女の子だらけのお泊りパーティー♡
葵にしこたま怒られた後、僕は、ソーニャちゃんを家に招き入れる。
食卓には、三人分の夕食が並んでいた。
ご飯、大根と玉ねぎの味噌汁、生姜焼きと付け合せのサラダ、アボカドの刺し身、デザートには手作りのプリンが付いている。
「…………」
「無言で、食卓にエナジードリンクを添えるのやめてくれませんか? 毎回、舌が赤色なの気持ち悪いんですが」
ゲーマー御用達のエナジードリンク『灼熱・スプリンクラー』は、なにをとち狂ったのか、ファイナル・エンドとタイアップ企画を行っていた。
色は灼熱、味は地獄、売上はゴミ、1本買うごとにガチャが引けて、ゲーム内アイテムが貰えるらしい。
「わ、私も頂いても良いんですか?」
「どうぞ」
わざわざ、もうひとり分の材料を買いに行った葵は、子供には優しいアピール期間なのか優しく微笑んでいた。
「ソーニャちゃん、こんな庶民の食物を口にして大丈夫……? 普段は、生ごみ処理機に投入するような代物食わされたって、社交界で大々的に愚痴ったりしたら怒るからね……?」
「そんな心配してるのは、世界でも有数の下衆だけなので大丈夫ですよ」
「す、すみません。フォーク、使っても良いですか?」
頷いた葵の前で、ソーニャちゃんは、床に置いた旅行かばんを弄る。黄色のバンドが巻かれた猫さんのフォークを取り出して、嬉しそうに両手を合わせた。
「いただきます!」
傍から視ていると、ソーニャちゃんは、実に可愛らしい。
食べ方ひとつとっても、あっちにちょこちょこ、こっちにちょこちょこ、一生懸命に頬張って食べているので、小動物の冬備えを観察してるみたいだった。
「わ、私、あ、あんまり、パパとママと一緒にご飯、食べられないので! だ、大好きなミナトちゃんと、優しいアオイちゃんと食べられるの嬉しいです!」
天使のように美しい笑顔で、彼女は僕たちに微笑みかける。本当に、豚浪士と同一人物なのだろうかと、疑うくらいに愛らしい発言だった。
「……こんな可愛い子を追い出すなんて、なにを考えてるんですか」
僕に肩を寄せてきた葵は、耳元にささやいてくる。
「君は、まだ、ファイナル・エンドを知らない」
僕は、真顔で、葵を見つめる。
「クソゲーは、容易に人格を捻じ曲げる」
「そんな拷問具みたいなゲームを市場に出して、問題になったりしないんですか……?」
これから社会進出して、大問題に発展するんだよ♡ ファイナル・エンドの潜在能力を舐めるな♡
食べるのが遅いソーニャちゃんを見守ってから、僕は、葵と並んで食器を洗い始める。ソーニャちゃんがいるので、女装を解くわけにもいかず、KAWAII MINATO状態でお手伝い少女と化すことにした。
「葵ぢゃ~ん! 髪ぃ、じゃまぁ~!」
「そんなことよりも、ソーニャちゃんはどうするんですか? 泊まるなら泊まるで、御両親には連絡しないと」
そんなこと呼ばわりされた長髪で、葵をペシペシ叩きながら、僕は苦笑する。
「いやいや、さすがに、泊めるわけにはいかないでしょ。
窓から放り投げて帰ってもらうよ」
「なら、貴方には、高層ビルの上から地獄まで直帰してもらいます」
両手の水気を切って、エプロンを外した葵はため息を吐いた。
「寂しいんだと思いますよ」
「葵には、僕がいるだろ(イケボ)」
「ソーニャちゃんが」
映像端末から、中空に投影されているTV番組。行儀正しく正座して見入っているソーニャちゃんは、楽しそうに身体を弾ませていた。
「私にも覚えがありますし……一泊くらい良いじゃないですか。小さな頃の記憶は、一生、付きまといますから。出来るだけ、楽しい方が良い」
「善人ぶるね~!! お前、ファイナル・エンドで生きていけね~ぞ!!」
水滴で目を潰されて、僕は呻きながら蹲る。
