心とクソゲの関係性
「…………」
戦士に転職してから、3時間が経過した。
3時間、ボクは――一歩も動けずにいる。
『重量制限で動けません』
ボクの視界を埋め尽くしているのは、赤色の大文字で書かれた“死の宣告”。その禍々しい赤は、ボクを挑発するかのように光り輝いている。
ステータスを確認して、ボクは、ようやく現状を理解した。
【レベル5】
プレイヤー名:ミナト
レベル:5
職業:戦士 LV1
所持金:800ルクス
HP(体力):110
MP(魔力):8
STR(筋力):6(+5)
DEX(器用さ):10
VIT(耐久):0(+5)
AGI(敏捷):25
INT(賢さ):0
LUC(運):20
スキル
☆荒事専門
ジャストガード
突進 LV1
装備
左:粗野な大剣
右:粗野な大剣
胴:幻影の革鎧
腕:黒鱗手袋
足:薬液帯革
アクセサリー:☆大戦死のお守り
転職後の強制装備変更……RPGではよくある仕様で、各職業間の差異を明確化させる手段としておなじみだ。最もわかりやすい外見で違いを分けるのは当然で、そのために職業専用の装備品が設定されていたりする。
屈強な戦士が杖を振るのはイメージとしておかしいし、射手が剣を振り回すのもピンとこない。だからこそ、戦士は杖を装備できないように、射手は弓しか持てないようにしたりする。
それこそが、RPGのお約束、職業専用装備だ。
【大戦死のお守り】
効果:極稀に、死を免れる
重量:99999
説明:たったひとりで、敵を万単位で葬り去った大戦士が身に付けていたお守り。戦士たちの誇りの証であり、戦士である限りは、コレを外すことは出来ない。
「本当に呪いの装備じゃねぇか!! 外せないし、重量99999ってなんだよ!! 重すぎるだろ!! 首から下げた瞬間に、頭ごと地球の内核まで突き進むわ!!」
ボクは、両手を振り回しながら怒鳴り続ける。
「そもそも、何製だテメェ!! 地球上の物質で、ココまで重いものが作れてたまるかっ!! こんなゴミを誇りにするようなゴミ共は、このゴミごと根絶やしにしろや!! まずは、脳みその重量を増やせバァアアアアアアアアアアカ!!」
つまり、ボクは、転職後の強制装備変更によって、この場に釘付けにされている。強制的に戦士専用装備に着替えさせられ、ファイナル・エンド世界の重力によって、輪廻転死に陥っているのだ。
「そもそも、このゲーム、重量制限あるのかよっ!!」
ゲームにおける重量制限は、バランス調整やバグの予防として用いられる。オープンワールドゲームなんかでは、おなじみのシステムだ。
重量制限のあるゲームでは、アイテムごとに重量値が設定されている。
プレイヤーの能力値(大抵は筋力)によって、持ち運べる重量値が算出される。その限界重量値を基準として、プレイヤーは、持ち運ぶアイテムを取捨選択しなければならない。
アイテム数が膨大なゲームでは、なんでもかんでもプレイヤーに持ち運びされては様々な面で問題が起きる(プレイヤーがアイテムを管理できなくなる、キャッシュが溜まって処理が重くなる等)。
そのため、重量制限については文句はない。文句はないが。
「転職直後に重量制限かけるってどういうこと!? 余りある重力で、死へと導かれてるんですけど!? 開発者テメェ、地球でテストプレイしたことねーだろ!! 地球上の重力に則れば、職業変えたくらいで、動けなくなるなんてクソ仕様はねーんだよ!! ファイナル・エンド星の異星人は、自分の星に帰って超新星爆発しろやクソゲーがよォ!!」
転職直後に、強制で重量制限をかけるなんて聞いたことがない。
転職したら詰みとか、どこのクソゲーかな?♡ おもちゃ売り場にこのクソゲーあったら、消費者団体が黙ってねーからな?♡
「コレ、マジでどうすればいいの!? 都市領域だから、持ち物捨てられないし、捨てたところでどうにもならないことが感覚でわかる!!」
『第0感』
「人生において必要ない感覚だから、第0感ってか♡ やかましい♡ お前の家をたのしい森にしてやろうか♡」
視聴者からは、次々と、お悔やみの挨拶と香典が届く。
SNS上では『#Vtuberミナト 葬儀会場』がトレンド入りしており、粛々と葬儀は進行しているとの情報が入ってくる。ファイナル・エンド内でも、幾つかの領域で、ボクの名前が刻まれた墓石が立てられているとのことだ。
日常風景だなぁ。
「いや、コレ、本当にココで詰みでしょ……」
ボクは、一旦、配信を停止する。
じっくりと考えてみるつもりで、目を閉じると――足音が聞こえた。
