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クソゲー配信で、大人気Vtuberになってもいいんですかっ!?  作者: 端桜了/とまとすぱげてぃ
第二章 なんで、クソゲーなんてやるんですか?
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親愛なるキミへ

「通話を開始した途端に、盛大な嘔吐音を聞かされるとは思わなかった。

 大丈夫?」

「ファイナル・エンドから離れすぎたせいで、クソ耐性が著しく下がっててね……正常な味覚で味わう代物じゃなかったよ」


 沈黙。


 通話口から聞こえる吐息が途絶えて、また再開する。


「確かに、私の家の外壁は壊れちゃってたけど……本当に大切なモノ……中にあった家具や写真には傷一つなかった……外壁なんて、情報データを読み込み直せば、幾らでも復元できる……私に対する誹謗中傷はんで、代わりに貴女への罵詈雑言ばかり流れるようになった……」

刺激式爆薬変換クリエイト・シミュボムの爆発は、対象に設定した目標物オブジェクトにのみ効果を発揮するんだよ。

 指定した目標物オブジェクトは、キミの家の外壁と僕だけでした♡」


 息を呑んだ妖華は、苦しそうに喘ぎながらささやく。


「なんで、私を救ったの?」


 沈黙。


 僕は、背もたれに身を預けて、天井を見上げた。


「ファイナル・エンドには、感情情報エモーション・データを読み取って、表情記録フェイシャルキャプチャに変換する変換器コンバーターが搭載されてるでしょ?

 つまり、あの世界では、感情のままに表情が切り替わるんだよ」


 ソーニャちゃんの泣き顔を思い出して、僕は苦笑する。


「あの世界では、感情に対して嘘がつけない。違和感はあったんだ。キミの言葉が全て正しいとは思えなかったし、僕のことを案内してくれたキミは楽しげに視えた。

 僕と会った時、キミは、本当に嬉しそうに笑ってたよね」


 鼻をつまんだ僕は、必死に灼熱・スプリンクラーを飲み干していく。


「敵視していた僕に会ったキミが、心から笑っていた理由がわからなかった……でも、キミの家を視てわかったよ」


 昔々、PCに保存していた“画像”を画面共有で送信する。ソレを視た途端、妖華は、ひゅっと息を吸って黙り込んだ。


 ソーニャちゃんに『ボクは、ココにいる』と宣言した配信、その配信にいたのは、たった3人のファンだった。


 枢々紀(くるるぎ)ルフス、ソーニャ・スカトレフ。


「いつも、応援ありがとう♡ 久しぶりだね♡」


 そして――


「AYAKAちゃん♡」


 AYAKAこと御心・ファッキン・妖華。


 僕のPCに仕舞い込まれていた画像は、ファイナル・エンド内に存在する妖華の家の中、ロック付きの部屋に飾られていた“イラスト”だった。


 それは、僕と彼女以外には、誰が描かれているかもわからないような稚拙な絵だった。


 でも、コレは、僕が初めてもらった“大切な絵(ファン・アート)”だ。


 忘れるわけがない。忘れられるわけもない。


 それには、疑いようもない愛があふれていた。僕みたいな底辺Vtuberの配信に来てくれたファンが、精魂込めて完成させた絵だった。


 ――投げ銭(スパチャ)、投げられなくてごめんなさい


 そんなコメントと共に、投稿されたその絵は、僕の魂に刻み込まれて大事に仕舞い込まれていた。妖華の家で、あの絵を視た瞬間に、僕は彼女を救おうと決めた。


 彼女のためならば、全てを捨てても構わないと思った。


「ほんとーに、会えて嬉しいよ♡ こんなクソゲーの坩堝るつぼにはまって、イカれた配信者しててごめんねぇ♡ 時代に捕まったって言うのかなぁ♡ クソゲー神に見初められちゃったから、女神として君臨する他なかったんだよね♡」

「……で」

「ん?」

「なんでっ!!」


 WebカメラがONになる。


 地味目な女の子が、泣きながら、カメラ越しに僕へと叫んだ。


「なんで、そんなこと言えるのっ!! わ、私、ミナトちゃんに酷いことしたんだよっ!! お、脅したんだよ!! どうして、責めないの!? 助けるのっ!? なんで、そんな風に笑うのっ!?」


