもプレイするかと思っていると――チャイムが鳴った。
「出てください。洗い物してるので」
「なに言ってんの……無理に決まってるでしょ……僕、座ってるんだよ……立ってる人間の仕事でしょ、早くして……」
エプロンで両手を拭きながらやって来た葵が、僕のことを散々に足蹴にする。踏みつけられた僕は、逃げ惑うアリのようにして玄関扉にまで避難した。
仕方なく、僕は、来客の対応をすることにした。
「は~い、どなたぁ?」
玄関扉を開ける。
「やぁ、どうも」
そこには、奇妙な出で立ちをした女性が立っていた。
「こんにちは、ファイナル・エンドの運営ですが」
彼女は、笑って――
「ミナトさん、貴女、ファイナル・エンド公式Vtuberになるつもりはありませ――」
「あるわけねぇだろ、○ね♡」
勢いよく、僕は、玄関扉を閉めた。