お手軽10分間戦争
手首に着けている腕輪型端末……宙空に投影されている画面には、御心・ファッキン・妖華の過去動画が映っている。
彼女は、短期間で、成り上がった猛者だった。
元々、才能はあったのだろう。活動開始当初はたどたどしい喋り方だったものの、たったの数ヶ月程度で流暢に話せるようになっている。
いち早く、ファイナル・エンドに目をつけた点からも、彼女の勘の良さを窺えた。
『え? 好きな人? やっぱり、視聴者のみんなかなぁ? え? 嘘つくな? いや、嘘じゃないって~!』
「…………」
『う、うん……ほ、本当にありがとう……み、みんな、お、応援してくれたから……ほ、ホントに……あ、ありがとうございました……』
「…………」
泣き方が違う。
ファイナル・エンド内で、視聴者と一緒に豪邸を作り上げた時に涙を流した妖華は、かつて僕に襲われたと訴えた時とは泣き方が異なっていた。どちらが嘘泣きなのかは、状況等からして容易に推察がつく。
「……湊?」
暗闇の中で動画を視ていると、合鍵で家に入ってきたらしい葵に声をかけられる。
振り返った僕の顔を視るなり、彼女の表情が険しくなった。
「なにするつもり?」
「う~ん?」
僕は、自分ごと椅子を回転させながら微笑む。
「酷いこと♡」
「やめて」
葵は、辛そうな顔でささやいた。
「なんで、前みたいな顔してるんですか……ただ、バカみたいなゲームやってるだけの筈でしょ……そんな顔……やめて……」
「葵ちゃん、お使い頼まれてくれる?」
僕がメモ用紙と代金を手渡すと、彼女は顔をしかめる。
「こんなモノ大量に……なにに使うつもりですか……そもそも、このお金はどこで……」
「大丈夫、今まで、いっぱい稼がせてもらったから。安い買い物よ。
奉納金がいっぱいあるから、ミナトちゃんは無敵なのだ♡」
メモを片手に、立ち尽くしている幼馴染へと微笑みかける。
「ま、もう、潮時かなとも思ってたし。丁度良い機会でしょ」
「本当にそう思ってるなら」
怒りで彩られた両目が、僕のことを真っ直ぐに射抜く。
「そんな顔……するわけないでしょ……」
お使いは頼まれてくれるのか、いつもよりも足音の大きい葵は、振り返りもせずに部屋から出ていった。
「……さて」
準備を整えた僕は、ゆっくりと伸びをする。
「やるか」
接続した瞬間、僕を待ち受けていた豚浪士は、無言で自分のスキルをウィンドウで展開する。
【刺激式爆薬変換】
習得条件:爆発術士レベル15
リキャストタイム:60秒
最大レベル:10
説明:対象の目標物を爆薬に変換する。何らかの刺激を加えた瞬間に、その爆薬は爆発する。爆発の規模と威力、爆薬への変換時間は、対象となる目標物の体積とスキル・レベルに応じて変化する。
爆発は、対象に設定した目標物にのみ効果を発揮する。
「仕込みは上々。全て、主殿の言う通りにしました。
確かに、主殿の仰られる通り、私の爆発術士の能力を用いれば、御心・ファッキン・妖華の家を丸ごと爆薬に変えることが出来る……他人の家で実験して確かめましたが……まさか、住宅領域にあるモノすらもスキルの対象になるとは……なぜ、わかったんですか?」
「この前、妖華のタペストリーを爆発させてたでしょ? アレを視て、家具が目標物足り得るのは確信した。このクソゲーなら、一軒家丸ごと爆薬に出来るような仕様があっても、おかしくはないと思っただけだよ。
ていうか、当然のように他人の家で試すな♡」
目を伏せていた豚浪士は、意を決したかのように顔を上げる。
「確かに、このスキルを使えば、妖華の家を燃やすことは可能でしょうが……やめませんか、こんなことは……どうして、ココまで……」
「ボクはね」
微笑して、ボクは、目の前のファンを見つめる。
「たった7人のために、1年間、配信を続けてきたんだよ」
「…………」
「かけがえのない7人だ。それだけは言える。
だから――」
豚浪士は、悔しそうに唇を噛んで顔を伏せる。
「ヤツの家を燃やして、格の違いを見せてやるんだよぉ……ぐえっへっへっ……!」
「…………」
いや、笑えや。無言で泣くなや。ボク、バカみたいじゃんか。
「そ、それが……貴女の選んだ道ならば……」
ソーニャちゃんは、泣きながら笑って見せる。
「お、お供します……最後まで……だ、だって、自分で自分に約束したもん……」
彼女は、ファンとして、ボクの手を握る。
「今度は、私が、ミナトちゃんのことを守るから」
「……ありがとう」
頭を撫でると、一生懸命に、両手の甲で彼女は両目を拭った。
「あ、主殿! しかし、あの女の家を燃やすのも容易な道ではありません! なにせ、刺激式爆薬変換で、あの家を丸ごと爆薬に変えるとなると、おおよそ10分はかかると考えて頂きたい!」
「手は打ってきたから安心しなさい♡ 余は、クソゲの守り人ぞ♡」
ボクは、松明に火を点けて、薄暗い住宅領域を照らした。
「さぁて♡」
深呼吸をしてから、ボクは、配信を開始する。
「じゃんじゃん、燃やすぞぉ♡」
大量のコメントが火を吹いて、たった10分間の戦争が始まった。