ゴブリンがゴブリンしてない
「は~い、ミナトで~す♡ 本日、V(RMMO)Tuberデビューを始めましたぁ♡ 初配信、楽しんでくれてますかぁ~♡」
視聴者数は、いつもの7。
早速、配信を開始すると、萌豚からチャットが飛んでくる。
『姫、お気をつけくだされ。このふぁいなる・えんどなるげえむ、容易ならぬ相手と視ましたぞ』
時々、僕の配信に顔を出す『豚浪士』からだった。いつも、ボクが配信を始めると『ぶひぃ! ぶひぃ!!(素振り)』というコメントと共に、5万円のスーパーチャットを投げてくる魔人だ。
「豚浪士さん、豚小屋からコメントありがとぉ~♡」
『ぶひぃ! ぶひぃ!!(素振り)』
豚浪士は、金払いも良いし、ちょろいのでボクのお気に入りである。
一旦、配信のカメラ撮影を中止する。ある程度、上手くプレイ出来るようになってから、配信を再開した方がウケが良さそうだからだ。
改めて、周囲を見回してみる。
キャラクターメイクを行った草原から、鬱蒼とした森の中へと飛ばされていた。
なぜ、ファンタジーゲームの初期地点は、いつも森の中なんだろう。テンプレ神みたいなのがいて、『森から始めろ……さもなければ、お前の家族を殺す』みたいな感じで、ゲーム業界が脅されているんだろうか。
そう言えば、さっきの質問の結果、どうなったかな……気になったボクは、まず、ステータスを呼び出してみることにした。
プレイヤー名:ミナト
レベル:1
職業:素人
所持金:500ルクス
HP(体力):1
MP(魔力):8
STR(筋力):6
DEX(器用さ):10
VIT(耐久):0
AGI(敏捷):25
INT(賢さ):0
LUC(運):15
スキル
☆なにが出るかな?
ジャストガード
装備
左:なし
右:木製の短剣
胴:革のシャツ
腕:革の腕甲
足:革のズボン
アクセサリー:なし
「……見間違いかな?」
ボクは、目をゴシゴシと擦って、HPの欄を見直してみる。
だが、何度視ても、そこには『1』としか書いてない。なぜ、ボクは、ゲームを始めた直後に、HP1縛りを強いられているのかな? バカかな?
それよりも、なに、賢さ0って……あの問答で、ボクはバカ認定を受けたってことかな……初手、プレイヤーを小馬鹿にするって、クソゲー王たる証なんだけど、戴冠式に出席した覚えはないんですが……
「ま、まぁ、AGI(敏捷性)でバランスとってる感じかな。一度、適当に戦ってみたら、案外、勝てるようになってるんだろうし」
丁度、目の前に、緑色の肌をもつ小型の鬼、『ゴブリン』が現れる。
ゲーム内によく登場するモンスターとして、メジャー中のメジャーだろう。基本的には雑魚モンスターとして有名で、別ゲーでは、練習台としてお世話になった覚えがある。
ファイナル・エンドは、明晰夢の原理を応用して、自分の手足を操る感覚で動ける『インタラプトVR』を導入している。小難しい解説はなしにするが、ゲーム上で、現実世界と遜色ない動作が可能ということだ。
「お! ほぼ、遅延がないじゃん。かなりのトリックプレイも出来そう」
想像力がものを言うインタラプトVRでは、有名プレイヤーによる鮮やかなプレイが、動画データとしてネット上にばらまかれている。ゲーム内での感覚を掴むために、現実で、スポーツを始める人もいるくらいだ。
というわけで、ボクも、別ゲーで培った鮮やかなプレイを見せてやりますかね。
格好をつけたボクは、逆手で短剣を構える。
くるくると手元で回転させながら、ゴブリンの背中に刃先を滑り込ま――凄まじい勢いで、ゴブリンが振り向く。
「えっ」
ぐぉん。
逆巻いた風、ゴブリンの長刀が閃いた。
瞬く間に13連撃、ボクの身体を引き破る。蒼色のビット粒子が、胴体から弾け飛び、上半身が吹き飛んだ。
ボクは、死んだ。
「いやいやいや!! なに、あの超反応!? どう考えても、後ろに目、ついてたよね!? なんで、チュートリアルエリアにいる雑魚モンスターが、当たり前のように13回攻撃してくんの!? ラスボスだって、遠慮して、そこまでしないよ!?」
暗転して、初期地点に戻されたボクは、思わず声を荒げていた。