「いいから、とっとと電話してください」
「へ~へ~」
僕は、ソーニャちゃんから番号を聞いて電話をかける。
どうやら、我が家は監視されているらしい。僕の家の住所を繰り返されて、安全性が云々の解説があり、三交代制で警護するので安心してくださいと伝えられる。
あっさりと、御両親からも許可をもらえた。むしろ、感謝感激されたので、僕はA5ランクの黒毛和牛が好きだと自己紹介しておいた(淑女の振る舞い)。
「泊まってもいいんですかっ!?」
「もちろんだよぉ♡ ソーニャちゃんと僕の仲じゃない♡ 次はねぇからな♡」
余程、嬉しいのだろう。
頬を上気させているソーニャちゃんは、その場で飛び跳ねる。中身がまともなら、本当に可愛い。
「そ、それじゃあ、ミナトちゃん!」
僕は、ぎゅっと、両手を握られる。
「一緒にお風呂に入りましょう!!」
「えっ」
そのまま、風呂場に連行されそうになったので、葵の腰に抱き着いてどうにかブレーキをかける。
「だ、ダメだよぉ♡ ぼ、僕、今日は、禊の日じゃないからぁ♡ ファイナル・エンドの穢れを祓うのは毎週日曜日♡ 毎週日曜は、禊の日♡ 悪霊退散♡ 悪霊退散♡」
「…………!!」
「テメェ、ゴラ、豚ぁ♡ 小学生とは思えねぇ力発揮してるんじゃねぇぞ♡ 力みすぎて、顔真っ赤じゃねぇか♡ そのまま、破裂しろや♡」
ファイナル・エンド流のやり取りを唖然と視ていた葵は、ようやく手助けする気になったのか、そっとソーニャちゃんの両手を握った。
「ソーニャちゃん、一緒にお風呂はダメ。ひとりずつ入るようにしないと」
「なんでですか!? 女&女で、なぜ、NOTが挿し込まれるんですか!? 女女の混浴は、日本国憲法にて合法ッ!! 合法ッ!!」
ウィッグを外してやろうかとも思うが、さすがにココまで『ミナト』を愛している萌豚を裏切るわけにもいかない。
「今日!! ソーニャちゃんと一緒にお風呂に入るなら、僕は、他の萌豚とも一緒に風呂に入るからねっ!!」
叫んだ瞬間、ぱっと両手が離れる。
恐怖のままに、僕は葵に縋り付いた。
「ご、ごめんなさい……お、お泊りはじめてで……き、気持ちが高ぶっちゃって……ひ、ひとりで入ってきます……」
恥ずかしそうに顔を覆った魔人は、とてとてとお風呂に向かっていった。我が家の風呂場を知っている時点で、力づくで僕を連れ込もうと、当初から計画していたことが丸わかりで恐ろしかった。
「葵ちゃん……!」
「わかりました、私も泊まればいいんでしょ」
嘆息を吐いた幼馴染に抱きついていると、数分後に蹴り飛ばされた。
ソーニャちゃんと葵が入った後に、僕がお風呂から上がると、いつもの寝間着の代わりに謎のパジャマが置かれていた。
「……なにこれ?」
僕の全身を包んでいるのは、白猫を模したワンピース・パジャマ。
頭部の部分には猫耳まで付いていて、両手と両足を包んでいるもこもことした部分には、むにむにとしている肉球が形作られていた。
すっと、ソーニャちゃんが膝から崩れ落ちる。
涙を流しながら、倒れ伏すソーニャちゃんに、葵はビビりまくっていた。どう反応するべきなのか、葛藤している姿が面白い。
「しゃ、しゃいし!! しゃいし!!」
「う、うん……写真、撮っても良いよ……」
僕は、黒猫のワンピース・パジャマを着ているソーニャちゃんと一緒に写真を撮る。鼻息が荒すぎて、僕の顔にかかりまくっていた。
「葵は着ないの?」
「有料なので」
金庫から10万円を出して、顔面に叩きつけると、腹にミドルキックをぶち込まれる。
御心・ファッキン・妖華をぶち殺す作戦はどうしたのか、連写しているソーニャちゃんを無視して、僕は腕輪型端末を立ち上げた。
ミナトへと寄せられているアンチコメントのまとめ動画……宙空に動画を投影してから、僕は、リビングからポップコーンをもってくる。
