戦争ってのは、なにも殺し合うだけじゃない
真夜中の住宅領域に、赤色の光が瞬いている。
それは、燃え盛る力であった。
精密な光線追跡法で、足元の煉瓦道に投影される光は、ぼんやりとした温かみを生み出している。差し込んだ光に促されるようにして、人影がくっきりと浮かび上がる。
群れを為したのは、大量の暴徒……丈の長いローブで身を包んだ彼らは、松明を片手に、ボクを見上げた。
「諸君」
巨大なガチャポンの上から、ボクは、彼らに呼びかける。
「クソゲーとはなんだ?」
戸惑うように、暴徒たちはざわついた。誰も答えることは出来ず、餌を求めるひな鳥のようにこちらを見上げる。
「クソゲーとは……愛だ」
「それはないだ――」
「殺せっ!! 背信者だッ!!」
正論を言った暴徒が、ボクの信者の手でタコ殴りにされる。集団の中から引きずり出された彼は「神ゲー!! 神ゲー最高!! ファイナル・エンドは滅びろォ!!」と叫びながら、処理場へと連れて行かれた。
「昨夜」
たっぷりと間をとってから、ボクは続ける。
「神ゲーをプレイした」
どよめき。
ボクが片手を上げた瞬間、沈黙へと変わる。
「とても面白かった……たった2時間のプレイだったが、かけがえのない時間だった……ボクは、一度も死ぬことはなかった……まともな運営にまともなNPCにまともなプレイヤー……ストレスを感じることなんて一度もなかった……」
一度、言葉を切ってから、ボクは勢いよく叫ぶ。
「だが、そこに、生の実感はないッ!! 我々は、運営の犬として、敷かれた人生を走っているだけだった!! 矢印の方向に向かっていき、大して強くもない敵と、パターン化された戦闘を行う日々!! そこに、なんの価値がある!? 真心込めて搾取された先にあるのは、家畜として餌を享受するだけの退屈だ!!」
「そうだー!! 世界に必要なのはクソだー!!」
「我々に神ゲーなんて必要ない!! 背中から誰かを刺せないゲームに価値はない!!」
「エレノアちゃん最高!! エレノアちゃん最高!!」
紛れ込んだエレノアちゃん協会員が、秒速で排除される。
拳を振り上げながら、ボクは叫んだ。
「人生は、クソゲーだ!! 人の生きる道にこそ、愛はある!! 神ゲーなんぞ、紛い物だ!! あんな作り物の中に、愛など存在しない!! 真の愛とは!! 真綿で首を締められるが如き、苦役と艱難の中にある!! こんなクソゲーをプレイし続ける我々にこそ正義はある!!
諸君!! 我々は!! 何者だッ!?」
「「「「「クソゲーだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」」」
「燃える正義で、火を灯せ!!」
全員が、燃え盛る火炎を手にもって、高々と捧げ上げる。
赤色の信念が、闇夜の中で、熱き血潮を踊らせる。
「ココを地獄に変えろッ!! 世界を赤色に染めろッ!! このような場所は、クソゲーには相応しくない!! 仮初の平和で肥え太った豚どもに、熱く滾った鉄槌を下してやれ!! 我々にこそ、正義はあるッ!!」
ボクは、天へと業火を衝き上げた。
「燃やせぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
「「「「「燃やせ!! 燃やせ!! 燃やせ!! 燃やせ!!」」」」」
『『『『『火を!! 火を!! 火を!! 火を!!』』』』』
咆哮が世界を満たしていき――
「伝令!! 3時方向!! 妖華・ファン襲来!!
その数……およそ、3000!!」
「……来たか」
怒涛のごとく、妖華・ファンが押し寄せてくる。彼らは、揃いも揃って必死の形相で、黒い波濤となって打ち寄せた。
「妖華ちゃんの家を守れぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! 絶対にやらせるなぁあああああああああああああああああああああ!! 今までの恩を!! あの子を泣かせるなぁああああああああああああああああああああああああ!!」
野太い泣き声を上げるファンたちは、真正面から突っ込んでくる。
心の底から、妖華が好きなのだろう。最悪の場合を想定しているのか、何人もの男女が、泣きながら叫んでいた。
「砲台、構ぇえええええええええええええ!!」
ボクの号令に従って、ミナト・ファンたちは、規律正しく動き始める。
ロープをくくりつけられたガチャガチャ台は、数百人の力で引っ張り込まれて、緩慢な動作でゆっくりと位置を変えていった。
左右の調節が終了する。
ガチャポンの背面についたミナト・ファンは、思い切り力を籠めて紐を引き、台座ごとソレを浮かび上がらせる。仰角のついた排出口は、ミナト・ファンの教授陣によって、完璧に計算された弾道を描き出す。
「温度、湿度、空気抵抗、気圧、風向き、オールグリーン!!
