御心・ファッキン・妖華にしたい10のこと
ソーニャちゃんとのお泊り会を経て、ボクは、ゴミ捨て場へと戻ってくる。
見慣れた城街領域に下り立ったボクは、普段は感じないタイプの視線を浴びる。
この数日で、御心・ファッキン・妖華の例の動画はクソゲー内でも知れ渡り、ユーザーの殆どが知るところになったらしい。
今更、気にすることでもないので、早速、配信を開始する。
「はぁ~い♡ 今日も、楽しくクソゲーやっていくよぉ♡ 御心・ファッキン・妖華、ぶち○しRTAすたぁ~と♡ タイマーストップ♡ テメェ♡ 妖華、もう死んでるからなテメェ♡ 覚悟しとけや♡」
『この人、自分で自分に火をつけてる……』
『ガソリンでシャワーを浴びる女』
『飛んで火に入るクソのゴミ』
『まだ、血が流れていないことに驚きを禁じ得ない』
『配信再開と同時に、妖華の生首を見せつけてくるんじゃないかってビビってました』
『ファイナル・エンドガチ勢が、一気にミナト・ファンに転じたのは草』
『公式Vtuberとか運営の手先だからね、仕方ないね』
どうやら、お泊り会の間に、それなりの動きがあったらしい。少なくとも、ファイナル・エンドの熟練者は、なぜか、ボクの側についているとのことだ。悪魔どもに味方されても、嬉しくない。
「主殿!」
中央広場(ログイン地点)で待ち合わせしていた豚浪士ちゃんが、息を切らしながら走ってくる。
「お待たせしました……偵察がてら、エフェンシアを見回ってきましたが、ミナト・ファンを名乗れば、どんな犯罪でも許されると大盛況で……御心・ファッキン・妖華のファンの大半が既に駆逐されています……」
「本当にクソだなァ!! クソゲ・プレイヤーはよォ!! 暴力か殺人のみが娯楽になる世界の最前線を走れるのスゴイですねクソがっ!!」
「運営からの告知によれば、妖華ファンを5人キルすると、ゲーム内で妖華のタペストリーが貰えるとのことで」
「キルストリークに、本人のタペストリーを付けるな♡ ただのデカい遺影だろソレ♡ 黙祷しろ♡(死ねの意)」
城街領域で感じる視線の原因は、御心・ファッキン・妖華が公開した動画によるものではないらしい。
アレらは、畏敬と恐れの眼差しだ。ファイナル・エンド・プレイヤーの狂気を、ボクが先導していると勘違いされている。
「主殿、恐らくは、コレも妖華の仕込みでは……なにせ、彼女は公式Vtuber、運営との繋がりもあるでしょう。運営を介して、妖華・キルストリークを設けることも可能に違いありません。
今回の争いの規模を大きくした上で、ミナト・ファンの害悪ぶりをアピールし、引いては主殿の印象を下げるつもりだとも考えられます」
「そんなことしても、ファイナル・エンド・プレイヤーはなびくどころか、ボクの味方についちゃうんじゃないの?」
「なので、主眼は外にある」
金髪美少女の豚浪士は、長い人差し指を立てる。
「人の形をした廃棄物を幾ら味方につけたところで、妖華にとってはなんの得にもなりません。主殿の人気を失墜させるのが目的であれば、ゲーム内ではなくゲーム外で、悪い意味で炎上させて社会的に抹殺するしかない」
「人生の奈落を知らない人たちに、常軌を逸した悪行を見せて、ボクを奈落落としするつもりってことか」
たしかに、ボクは、このゲームのプレイヤーを止める術をもっていない。ミナト・ファンを名乗る奴らに好き放題やらせて、妖華・ファンを駆除させるままに任せたら、最終的な加害者と被害者は綺麗に分かれることになる。
「ただ、妖華を殺すだけじゃダメだってことか……」
「えぇ、なので、彼女の心を折る必要がある」
ニヤリと、豚浪士は悪い笑みを浮かべた。
「我々は、ただ、日常生活すれば良い」
そして、彼女は、ボクに自由帳を差し出した。
『ファイナル学習帳』……表紙には、デフォルメされたエレノアが描かれていて、吹き出しには『ころせ』と書かれている。
現実の文具屋に並んだ瞬間に、昼間のワイドショーで、教育評論家にボロクソに叩かれそうなデザインだった。
「姫、書いてください。自由に。貴女の夢を」
促されて、ボクは、微笑みながら『御心・ファッキン・妖華にしたい10のこと』を書き記していく。
自由に。そう、滑らかに。
あたかも、自分の手が、翼をもったかのように動いた。彼女のことを思い浮かべると、胸が弾んで、やるべきことが浮かび上がってくるみたいだった。
『楽しそうだね、ミナトちゃん』
ボクは、飛んできたコメントに頷きを返す。
なぜ、ボクは、彼女と争うことばかり考えていたのだろう。争いはなにも生まない。ただ、ボクは、一方的に彼女を想うだけで良い。それだけで、安らかな気持ちでいられる。
「できた」
自由帳に書かれているのは、筆圧の強いボクが、叩きつけるようにして書き込んだ願いだ。そこに刻まれている力強い筆跡には、御心・ファッキン・妖華の元にまで届きますようにと、純粋無垢な希望が籠められていた。
微笑を浮かべたボクは、画面に向かって“夢”を広げる。
1.殺したい
2.殴りたい
3.泣かせたい
4.家を燃やしたい
5.生涯消えない折り目を心につけたい
6.鼻から、ファイナル・エンドを吸引させたい
7.お嬢様言葉で、三点倒立・謝罪会見させたい
8.両鼻に電動歯ブラシを突っ込んだ状態で『天城越え』を歌わせたい
9.口癖を『この牛丼さぁ!! モーセが割れるくらいのつゆだくにしろっつったべ!?』にしたい
10.殺したい
「コレが、ボクの夢だよ」
大盛り上がりのコメント欄、ボクは大きく息を吸って叫んだ。
「つーわけで、首どころか、全身くまなく洗って待っとけやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!! ぜってぇ、テメェ、ぶち殺すからなぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
リアルタイムで、低評価と高評価がせめぎ合っている中――御心・ファッキン・妖華の配信の開始通知が流れた。