ソシャゲプレイヤーの脳は、カプセルで出来ている
「ファッション・クソゲ女が、配信を始めたようですね」
ボクと同じタイミングで、通知を受け取った豚浪士ちゃんがつぶやく。
「どうしますか、主殿?」
「とりあえず、ガチャ引きたい」
お泊り会の夕食で飲んだ『灼熱・スプリンクラー』……ゲーマー御用達のエナジードリンクは、ファイナル・エンドとタイアップ企画を行っており、1本買うごとにガチャが引けてゲーム内アイテムが貰える。
ボクは、数日前にも1本飲み干しており、計2枚の景品引き換え用IDコードを持っていた。
「でしたら、一度、住宅領域にまで行きましょうか。アレは、自宅や路上に置ける家具が当たるガチャなので」
「頭悪いくらいに、インフレしたガチャ武器とか貰えないの?」
「頭おかしいくらいに、デフレしたエナジードリンクが飲めますよ」
灼熱・スプリンクラーが不味すぎて、叩き売られてるだけですよね?(特典なしであれば、1本5円くらいで買える)
「では、主殿、行きましょ――」
「ごめん」
歩き出した豚浪士は、立ち止まったままのボクへと振り返る。その場で立ち尽くしていたボクは、涙を流しながら微笑んだ。
「ボクは、ココまでだ」
「ど、どういう意――ぁあ!? 首から下げてる戦士の証ぃ!! なぜ、そんな呪物をぶら下げて、我が物顔で生きてられるんですかっ!? 首を吊るロープがなかったんですかっ!? 舌を噛み切れば良かったのに!!」
RPGではおなじみの『戦士』に転職しただけで、熱心な自殺教唆を受けられるのはファイナル・エンドだけ♡
【大戦死のお守り】
効果:極稀に、死を免れる
重量:99999
説明:たったひとりで、敵を万単位で葬り去った大戦士が身に付けていたお守り。戦士たちの誇りの証であり、戦士である限りは、コレを外すことは出来ない。
そう、ボクは、御心・ファッキン・妖華に騙されて、戦士とかいうクソ職へと転職してしまった。
外すことの出来ない職業専用装備『大戦死のお守り』……その余りある重量で、地球自縛を喰らっていた。
「ごめん、ガチャの前に転職して来ても良い?」
「無理です」
ボクは、微笑したまま首を傾げた。
「ファイナル・エンドには、職業レベルが存在しています。転職した後は、最低でも、職業レベルが5になるまでは転職不可能できない」
「なら、レベルを上げ――」
「都市領域の外は、主殿を敵視している妖華・ファンと畜生集団がうようよしていてお祭り騒ぎです。
基本的に、敵の出現する領域は、PVP領域……つまり、主殿を○したい連中の溜まり場。
主殿はレベル5、一度でもレベル5に達したプレイヤーにはデスペナルティが付与されるので、死ねば死ぬほどレベルがマイナスになる」
豚浪士は、冷や汗を流しながら顔を上げる。
「私の予想では、10時間レベル上げをした後の主殿のレベルは……-100、いや、-200は堅い」
「どれだけの殺意を籠めれば、そこまで楽々レベルが下げられるんだよ♡ 小数点以下の速度で死に続けてるだろ♡」
笑いかけると、豚浪士もニコリと笑った。
「ミナト・ファンの掲示板では、主殿のレベルを効率的に下げる方法論を大学教授やらが考案し、既に検証も開始されていますからね」
「愛憎の入り乱れ方が、歴史に残るレベル♡
それじゃあ、ボク、御心・ファッキン・妖華の件の片が付くまで戦士のままってこと!? 常に配信耐久を強いられる視聴者の身にもなってみ――アイツらの楽しそうな笑顔が目に浮かんじゃぅうん!!」
考え込んでいた豚浪士は、ふと顔を上げる。
「とりあえず、旅行鞄でいきましょう」
「は? なにが?」