砲撃、どうぞォ!!」
ボクは、真っ直ぐに伸ばした腕を――叩き下ろす。
「ガ口砲撃ァアアアアアアアアアアアアアア!!」
ガゴドゴォ!!
凄まじい勢いで射出されたカプセルは、放物線を描きながら、妖華ファンたちへと巨体を撃ち落とした。煉瓦道が破砕する音が響き渡り、弾け飛んだ人間たちが、まるでゴミのように蒼色ビットとなって粉微塵になる。
「よし!! 6秒右へ撃て!!」
「6秒、右撃てぇえええええええ!!」
ミナト・ファンの単眼鏡で、弾着観測したボクは、微修正してから大声で叫ぶ。
「弾籠めぇええええええええええええええええええええええええええ!!」
「「「「「ご武運を!!」」」」」
ボクは、すぐさま、ログアウトする。
机の上に大量に並べられているのは、『灼熱・スプリンクラー』……ファイナル・エンドとタイアップ企画を行っているエナジードリンクで、付いているIDコードを読み込ませると、ゲーム内でガチャを一回引くことが出来る。
クソマズいと有名なドリンクで、売れ残り多数のゴミではあるものの、砲弾の元となる貴重な資源である。
「バカなんじゃないんですか。人にこんなモノ、大量に買わせて来て」
砲弾を生み出すために、クソマズ・ドリンクを一気飲みしているボクは、水を持ってきた葵に笑みを向ける。
「だって、負けられな――ぉぇえええええええええええ!!」
「ちょっと!」
あまりのマズさに、ゲロりかけたボクは、青い顔でサムズアップする。
「いちごミルクをかけたカレーみたいな味なのに、舌触りが爬虫類みたいにヌメヌメしてて、鼻から凄まじいミント臭が突き抜けていく上に、飲み続けていると喉から謎の出血が起きるクソ・ドリンク……さすがは、ファイナル・エンド御用達のドリンクだ……地獄の底の血沼から、現世まで汲み上げてきてるだろコレ……」
「わざわざ、飲む必要あるんですか?」
「IDコードだけ抜いて売りさばく当たり前商法が流行り過ぎたせいか、メーカーが規制をかけて、内容量が空になるまでコードが出ないように対策しやがってね……さすがに、中身を飲まずに捨てるなんてことはできない……」
5本飲みきった僕は、灼熱・スプリンクラーによって殉死したファンたちに敬礼してから、再度ログインする。
ガチャガチャ台の上からは、拮抗している両者の姿が視えた。
曲射砲によって、妖華ファンの数は減っていたものの、彼らには絶対に負けられないという矜持があった。いつの間にか、眼前にまで攻め込まれていたミナト・ファンは、松明を振り回しながら接近戦に切り替える。
「マズい……想像以上に、灼熱死(エナジードリンクによる戦死者)が多い……このままだと負ける……!
豚浪士!!」
「あ、あと少し!! あと1分、もたせてください!!」
足を掴まれる。
見下ろすと、決死で顔を歪ませる妖華・ファンと目が合った。
「やぁん♡ 戦場では、マナーを守って楽しく殺戮ぅ♡」
「お、お前みたいな!! お前みたいな愉快犯にはわからないだろうけどなっ!! お、俺みたいなのは!! 俺みたいなのは、あの子の配信のお陰で、どうにか生きてこれたんだよ!!」
泣きながら、男は、ボクの足をグイグイと引っ張る。
「やめてくれ、頼むから!! あの子の居場所を奪うなよ!! お前たちから視たら、俺らみたいなのは気持ち悪いかもしれないけどなぁ!! あの子は、関係ないだろ!! 良い子なんだよ!! 本当に良い子なんだ!!」
ミナト・ファンに松明で殴りつけられ、その衝撃で顔を歪めている彼は、必死の形相でささやく。
「頼む……頼むから……あの子の居場所を奪うな……奪わないで……奪わないでください……みんなで、一生懸命に作ったんだ……泣いてたんだよ、あの子……大事なモノが詰まってるんだ……おねがい……おねがいしますから……っ!!」
「…………」
「頼む、信じてくれ……本当に……良い子なんだ……!!」
ボコボコに殴りつけられている彼に、ボクは、そっとささやく。
「昔から、知ってるよ」
「……え?」
引き剥がされた彼は、ゆっくりと落下していき、ボクは両手を広げた。
「豚浪士!!」
「出来ました!! いつでも、爆破可能です!!」
「それじゃあ」
泣きながら頷いたソーニャちゃんに、ボクはウィンクをする。
「お祭りだぁ♡」
ボクは、前へと倒れ込んで、風を切りながら落下し――ミナトファンに受け止められる。
「わっしょい♡ わっしょい♡」
戦士専用装備による重量制限で動けないボクは、戦士の運び方である『神輿』と『ゴミリレー』を組み合わせる。
妖華の家にまで続いている萌豚の伝道……人の雲の上で、ボクは、何度も打ち上げられる。
「「「「「わっしょい!! わっしょい!!」」」」」
燃え盛る松明をもって、導かれるボクは、放り投げられては受け止められる。その手にもった聖火は、神々しい光を放出し、暗闇を刺し貫いた。
