戦争は誰が正しいかを決めるのではない。誰が生き残るかを決めるのだ
NO DAMAGE!!
鮮烈な蒼飛沫と共に、警告が迸る。
「ぐっ……!」
ペイン・コントロールだかスペイン・コンキスタドールだか知らないが、ファイナル・エンドの世界では痛みは表現されない。
その代わりに、衝撃減衰という機能によって衝撃を感知し、個々のプレイヤーが苦痛に思わない程度に減衰してから調節して返却する。
「こ、コイツ……!」
「綺麗な顔が歪んでるぞ♡ 化粧のノリが悪いんじゃないの?♡」
そのため、壁に叩きつけられたり殴られたりすれば、それなりの“衝撃”が全身を襲う。綿密に計算された、文句を付けられない程度の衝撃が。
減衰されていたとしても、その衝撃は無視できないレベルだ。御心・ファッキン・妖華の歪んだ顔を見れば、どの程度の“不快感”を与えられているのかは察しがついた。
「ぶんぶんぶん♡」
ボクは、彼女を壁に押さえつけたまま笑う。
「ハエ、ぶんぶん♡」
「し、死ね、このクソ底――」
突き出されたナイフを右掌で受ける。
「は……?」
唖然とした妖華の前で、ボクは、己の右手に突き刺さっているナイフを見つめた。
「なんだ、痛みなんて感じないじゃん」
「あ、あんた、さっきの説明聞いてたの!? あ、頭、おかしいんじゃない!?」
「いや、なんで、敵対してる相手の説明なんて信じるんだよ。ペイン・コントロールなんて機能が導入されて、口も頭も悪い公式Vtuber如きに提供されてたら、レーティング機構が黙ってねーつーの」
ナイフごと、ボクは拳を握り込む。
「生まれてこの方、ボクは、自分のことしか信じたことないんで。唯我独尊、自己中心、相手の話は聞かずに殴りつけるがモットーね。
つーわけで」
笑顔を向けると、彼女の顔は見事に引き攣った。
「覚悟は良いか、こら♡ もう二度と、化粧できねー面にしてやる♡」
「ひっ! や、やめ――」
無言で真っ直ぐ、右ストレート、風を切り裂いて――妖華は、急激にしゃがみ込み、ボクの背後へと回る。
思い切り、背中を蹴りつけられ、顔面を壁に強打する。
NO DAMAGE!!
痛みはないが、強烈な衝撃に顔が歪んだ。
「へぇ」
ボクは、手の内にある彼女の“服”を見つめる。
ゆっくりと視界を回して反転すると、薄着になった無表情の妖華が、二本のナイフをくるくると回していた。
「さすが、もぐら叩きに慣れてるだけはあるね♡」
「……殺す」
殺意に彩られた顔面、妖華は、勢いよく踏み込んで――カウンター――予想外、いとも簡単に、ボクの拳が彼女の顔を叩いて――
「入力指定、GMコール」
「は!?」
目の前に映る景色が掻き消えた。
丘の上。
突然、見知らぬ領域に飛ばされたボクは、混乱しつつも周囲を見回す。
幾重もの真っ白なキャンバスが立てられた緑の丘上に、黒色の絵の具で汚れた純白を纏った少女が立っていた。
吹き抜ける風、揺れるのは、蒼色の髪の毛。
どこかで視たことのあるような顔をした彼女は、ボクの姿を認めると、笑顔でこちらに手を振ってくる。
手を振り返すと、今度は、手招きを返される。
そよぐ風に身を任せながら、ゆっくりと、草原を上っているうちに気づく。
昼の世界を、夜が支配していた。
午下の世界に、月が上っている。
銀色の光を差している円い月は、煌々と世界を照らしていて、そこにある矛盾には露聊も気づいてはいない。足元の葦についた水滴は、銀の涙を流しながら、月明かりの下で光り輝いている。
銀の緑夜に立つ少女は、ボクの前で闇に濡れている。
「こんばんは」
「……夜なの、ココ?」
「ううん。昼でも夜でもないよ。そういう世界に設計したの」
「キミ、ゲームマスター?」
嬉しそうに、彼女は頷いた。
「GMコールって、そういうことか……あのファッキン・クソ女……ふざけやがって……」
GMコール……このゲームの支配者、つまり運営に通報して、ゲーム内の違法行為を咎めてもらう行為のことだ。
『NO DAMAGE』のメッセージの通り、都市領域では、他のプレイヤーに対して傷害を与えることは出来ない。だが、ボクの拳には、豚浪士や妖華を殴った感触が残っている。
都市領域では、攻撃行為自体が禁止されているわけではないのだろう。
つまるところ、じゃれ合いくらいなら許されるが、本格的な傷害行為にまで及べばGMコールでOUTになるらしい(※運営からの傷害行為は除く)。
「とりあえず、運営さんさぁ! なんで、こんなクソゲー作っちゃったの!? カワイイ少女の姿を模してれば、プレイヤーからの文句が弱まるとか考えてんじゃねぇだろうなぁ!? 甘いんだよ、この全身ファイナル・エンドが!! 頭の先から爪先までクソゲーでコーティングされて、呼吸できるのしゅごいでちゅねぇ!?」
「か、カワイイ少女……」
前髪を弄りながら、ゲームマスターは、恥ずかしそうに頬を染めた。
言葉の本質を捉えられていない……その反応を視たボクは、彼女の胸ぐらを掴んで、顔面を近づける。
「キミが悪いわけじゃない!! 勝手に、ボクは、有名になるためにこのクソゲーやってるからね!! キミが悪いわけじゃない!! でも、この溢れ出る感謝の気持ちが、貴様を壊せと訴える!! 血潮が!! 沸き立ちながら、貴様を倒せと叫んでいるッ!!」
「ごめんね、巻き込んで」
申し訳無さそうに、彼女は謝った。
「たぶん、もう、お姉ちゃんは止まらないと思う……こんな理由で……ごめんなさい……」
「オラァ!! BANしてみろやァ!! ビビってんのか!! こちとら、お前んところのクソゲーのせいで、心がタングステン化しとるんじゃあ!! 折れるもんなら折ってみろや!! クソゲーが、人類を舐めるなよゴラァ!!」
「お願い」
月の光が、彼女の顔に差し込む。
そこで、ようやく、ボクは――
「もう、ゲームにはログインしないで」
彼女の顔が、ミナトと同じであることに気づいた。
「主殿っ!! 起きてくださいっ!!」
身を揺さぶられ、ボクは、エフェンシアの片隅で目を覚ました。
視たくもない豚浪士の顔が、視界に飛び込んでくる。最悪の目覚めを体験し、ゆっくりと身を起こした。
「最悪だ……GMを殺し損ねた……」
「そんなことを言っている場合ではありません!! 視てくださいっ!!」
開かれた、青色のウィンドウ。
そこには、ボクが妖華を壁に叩きつけて、脅し文句を突きつける様子が映されており――コメント欄には、大量の誹謗中傷が書き込まれていた。
「やられました、あのファッション・クソゲ女……」
豚浪士の顔は、焦燥で引き攣っていた。
「我々よりも先に火をつけた」
投稿されたばかりなのに、再生数10万回を超えているお気持ち表明。涙ながらに、ボクに襲われたと訴える御心・ファッキン・妖華に拍手を送る。
ぱち、ぱち、ぱち。
「なるほど」
首を真横に倒して準備運動、ボクは、笑いながら立ち上がり――
「戦争だ♡」
豚浪士の顔が、喜悦に歪んだ。