「戦士の運び方のひとつです。主殿のように戦士になる初心者が大半なので、大いなる先達者たちは、戦士をモノとして扱うことを考え出しました。
戦士を片手掴みで運ぶ『旅行鞄』、数人で担ぎ上げる『神輿』、幾人かで受け渡す『ゴミリレー』、大勢で投げ渡しを連続で行う高難易度テクニック『当選確実』あたりが一般的ですね」
どこの世界で一般的なのか言ってみろ(A.ファイナル・エンド)。
「では、主殿、涅槃仏の格好になってもらえますか?」
「もう嫌だぁ!! 涅槃仏なんて言葉が、MMO世界で当然のように使われて、相手に伝わると思い込んでるその意識が嫌だぁ!!」
地面に横たわったボクは、肘をついて手のひらで頭を支える。ゆっくりと目を閉じて、リラックスした体勢で待ち受ける。
「…………」
「すごい喚いてた癖に、秒で順応するのこわぁ……」
豚浪士は、ボクの頭と肘の間に出来た隙間に自分の手を通し、くるりと戦士を反転させて持ち上げる。
その途端、ボクの頭の後ろから、七色の後光が差し始める。
「こうすると、持ち上げているプレイヤーは、戦士の重力の影響を受けなくなるんですよ」
「どういうソースコード書いてたら、涅槃仏で重量0とかいう発想に陥るのか言ってみろや!! ゲーミングPCみてぇな後光差してんじゃねぇぞクソがっ!!」
そのまま、ボクは、住宅領域へと連れて行かれる(道中、ボクみたいに、真顔で運ばれている七色遊戯戦士とたくさんすれ違った)。
住宅領域では、ファイナル・エンドとは思えないくらいに平和な光景が広がっている。
あいも変わらず、個性的な家々が立ち並ぶ中に、巨大なガチャガチャがそびえ立っていた。なぜか、周囲には人影が一切ないのが恐ろしい。
早速、IDコードを読み込ませると、ガチャガチャのレバーが自動的に回される。
「なんか、こういうの幼心に戻ってワクワ――」
ガコドゴォッ!!
凄まじい勢いで射出されたカプセルによって、ボクの上半身が消し飛ばされて、目の前の景色が真っ暗になる。
「…………」
死亡演出が終了して、住宅領域で復帰する。
プレイヤー名:ミナト
レベル:4
職業:戦士 LV1
所持金:800ルクス
HP(体力):110
MP(魔力):8
STR(筋力):6(+5)
DEX(器用さ):10
VIT(耐久):0(+5)
AGI(敏捷):25
INT(賢さ):0
LUC(運):15
スキル
☆荒事専門
ジャストガード
突進 LV1
装備
左:粗野な大剣
右:粗野な大剣
胴:幻影の革鎧
腕:黒鱗手袋
足:薬液帯革
アクセサリー:☆大戦死のお守り
当然のように、デスペナルティを喰らってレベルが下がっていた。
「主殿……」
驚愕の面持ちで、豚浪士はボクを見つめる。
「なぜ、避けなかっ――」
ガコドゴォッ!!
再射出されたカプセルで、豚浪士は跡形もなく消え失せる。
「…………」
「どうした♡ 避けないのか♡」
二枚のIDコードを読み込ませた結果、ボクが手に入れたのは、RとLの巨大スピーカーだった。
【スピーカー(大) R&L】
説明:好きな音楽を周囲に流すことが出来る。音量調節機能搭載。他の人の迷惑にならないように音量を絞って使ってね。
「さて、主殿、御心・ファッキン・妖華についてはどうしますか……ヤツは、公式Vtuber、配信中は無敵がかかりますし、都市領域から動かさなければ、殺すことすらも出来ませんよ」
「安心して♡」
ガチャを引いて満足したボクは、妖華の配信を眺めながら微笑む。
「殺人方程式が溢れてとまらないから♡」
御心・ファッキン・妖華は、ゆっくりと、住宅領域にまで向かってきていた。