「わっしょい♡ わっしょい♡」
「「「「「わっしょい!! わっしょい!!」」」」」
突発的な聖火リレー……ボクとファンが作り出した道は、何人も突き崩すことは出来ず、ついにボクは家の前へと辿り着き――
「やめてぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
絶叫が、宵闇に響き渡る。
鬼気迫る表情の御心・ファッキン・妖華は、ファンに止められながらも、懸命に手を伸ばす。涙で顔をぐちゃぐちゃにしている彼女は、髪を振り乱しながら叫んだ。
「その家だけはっ!! その家だけは、やめてっ!! な、中に、中に大切なものがあるの!! ふぁ、ファンの人たちにもらったものもあるのっ!! あ、あの写真は、壊されたら二度と復元できない!! み、みんなとの思い出が燃えちゃう!!」
「…………」
「ごめんなさい!! あ、謝るから!! わ、私が悪かったから!! だから、やめてっ!! 燃やさないで!! お願いしますから!! お願いしますからっ!! それだけは、燃やさないでくださいっ!!」
泣き崩れた妖華は、その場で土下座して、地面に額を擦りつけながら嘆願する。
「お願いします……お願いしますから……奪わないで……そ、それだけは……奪わないでください……大事な……大事なモノなんです……私には……そ、それしかないんです……おねがいします……おねがいします……」
ボクは、にっこりと笑って答える。
「知らねーよ♡」
闇を照らす火によって、ボクの顔が照らされる。真っ赤に燃え盛る松明は、光明となって宵闇を貫いた。
『燃やせ!! 燃やせ!! 燃やせ!! 燃やせ!!』
ボクの周囲を回るコメント欄から、赤色の文字が排出される。
『火を!! 火を!! 火を!! 火を!!』
チャンネル登録者数120万人……有名配信者が、莫大なゲーム内通貨を費やして建てた豪邸が目の前にあった。
ボクは、彼女の配信を欠かさず視ているから知っている。
このクソゲー世界にある大豪邸は、視聴者たちと積み上げてきたかけがえのない財産。何十時間という時を費やした努力の成果。ゲーム下手な彼女から滲み出た血と汗の結晶。
時に笑い時に泣き、彼女は、優しい視聴者たちと一緒に頑張ってきた。豪邸が完成した時に、涙声でお礼を言った彼女の姿は、ファンではないボクでさえも少しうるっときてしまった。
でも、だからこそ――
「よく燃える……」
ボクは、そっと、火種を近づける。
『復讐の業火を!! 火を!! 火を!! 火を!!』
ゆっくりと、舌で舐めるようにして、努力の成果が燃え広がっていく。
ごうごうと、燃え盛る。
火炎を背景にして、ボクは、真っ赤なコメントを抱きながら――
「この世界に」
叫ぶ。
「ようこそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
燃やし燃やされ、燃えに燃え。
「天・誅!!」
天を指した瞬間、仕込んでおいた爆薬が爆発する。凄まじい爆風に巻き込まれて、豪邸ごと、ボクの全身は消し飛び――
「ぁあ……ぁあああ……!」
慟哭が、闇に消えていった。
『さすがに、やり過ぎだろ』
『ミナト、調子にのりすぎたね。ライン超えてるわ』
『妖華、ガチ泣きだったな。前とは、全然、泣き方が違ったし』
『普通に胸糞悪いわ。笑えない』
『アンチスレの勢い、とんでもないね。面白くない誹謗中傷ばっか』
『せっかく、波にノッてたのにな。ミナトも終わりだろ』
『妖華の脅迫疑惑も、ミナトが流した嘘だったんでしょ? 妖華が悪いとか叩いてたヤツ、謝ってこいよ』
『クソゲーやってても、クソ野郎になったらダメでしょ』
『チャンネル登録解除して、低評価つけといたわ。早く謝罪しろよ』
『あーあ、また、つまんない日常に戻るのか』
チャンネル登録者数312人……たったの数週間で、ファンが一気に消えた僕は、低評価が大量についた最新動画と笑えない類の誹謗中傷を眺める。
「まぁ」
僕は、チャンネル削除のボタンの上にカーソルを動かす。
「クソゲーはクソゲーなりに、楽しかったよ」
削除ボタンを押そうとして――着信音が鳴り響く。
どこから、僕の連絡先を調べ上げたのか……着信先を確認した僕は、ため息を吐いてから、通話を開始する。
「もしもし」
「なんで」
掠れた声の御心・ファッキン・妖華は、通話口の向こうでささやいた。
「なんで、私を救ったの……?」
「さぁて」
僕は、微笑む。
「なんででしょ~か?♡」
沈黙が保たれる。
苦笑した僕は、ゆっくりと、灼熱・スプリンクラーを啜って――
「おぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
ガチで吐いた。