カツ、カツ、カツ。ボクの前まで、誰かがやって来る。訪れた呼気が頬を撫でて、剣呑な気配が肌を刺した。
音は止まって、目は開かれる。
「あはは、詰んでんじゃ~ん!」
目の前には、大人気Vtuber――御心・ファッキン・妖華が立っていた。
赤色の棒付きキャンディを舐める彼女は、ニタニタと笑いながらこちらを見下ろし、手元でナイフを弄んでいる。
5色のマニキュアを塗った手元では、くるくるとナイフが回り続けており、その軌跡は一定の周期性をもっているようだった。
目と目。
ボク、間、彼女。
その狭苦しい狭間で、不可視の火花が散った。
「ザッツ・ア・シンキンターイム!」
両手の人差し指を振りながら、妖華は笑った。
「ミナトちゃんはさ~ぁ? ぶんぶんぶんぶん、小うるさい小バエが飛んでたらどぉ~する?」
「…………」
「普通はさ~ぁ?」
目にも留まらぬ速さで――ボクの目玉の先に、刃先が突きつけられる。
「殺すでしょ?」
ナイフをボクの瞳に向ける彼女は、口端を曲げてから凶器を退けた。
「殆どの人間は、そこに疑問は挟まない。道徳とか倫理とかおためごかしとか、面倒な疑問は捨て去って、“不快”だから殺す。徹頭徹尾、人間ってのはそんなものでしょ。邪魔だから不快だから面倒だからって理屈をこねて、恐悦至極に死を練り出すの」
なるほどと、ボクは理解する。
コレが、彼女の“素”か。
「邪魔なんだよねぇ、ミナトちゃん」
ナイフの刃先で自分の爪を弾きながら、つまらなそうな顔で彼女は言った。
「最近、私の視聴者も取り込まれつつあるし……いい加減、“お話”しなきゃなぁって思ってたんだよね~……ほら、妖華って、このゲームの公式Vtuberじゃん? 素人に横から、手も足も口も出されたくないんだよね~。
あんたらが出して良いのは、献金だけ」
――主殿、入れ替わりの激しかったファイナル・エンド公式Vtuberは、ココ数年間、一度も代替えが起きていないのですよ
豚浪士の言葉が、遅れて、ボクへと届いた。
「で? 毎回、ボクみたいに台頭してきた新人に脅しをかけて、公式Vtuberの座を死守してるわけだ。出る杭は打ての精神ってヤツ?
クソゲーの中で、モグラ叩きしてんじゃねぇぞ♡ 脳みそまで古臭いだから、自分の実力不足も認められねぇのか♡ そのクソ認識力は、ファイナル・エンドでは重要項目だから、今後とも大事に培っていってね♡」
妖華の手が止まる。
「ペイン・コントロールって知ってる?」
ナイフを回しながら、彼女はボクへと寄ってくる。
「VRMMOで、侵害受容器の刺激感知を模擬して、プレイヤーに対して現実感覚に酷似した痛みを与えられる機構。
ペイン・コントロールをONにすれば、このナイフで目玉をほじくった瞬間、ファイナル・エンドでもその激痛を享受できる」
ゆっくりと、彼女は、動けないボクの目玉に刃先を近づける。
「どういう理由かは知らないけど、このファイナル・エンドにも、その機構は搭載されてるんだ~! 公式Vtuberの私は、そんな危ない機構をONにする権利が付与されちゃったりもしてる!」
刃の放つ冷たい光が、ボクの瞳に差し込んだ。
「……その痛みを味わってからも、同じことをほざけるか試してやろうか?」
「あぁ、なるほど」
ボクは、にっこりと笑う。
「ボク、お前のこと嫌いだわ♡」
手を止めた彼女は、微笑んだまま刃先を止める。
「クソゲーってのは、クソクソ言いながらも楽しむもので、お前みたいに別の意味でゲームをクソにするヤツは要らねぇんだよ♡ もう既にこれ以上ないほどにクソゲーなのに、舐めたことしてクソ増ししてんじゃねぇぞ♡ 誰もクソマシマシなんて頼んでねーわ♡」
「なにも出来ない癖に、舐めた口叩くのやめてくれる? 一歩たりとも前に進めないのに、私に喧嘩売ったらどうなるかわかってんの?」
「おいおい、ボクを誰だと思ってる」
ボクは、笑う。
「頭のイカれたクソゲ配信者だぞぉ!」
目の前の笑顔を視て、彼女の顔がはっきりと歪んだ。
「遊んでいる人間の心を折って良いのは――」
ボクは、眼前の刃を掴んで――
「クソゲーだけだ♡」
脇にズラす。
「人生ではじめて、走ってくる地獄を視た」
目の前の美しい顔立ちが、驚愕で彩られる。
「初心者戦争って知ってるか?」
「まさかっ!?」
彼女の両肩を掴んだボクは、スキルを発動する。
青白い光で全身が包まれて、特徴的な効果音が鳴り響き、視えていた景色が線となって掻き消える。
駆け走る刹那、ボクは高速移動体と化して――
「突進♡」
凄まじい勢いで、彼女を壁に叩きつけた。