「普通、インタラプトVRのチュートリアルって、ターン制で攻撃し合うような優しいふわふわ空間だよね……なに、あの、比類なき殺意……あまりに攻撃が速すぎて、手元がバグってたけどアイツ……というか、アレ、バグでしょ間違いなく……」
将棋で言えば、素人の3才児と対戦しようとしたら、初手、13回連続で駒を動かし始めましたみたいなもんだよ。相手が幼児だろうと、13回連続で行動するヤツ相手に、勝てるわけないだろ。ふざけんなよ、ナイツ・オブ・ラウンドかテメーは。
恐らく、一体だけ、ソースコードのミスかなにかで異常強化されたんだろう。
VRMMOは、世界を丸ごと作っているようなものなので、この時代にも関わらず、処理能力が追いつかずに遅延が出ることはたまにある。
なので、こちらの遅延によって、敵一体の速度が尋常じゃないくらいに速くなることもあるだろう。
「つーわけで、再戦だゴラァアアアアアア!! 死ねやウラァアアアアアア!!」
ボクは、正面から、ゴブリンに斬りかかって――
「ゴブぅ!!」
愛らしいかけ声と共に、13回斬られて死んだ。
「仕様だわ」
絶望したボクは、両手で顔を覆いながらささやいた。
「あのバグ自体が、仕様なんだわ……運営に『バグ発見しました』って報告したら、定型文で『仕様です』って返ってくるヤツだわ……死ねや、クソ運営……」
しかも、あのゴブリン、なにが『ゴブぅ!!』だよ。マスコット気取りかよ。背後とったら超反応で反撃して、13回連続攻撃で命を刈り取ってくる存在を、人はマスコットなんて呼ばねーんだよ。お前は、剣の時代に生まれた銃だよ。
いや、しかし、実際のところ、ココはチュートリアルエリアだ。勝てもしないバグモンスターを、設置したりするだろうか?
少しは脳みそを使えよBOYという、運営からの粋なメッセージなのではないか?
「……あぁ、そうか!」
ボクは、閃く。
「遠距離攻撃だ!!」
そう、簡単な話ではないか。ゴブリンは、弓をもっていなかった。つまり、遠距離攻撃手段をもたない。だとしたら、答えは明白じゃないか。
「やっぱり」
ボクは、落ちていた石を持ち上げる。
インタラプトVRにおける自由度は、ありとあらゆる設置物にも及ぶ……つまり、落ちている石を投げて攻撃することも出来るし、STR(腕力)を鍛えれば、大木を引っこ抜いて剣代わりにすることだって出来る。
投石。コレだ、間違いない。
ヒトは、最も上手に物を投げられる動物だと言われている。古来の狩猟の基本は、安全に反撃を受けないように、遠くから石を投げつけることだ。人類最古の攻撃法とも呼ばれ、確実な攻撃手段として名を残している。
勝ったな……とは思いつつ、ココで油断しないのがボクだ。今までの流れから言って、ゴブリン側からも、投石を返される可能性は十二分にある。大木の陰に身を隠して、木陰から一方的に石を浴びせるのがベター。
「つーわけで、再戦だゴラァアアアアアア!! 死ねやウラァアアアアアア!!」
ボクは、木の陰から、ゴブリンに投石して――
「ゴブぅ!!」
愛らしいかけ声と共に、伸びてきた腕に、13回斬られて死んだ。
「……伸びるやん」
地面に突っ伏したボクは、涙混じりにささやいた。
「腕、伸びるやん!!」
ボクは、叫んだ。
「お前!! ふざけるのも!! 大概にしろや!! 綺麗なカーブ描いて、死角から攻撃してきやがって!! 腕が伸びるバグを、殺人術として、綺麗に昇華させてるんじゃねーよ!! 誰が予想できんだ、あんなの!? ワン○ースは、空島以降、読んでねーんだよクソがッ!!」
ついには、積極的にボクを発見して、殺しに来る最強たちを見つめながら、もう辞めちゃおうかなとウィンドウを開き……びくりと、一瞬だけ、ゴブリンたちが動きを止めた。
「あ? なに?」
その後、普通に動き出して殺される。
死に慣れたボクは、ゴブリンたちにリスキルされながら、ログアウトボタンを探す。
そして、そこに『スキップ』ボタンを見つけた。
「チュートリアル、スキップできるじゃん……最終問題、1億ポイントみたいなクイズ番組かな……死ねや、運営……」
ボクは、スキップしようとして――手を止める。
「待てよ」
ゴブリンに殺されながら、ボクはつぶやく。
「……コレ、勝てるんじゃない?」
ボクの目線の先には、ウィンドウの“設定画面”が映っていた。