クソゲーにも守るモノはある
「趨勢は決しましたね」
御心・ファッキン・妖華は、ボクのSPK ATKを喰らってから、既に一週間もログインしていない。
ボクは、『狂騒曲 ミナトちゃんちゃんこ』によって、妖華のファンごと脳を粉砕した。画面越しに伝わった殺意衝動は、まともだった彼女のファンを絶望の淵にまで誘った。
妖華のSNSには、『もう、ファイナル・エンドはやめたほうが良い』というごもっともな意見が集中していた。
ボクへの誹謗中傷やらは過激になっていったが、ミナト・ファンの方が酷いことを言っているせいで森の中の木レベルでしかない。
豚浪士ちゃんの言う通り、既に決着は着いていて、なにもかもがめでたしめでたしだ。
でも、なぜだろうか。
――あんたらが出して良いのは、献金だけ
ボクには、彼女の全ての言葉が正しかったとは思えない。
「……なんで、ファイナル・エンド公式Vtuberにこだわる」
「え?」
俯いていたボクは、顔を上げる。
「御心・ファッキン・妖華のチャンネル登録者数は120万人……確かに、ファイナル・エンドのプレイ配信は、大人気で数が稼ぎやすいけれど……それは、“着火”の段階の話でしょ……一度、人気が出た配信者にとって、ファイナル・エンドの配信は逆にリスクの筈だ……」
――うーん、ルフスはファイナル・エンドをやるとイメージが悪くなるから、プレイしてるわけではないんだけど
チャンネル登録者数350万人超の枢々紀ルフスも、イメージが悪くなると言って、ファイナル・エンドに触れようともしなかった。底辺Vtuberのボクにこのクソゲーを薦めたのも、適正有りで失うものがないと判断したからだ。
「人気が出たら、こんなクソゲー、普通は直ぐにやめる。ボクだって、そうするつもりだ。公式Vtuberの座を脅迫で守り続けている意図がわからない」
豚浪士は、勝者の余裕なのか鼻で笑った。
「どうでも良いじゃないですか、そんなことは。
ヤツは我々の敵で、正当な防衛を果たしたというだけの話です。私の愛あふれる曲で、脳が粉々に砕け散って、過去の悪行も白日の下に晒されようとしている」
ゲーム内のウィンドウで、妖華の脅迫疑惑をまとめた動画を流した豚浪士は、彼女のSNSがボクと同等くらいに燃えている場面を映した。
恐らく、今回の騒ぎに乗じて、妖華のアンチがこれ幸いと言わんばかりに掘っていた情報を流し始めたのだろう。
あの例の動画によって、妖華は優位に立ったが、それ以上の代償を払うことになった。
「人を呪わば穴二つ……然るべきことをして、然るべき罰が下るだけの話。ミナトちゃんをバカにして脅した因果ですよ」
「ソーニャちゃん」
配信を切ったボクは、彼女を見つめる。
「全ての言葉が、正しいとは限らない」
――私は、嫌いです
「人を呪わば穴二つ、だ。
ボクは、ゲームで、誰かを不幸にしたいとは思わない。それが、敵対する誰かであっても、ゲームのことはゲームで決着をつけるべきだ」
――湊は、ゲームが好きなのね
「このまま、彼女のことを知らないまま呪ったら……こうやって、事情もよく知らないのに、SNS上で呪言をぶつける奴らと同じになる」
妖華に悪意をぶつけている連中の大半は、ボクや妖華の配信を一度も視たことがない部外者だ。なぜか、彼らは正当な行為だとそれを解釈して、己の濁った正義で石を投げ続けている。
もう、趨勢は決した。敗者の背に、追い打ちをかける必要はない。
ただ、彼らは、一方的に他者をいたぶれる機会に乗じて、嗜虐性に酔っているだけだ。
そこには、ひとかけらの正当性も存在しない。
「ボクの萌豚には、そんな風にはなって欲しくな――」
「SPK ATKで、ゲーム外の人間の脳を粉々にした人間の言葉とは思えない……」