「なにしてるんですか?」
「僕に対するアンチコメントの上映会。僕のファンからのコメントも混じってるせいか、目利きが流行り出してて面白い」
「メンタル、どうなってるんですか……?」
僕は、ポップコーンを食べながら、アンチコメントを眺める。
「ていうか、普通、アンチコメントとファンコメントって区別つくでしょ?」
「なら、当ててみな」
僕は、適当にコメントを拾い上げる。
『正気を異次元の彼方に置いてきた畜生』
「アンチコメントですよね」
「いや、コレは、ファンから」
「はぁ!?」
また、別のコメントを拾い上げてくる。
『ブエノスアイレスで、路上の伝説になったゴミ』
「いや、アンチコメントでしょ……?」
「ファンからのコメントだね」
「嘘でしょ!?」
他のコメントも拾ってみる。
『ファイナル・エンドの希望』
「いや、コレは、ファンコメントですよ」
「紛れもないアンチコメントだね」
「意味がわからないんですが……」
ファイナル・エンドの希望とか、現実で口にしたら、殺されても文句言えないレベル。
久しぶりに、自分のチャンネル登録者数を確認すると、53082という数字が飛び込んでくる。驚いたことに、前に確認した時から4万人も増えている。急上昇ランキングにも、何本か、まとめ動画が入っていた。
「光栄だねぇ……敵視してもらえて……♡」
少なくとも、僕は、前のような木っ端ではなくなったということだ。大人気Vtuberに敵として認められたのは、喜びに値する。
動画を確認していると、背中越しの体温を感じる。
ぎゅっと、僕の服を掴んだまま、ソーニャちゃんが眠っていた。美しい寝顔を晒していて、黙っていれば、絶世の美少女なのだなと再認識する。
「一緒に寝てあげたらどうですか?」
「え~……」
「起こすわけにもいかないでしょ。私もこの部屋で寝ますから」
そう言って、葵は、テキパキと床に布団を敷き始める。仕方なく、僕は、そのままベッド上で眠りに落ちることにした。
電気が消えて数十分経ってから、腰元に両腕を回される感触を覚える。
闇に慣れた目が、こちらを見つめている少女を捉える。ソーニャちゃんは、イタズラっぽく笑って、僕の胸(パッド入れてねぇ、やべぇ)に顔を埋める。
「ミナトちゃん……ありがとうございました……はじめてのお泊り、たのしかった……ミナトちゃんのために、たくさん、楽譜書いてきたのに……お披露目できなかったのが心残りですけど……たのしかったです……」
胸パッドを入れていない僕の胸に、彼女は頭を擦り付ける。
「いつも、ミナトちゃんを想って曲を書いてました……私、あんまり、お友達いないし、パパもママも帰ってこないから……いつも、ひとりぼっちで……でも、ミナトちゃんがいたから……がんばれました……」
ささやき声が、闇に揺れる。
「勝ちましょうね、戦争……私、ミナトちゃんのことをバカにする人は……ぜったいに、ゆるしませんから……ひとりぼっちの私に『ボクがいる』って……言ってくれたミナトちゃんのことを……今度は、私が……守る……か……ら……」
ふと、記憶が蘇る。
半年前、同時接続者数3人、そんな僕の配信に現れた彼女の長文の悩みに、気が高ぶって『ボクがいる』と答えた時のことを。
僕は、あの時、ただ、少しでもファンを増やしたくて善人ぶっただけだ。
でも、彼女はそのことをずっと憶えていて、僕を追いかけ続けてくれた。利益を求めた僕なんかとはちがって、ただ、純粋な心をもって。
「……ありがとう」
僕は、感謝を籠めて、彼女の頭を撫でた。
それはそれとして。
次の日の朝に演奏してくれた彼女の曲は、この世の地獄みたいな曲調で、精神崩壊を招きかけたこともあり封印することにした。