 僕は、WebカメラをONにして、ひらひらと彼女に手を振った。


「だって、ボク、ミナトだもん♡」


 唖然としたAYAKAちゃんは、無言で涙を流し続ける。


「可愛いファンが、ちょこっと間違えたって許しちゃう♡ ファンじゃないヤツが誤ったら殺しちゃう♡ そんな贔屓目をもってる可愛い女の子が、ミナトちゃんなのだ♡ 無問題モーマンタイ♡ 無問題モーマンタイ♡」

「そんな……そんな汚い絵……なんで……なんで、いつまでももってるの……下手くそで、才能の欠片もなくて……みんな、バカにしたのに……どうして……貴女は……ミナトちゃんは……」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった彼女は、嗚咽を上げながら顔を上げる。


「おぼえてるのよぉ……!」

「なに言ってるの」


 ボクは、彼女に笑いかける。


「忘れるわけなんてない。最高の絵だよ。一生、ボクは、キミの絵を憶えてる。おばあちゃんになって、くたばる時にも、子供や孫にまで自慢しちゃう。こんな素晴らしい絵を描くファンがいたって。

 だってね」


 画面越し、ボクは、彼女の手に自分の手を重ねた。


「ボクは、キミの絵が大好きだから」


 AYAKAちゃんは、堪えきれずに、両手で顔を覆った。


 彼女は、泣きながら、何度も「ごめんなさい」と謝り続ける。過去の罪業をそそぐようにして、彼女の口から言葉が漏れた。


「み、みんな、わ、私の絵、ば、バカにして……そ、そしたら、わ、私の絵を褒めてくれた、み、ミナトちゃんが、う、うそついて、バカに……バカにしてるんじゃないかって……ごめ、ごめんなさぃ……ほ、ほんとうは、わ、私、み、ミナトちゃんみたいに、な、なりたくて……い、いつのまにか、わ、私には、こ、コレしか……な、なくてぇ……ま、まもりたくて……み、ミナトちゃんは、す、すごいから……う、奪われちゃうかもって……こ、公式Vtuberじゃ、な、なくなったら……げ、現実みたいに、み、みんな、私の、ま、周りから、き、消えちゃうんじゃないかって……ご、ごめ、ごめんなさ……ご、ごめ……」

「ボクは許す♡ ボクは許す♡

 でも、なんで、初心者戦争ビギナーズ・ウォーの時は、ボクのことを知らないフリをしてたの?」

「あんなの、ミナトちゃんのわけがないって思ってぇ……!」

「可及的速やかに、謝罪させてください♡」


 ようやく泣き止んだ彼女に、ボクは別れの言葉を告げる。


「ボクは、コレで引退するよ」

「ダメッ!! そんなのダ――」

「キミには、120万人のファンがいるでしょーが♡」


 ボクは、彼女に激励ウィンクを送る。


「ボクの代わりに、たくさんの人を楽しませるんだぞ♡ でも、ファイナル・エンドはやめろ♡ あんなクソゲーやめたところで、ファンは、きっと、付いてきてくれるから♡ 頼むからやめろ♡ 大切なファンの心が壊れる♡ やめろ♡

 本当にやめろ(真顔)」

「う、うん……」

「これからは、AYAKAちゃんの一ファンとして応援してるよ♡」


 ボクは、大切なファンの輪郭を指でなぞって――微笑んだ。


「がんばれ、AYAKAちゃん」

「ミナトちゃ――」


 通話を切って、彼女の連絡先を着信拒否に設定する。


「がんばれ」


 僕は、ウィッグを外して、ミナトに別れを告げる。


「がんばれ、AYAKAちゃん」


 天井に放り投げたウィッグが、宙空に蒼色の放物線を描き、役目を終えたかのようにゆっくりと落ちた。






 一週間後、僕の元にソーニャちゃんから電話がかかってくる。


「URLを送りました!! 今直ぐ、リンク先に飛んでください!! 早くっ!!」


 切羽詰まっている彼女に急かされて、僕は、慌ててリンク先に飛ぶ。


 大手動画投稿サイトに飛んで、配信画面が映った。


 そこにいたのは――御心・ファッキン・妖華――つまり、AYAKAちゃんだった。


「みんな、やっほー! 元気にしてたー? 最近、全然、配信できてなくてごめんねー! 急に大事なお知らせなんて、配信を始めちゃってびっくりしたよねー?」


 嫌な予感がした。


 思わず、僕は、腰を浮かせている。


「今日は、みんなに告白することがあります」


 真剣な顔のAYAKAちゃんは、ゆっくりとささやいた。


「私、御心・ファッキン・妖華は、ファイナル・エンドというゲームの中で、公式Vtuberという立ち位置を守るために脅迫行為を行いました」

「バカ野郎ッ!!」


 僕は、勢いよく立ち上がり、腕輪型端末リング・ターミナルからAYAKAちゃんに電話をかける。だが、繋がらない。


 呼びかけ音はそのままに、焦燥感だけが大きくなっていく。


「以前から、そういった噂が立っていたとは思いますが、実際に私が行った脅迫行為は一件のみです。Vtuberのミナトさんに対して、私は『このゲームをやめないと危害を加える』と将来的に害悪を加える意思を示しました」