「うるせぇ、テメェ♡ 今、めちゃくちゃに良いこと言ってるんだから、矛盾を指摘するな♡ 不慮の事故(故意)だったんだよ♡」
ため息を吐いた豚浪士は、なにかのスキルで、妖華のタペストリーを爆発させて炎上させる。
「そもそも、このクソゲーにゲーム外の事情を持ち込んできたのは妖華ではないですか。そうであれば、彼女がゲーム外で叩かれるのも当然の理。彼女は、自分の策に溺れて、自爆しただけですよ。
でも――」
ソーニャちゃんは、苦笑した。
「私のミナトちゃんは、そういうこと言います」
「誰がお前のだ♡ ミナトちゃんは、みんなのモノです♡」
「妖華の家にでも、行ってみますか。視聴者と一緒に作り上げた豪邸みたいですよ。
一軒家には、部外者の攻撃やらは一切通じないので、たぶん無事に存在しているかと」
妖華の家の番地を調べた豚浪士に従って、ボクは、住宅領域を歩いた。
大人気の第一区に妖華の家は存在していて、家の前に屯していた彼女のファンらしき連中が、ボクを視るなり因縁をつけてくる。
「お、お前!! あ、妖華ちゃんはすごく良い子なんだぞ!! す、スパチャも投げられない俺のコメントにも反応してくれるんだ!!
これ以上、彼女をいじめ――」
「速攻魔法発動ッ!!」
ボクは、スピーカーを目の前に召喚する。
「SPK ATK!!」
「ぁあ……!(消滅)」
召喚悪で、邪魔な連中を排除したボクは苦笑する。
「また、つまらぬものを壊してしまった……」
「無慈悲が過ぎる」
妖華の家の扉を蹴り開けて、彼女の家の中を見て回る。
壁には、所狭しと、ファンのコメントが飾られている。大量の家具には、ひとつひとつ名前の書かれた名札が付いていた。恐らく、ファンからのプレゼントなのだろう。丸っこい字で、丁寧に送り主のフルネームが添付されていた。
「…………」
大きな写真立てには、一枚の思い出が収められている。
どうやら、ファイナル・エンド内で撮影したモノらしい。大量のファンに囲まれた妖華は、満面の笑みを浮かべて、こちらにピースサインを送っていた。その笑顔には、嘘や打算が含まれているとは思えない。
その写真の中には、先程、ボクに因縁を付けてきたファンの姿もあった……痕跡を漁ると、約半年前に撮影されたものだとわかる。
「主殿」
豚浪士に呼ばれて、写真立てを置いたボクは、奥の壁へと頭をめり込ませている彼女を見つける。
「人の家で、どういうプレイおっ始めてんの……?」
「隠し部屋ですよ。
鍵がかかっていましたが、この家具とこの家具の隙間から、こういう角度で頭を突っ込めば壁抜けして視えるようになります」
「さすがは、信頼の欠陥住宅製」
ボクは、彼女に促されて、隠し部屋の中を覗き込む。
なにもない、真っ白な小部屋。
その壁には、下手くそな絵が一枚だけ飾られていた。
白色に消え落ちそうな一枚の紙切れには、何度も描き直したらしい痕が残っていて、汗や拳の痕跡もくっきりと見て取れる。何時間もかけて、一生懸命に、それこそ精魂込めて描き上げたモノだろう。
その絵に描かれているのは、ミナト……つまり、ボクの姿だった。
「なんですか、この下手くそな絵は? 宗教画?」
「あぁ、なるほど」
得心がいって、ボクは、微笑む。
「そういうことか」
目を閉じたボクは、ゆっくりと決断へと進む。
そして、目を開いて――決めた。
「ソーニャちゃん」
ボクは、微笑む。
「この家、燃やそうぜ!!」
「えっ!?」
ボクと目が合って、ソーニャちゃんは、そこに内在している情動を読み取った。見る見る間に、彼女の表情筋は引き攣っていく。
「ね?」
呼びかけると、ソーニャちゃんは、苦しげに顔を歪めて――
「……はい」
泣きそうな顔で、頷いた。