 僕は、扉に身体を叩きつけて部屋の外に出る。


 腕輪型端末リング・ターミナルからは、彼女の告白配信が流れ続けていた。


「先日、配信中のミナトさんに、ゲーム内の私の家が燃やされるという出来事がありました。でも、被害は一切ありません。彼女は、私を守るために、罪をかぶって悪人のフリをしただけなんです。

 繰り返します。被害は一切ありません。全て、彼女が、私を守るためにやったことです」


 玄関に辿り着いた僕は、靴に足を突っ込んで玄関扉を押し開ける。


「私は……怖かった。自分に才能があると感じたことはありません。公式Vtuberの座を追われれば、ファンが離れると思っていました。ゲーム内で築き上げたファンとの思い出が、消えると思い込んでいました」


 走る。


 走る、走る、走る。


 喉が引き攣って、脇腹が痛くなっても、僕は必死に走り続ける。


「でも、ようやく、わかったんです」


 泣きながら、AYAKAちゃんは微笑んだ。


「あの女性ひとは、私のあんな汚い絵を憶えててくれた」


 足がもつれて、転ぶ。顔面を地面に叩きつけて、鼻から血がこぼれ落ちる。大量の血を吹き出しながら、立ち上がって走り始める。


「たったひとりでも……たったひとりでも……私のことを求めてくれる人が……愛してくれる人がいるなら……私は、きっと、がんばれる……人気なんてどうでもいい……私は、あの女性ひとみたいに正しくありたい……笑って、配信を続けたい……」

ミナト!?」


 僕は、腕を掴まれる。


 振り返ると、眉をひそめている葵が立っていた。


 汗だくになって、鼻から血を流している僕は、突っ立っている彼女を見つめる。


「どこに行くつもり……?」

「どこに行くつもりって!! それはっ!!」


 僕は、叫んで、全身の力が抜け落ちる。


「それは……」


 どこかで、配信を続けているAYAKAちゃんは笑っていた。


「久しぶりに、絵を描きました」


 綺麗な涙を流しながら、笑い続ける彼女は、そっと画面に一枚の絵を見せた。


 それは、上手いとは言い難い絵だった。大多数が苦笑するような線の引き方で、パースもなにもあったものではない。


 だが、僕にはわかる。僕にだけはわかる。


 へにゃへにゃの線で、描かれたミナトが、満面の笑みで僕を見つめて――込み上げてきた感情が、僕の胸をき上げる。


「ミナトちゃん」


 泣きながら笑った彼女は、ささやく。


「だいすき」


 配信が終了して、大量の誹謗中傷コメントが画面を埋め尽くす。


 その中には、彼女の絵が下手くそだとか、汚いだとか、才能がないだとか、散々に言う奴らがたくさんいた。


 立ち尽くした僕は、ただ、その画面を見つめ続け――渾身の力で、壁を殴りつける。


 拳が割れて、肉が覗いて、ドロドロと血が流れ始める。激痛を覚えている筈なのに、胸に感じている痛みが薄れることはない。


「ちくしょう……!」


 顔を伏せた僕は、壁に縋るようにして崩れ落ちる。


「ちく……しょう……」


 座り込んだ僕を包み込んで、葵は、ゆっくりと僕の背を叩く。


 その温かさの中で――僕は、静かに、呻き続けていた。

この話にて、第ニ章は終了となります。


ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。

次話より第三章となりますが、引き続きお読み頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
良かった……。 ファイナルエンドが脳と精神に悪影響があると知りながら隠蔽に協力していた少女は居なかったんだね……! ……悪影響、本当に無いの……?
[良い点] とてもいいお話でした。 途中でミナトちゃんが妖華ちゃんをこのゲームから切り離すために動いてるような感じはしていたのですが、最後の最後でAYAKAちゃんが自分の筋を通してしまいましたね。 …
[良い点] ふぇ……ぴえん
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